EP2-CP20 謎の男
ドンドンドンッ
突然、ドアを強く叩く音が部屋に響いた。
類が一つため息をついて、ドアの方に足を運ぶ。
「はいはい、今開けますよ〜」
ドアを開けると、類ぐらいの歳の青年が、汗だくで慌てた様子で類の肩を掴んできた。
「ハァハァ……助けてくれ。あんた、悪霊退治……やってるんだろ?」
「……そうですが」
めんどくさそうに言うが、類には珍しく丁寧な言い方だった。
「会社に……変なのがいるんだ」
「変なの?」
「口が5つもあって、目がない……ば、化けもんだ……」
それを聞いた雪が、ソファーから立ち上がって、類の後ろに立って本格的に話を聞く姿勢になった。
「だが今は8時だ。会社への侵入はできないはずだが?」
確かに、今は午後8時過ぎたという時間帯なので、通勤区のシステム上、会社への侵入はできない。
「俺は、会社連立の管理官であると同時に社長なんだ!」
『社長』という言葉に、二人は動揺した。と言っても雪は、こんなに若いのに社長なんだ〜、と思っており、類は、なるほど社長か〜。金がもらえそうだな、と言ったぐあいである。
「じゃあ、あんたが会社を最後に出たところに、偶然遭遇したという感じか……わかった。助けてやる」
「あ、ありがとうございます」
一瞬喜びの笑みを浮かべて、深々と頭を下げた。
「行くぞー、雪」
雪を引きつれ、路地を出ようとする。
「あのー場所は……」
「知ってるからいい」
そう言って、青年の視界から完全に消えてしまった。
「……え?」
‡―†―†―‡
コツコツと類の茶色の革靴の足音が真っ暗な廊下に響く。
「なんで私も来なくちゃいけないの?」
一方雪の靴はスニーカーなので、足音はさほどしない。
類は雪の話を普通に無視する。
「ねぇ、疑問なんだけど、さっきなんであの社長さんは、類が悪霊退治やってるってわかるの?」
「お前……馬鹿だろ?」
「はっ?」
「宣伝してるからに決まってるだろっ。宣伝しないで金になる仕事がどこにある」
「でもそんなことしたら、警察とかにバレるんじゃ……」
「霊力者を通しての口コミだから、その心配はねぇーよ」
「じゃあ、あの社長さんも?」
「まぁ恐らくな。だが、自分で悪霊を倒せないとなると、弱い霊力だと思うが……」
「ふ〜ん」
しばらく歩いていると、類が回りの殺気に気づき、足を止めた。
「どうしたの?」
「こっちだっ」
そう言っていきなり、雪の手を掴んで、すぐそこの部屋の中に連れ込んだ。
「な、何!?」
「お前はしばらくそこでじっとしてろ」
乱暴にドアを閉めると、類のコツコツと廊下に鳴り響く音は、やがて小さくなって消えてしまった。
ひとり取り残されてしまった雪は、部屋の中を観察……ではなく、窓から射し込む月明かりを頼りに、電気のスイッチを探索することにした。
それは以外に近くにあり、カチッと音と共に明りがついた。
部屋は思っていたよりも広く、そのわりには、オフィスデスクが少なかった。
雪が部屋の中央に来たその時!突然部屋の明りがパッと消えてしまった。
「な、何!?」
急いで再び明りを点けにいこうとした……が、それは背後から襲ってくる殺気によって阻まれてしまった。
霊感に鈍い雪でもわかるほどの嫌な気配というか、殺気は、雪の身体を完全に縛った。
逃げたい……
しかし、恐怖によってそれは許されなかった。
「……こんなときに……類はなにしてんのよっ」
襲い迫る恐怖に耐え、震えた声で類に助けを求めた。
当の類はというと、なぜか雪のいる部屋のすぐ下の部屋で、うろうろしていた。
「おかしいな……霊気が消えた」
つまり彼は、霊気というものを頼りに、ここに来たわけだが、どこにも悪霊の姿が見当たらないので、悩んでいたのである。
しばらく考えた後、突然なにかを感じたように、一瞬驚きの表情を浮かべ、急いで部屋を出た。
類がそうしている間に、完全に雪には死が迫っていた。
さっきの若い社長さんの言っていたとおり、それは、黒くて丸い物体の真ん中にデカイ口が一つ。その上下左右に小さい口がひとつずつある。目はない……と言いたいところだが、実際は大きい口を取り囲む小さい4つの口の中に存在し、瞬きをしているように、開いたり閉じたりしていて、よりその恐ろしい姿を増している。
恐怖で動けない雪に向かってゆっくり、浮遊している状態で近づいていく。
どうして動かないの……
雪の表情は恐怖というより、焦りの表情のほうが強くなっていた。
彼女自身は、動けないのは恐怖のせいだと思っているのだが、実際はあの4つの眼によって、金縛り状態にあっていたのである。
雪の額から汗が流れ落ちる。
殺されるなら、さっさと殺してほしいのにも関わらず、この悪霊はノロノロと、まるで雪の恐怖と焦りを楽しんでいるかのように近づいてくる。
そしてとうとう、その恐怖から逃れるときが来た。
その悪霊は雪の目の前にまで近寄り、大きい口をいっぱいに開いた。その口の中の正体は眼ではなく、腕だった。
口の奥から伸びてきた2本の腕は、雪の首に一直線に向かい、ガッチリと捕らえた。
「うっ……」
どんどん口の中へと引きずり込まれていく。
もう……だめだ……
雪がそう思ったそのとき!突如上から降ってきた刃によって、その腕は切断され、その反動で雪はその悪霊から離された。
グサッ
その音が聞こえた数秒後、悪霊は徐々に透けて、最終的に完全に消えた。
その消えた悪霊の背後には、暗くてよく見えないが、人影があった。
月光に当たっている髪が紫なことから、類ではないと確信した。あと男ということも。
悪霊を殺した→が、類ではない→誰?→左手に変な鎌を持っている→私を殺せる?→殺せる……→逃げる?→無理→とりあえず距離をとる、という思考順序でゆっくり後ろへ数歩退がる。
「わっ!」
数歩退がりすぎて、椅子の足に足を掛け、お尻から床に転んでしまった。
それと同時に、その人影がこちらに向かってくる。
殺される!
雪は再びを恐怖を感じたが、意外にも手を差し伸べてきたので、恐怖感が吹き飛んだ。
少し戸惑いながらも、その人の手を取った。とても冷たかった。
「きゃっ」
突然、その手が強引に引いたため、その人の胸に飛び込み、抱きついた状態になってしまった。
「雪!」
聞き覚えのある声で呼び、部屋のドアを乱暴に開けて入ってきた。
そして、部屋の明りを点ける。
「あ……」
雪と類が同時に声を上げた。
最悪のタイミングである。
「ち、違うの類。これは―」
雪が慌てて、その問題の彼から離れたが、もう遅かった。
「いや、いいんだ。俺は何も見てない。悪かったな二人の時間を邪魔して」
類がわざとらしく、片手で目をふさいだ。
「だから、違うだってば!」
そんなこと言ってももう手遅れだった。雪は既に、類の冗談という術中に入ってしまったのである。
「まさか、あの子があそこまで欲に飢えていたとは……」
嫌味たらしく、雪にぎりぎり聞こえる程度の小声で呟く。
類の冗談に利用されている彼のほうはというと、無表情でただ立ち尽くしている。
さっきまで紫に見えていた髪の色は黒くなっている。というよりは、実際は紫だが、光の当たり方によって黒にも見えてしまう。
服装はその髪と同色の黒のフード付きローブに、ただの黒いズボンに黒い靴という、真っ黒い服装だった。
「はぁー。そろそろこの冗談にも飽きてきたな」
類の誤解を解こうとしている雪を楽しむ類は、その彼に気づいて、その冗談を切り上げた。
うっ、またやられた……
雪は悔しい表情を浮かべると、黙って部屋から出て行った。
最後まで読んでいただきありがとうございます^−^
誤字脱字や気になる点などがあればご指摘ください。
次話もよろしくおねがいします。




