EP0-CP2 類と警察
「あの……」
「……」
「あのー」
もうすでにこの状況が10分は続いている。
緑を基調とした制服をまとった女子高生の一人は、なにもない部屋のど真ん中の椅子に座っている男の耳元でずっと声をかけているが、まったく反応を示さない。
「あーもうイライラするー。優奈は声が小さいのよ!こんな奴に遠慮することなんてないわ。こういうときは、叩き起こせばいいのよ」
後ろで見ていたもう一人のショートヘアーの女子高生が、椅子に座り俯いている男に近づいて、頭に向かって拳を振り下ろした。が、その男は俯きながら10分ぶりに言葉を発したため、振り下ろした拳が途中で止まった。
「叩き起こすって、俺が寝てるとでも思ってたわけですか?」
彼が喋ったことに彼女たちは、喋らないものが喋ったように驚いた。
彼は、ゆっくり立ち上がりながら、頭のてっぺんの双葉のような髪の塊(寝癖?)を直している。
「大体、俺を叩いたりしたら、暴行の罪で逮捕されますよ〜」
何回も何回も手で押さえつけて直そうとしているが、まったく効果がない。それを見ていた優奈は思わず、クスッと笑ってしまった。
「はいそこ、笑わない」
男はすかさず優奈に指を指した。
「まったく、人が話してるときに笑うって……失礼。いいか、俺が君達の話を聞いてないと思ってるのなら、大間違いもいいとこですよ。ホント」
「あんたね、それならこっちも同じ。人が話してるときに寝るってどういうことよ!」
「君、人の話聞いてる?寝てないって言ってるよね」
「じゃああなたはどうなのよ!人の話聞いてる?」
「ちょっと実果、もうやめなよ」
優奈は実果に、喧嘩はやめて、という意味も込めて言ったが実果の耳には届かなかった。
「だから、聞いてるって。要は、変な人がナイフで変な人を刺すっていう変態劇でしょ?そんな興味深い話聞き逃すわけが……」
ここで実果が、そんな言い方してないでしょ!という風に、また喧嘩が続くところなのだが、やっと二人の喧嘩は終止符を打たれた。
後ろのドアから入ってきた、茶色のコートを身にまとった、いかにも『刑事』という格好の男の人が双葉男の後頭部を殴りつけたからである。
「何するんですか、先輩!」
「お前がまじめに働かんからだ。バカ!」
殴られた衝撃で前に倒れこんだ双葉男に近づき、片足を上げ、靴底を双葉男に向けた。
「ちょ、ちょっと冗談じゃないですか……ハハハッ」
その言い訳にも動じず、靴底をぐんぐんと腹のほうへ下ろしていく。なぜか双葉男はやけに怯えていた。
「ま、待ってください。いいんですか?二重の暴行の罪に科せられますよ?」
必死に言い訳するが、刑事はニヤリと笑みを浮かべた。
「竜……。残念だが、俺の六法全書に、お前に対する罪は存在しない」
ドーンッ
岩を粉々にするような音が部屋中に響いた。刑事が床を思いっきり踏みつけたのである。これを見た女子高生はあ然どころか、あごが外れるんではないかというぐらい口を大きく開け、目を見開いている。それも当然。見事に床を粉々に砕いたのだ。
双葉男・・・・・・竜は踏まれてはいなかった。踏んだのはそのすぐ横の床だった。そこから、隕石が落ちたかのように、床に地割れが広がっている。当然、竜は衝撃波のせいで泡を吹き気絶している。
「いやー、うちの部下がご迷惑をかけました」
その刑事は何事もなかったかのような顔して、女子高生二人に向かって、頭をかきながら、笑みを浮かべた。
「いえ……」
実果は、あ然以上の表情を変えずに無意識に答えた。
「さて、話はだいたい聞かせていただきました。では、あなた達を襲った犯人の容姿とあなた方を守った人の容姿を聞かせて下さい。……あ、申し遅れました。私は刑事の大地勇といいます。よろしく」
勇という刑事が礼儀正しく挨拶をする。
二人はまだ、『怪力』のことが頭から離れられなくて、耳に入ってこなかったが、優奈がとりあえず挨拶を返した。
「……あ!よ、よろしくおねがいします」
優奈は、はっとしたように力のない声で(元々そういう声なのだが……)言ったために、あまり勇のところまでは届いていなかった。そんなことを気にせずに、実果はずっとあ然以上の表情を保ち、体を押したら今にも倒れそうなぐらい固まっている。勇から見れば変な光景なのだが、すべては自分で招いた結果である。今この部屋に入ってきた人は、見てはいけないようなものを見てしまったように、思わずドアを閉めてしまいそうな画だ。
彼女達はここ、警察署で事情聴取を受けていたのだ。何の事件かというと、さっきの類の事件である。そう、彼女たちは類が助けた被害者なのだ。
「あ、あのー彼は……?」
優奈が倒れる竜を見ながら、小さい声でさらにぼそっと言う。
「竜なら、大丈夫ですよ。いつものことですから」
あのー、の部分は聞き取れなかったが、彼は?という言葉だけで竜のことを聞いているという風に考え、苦笑いで応答した。
「さ、そこへかけてください」
「は、はい・・・・・・」
泡を吹いて気絶している竜が座っていた椅子と、そのとなりの椅子に二人(実果は優奈が無理やり引きずって)は腰をかけた。
勇が、どうぞっという身振りをしたので、優奈はさっきの質問に答えた。
「私達を襲った人は、全体的に黒い服装でした。顔は帽子で隠れていて、あまり覚えていません。私達を助けてくれた人は、藍色のジャケットに黒のジーパン、ポケットから色んなアクセが出ていました。あと髪の色が……青……白?んーなんていうんだろう……」
「シルバーブルー?」
「あ、そう言われればそうです」
やっぱりあいつか……。
「……ありがとうございました。それだけわかれば十分です」
「じゃあ私達はこれで」
竜という男のせいで、事情聴取にかなり時間がかかったけど、これでやっと帰れる、という気持ちで、ドアのほうへ実果を引きずりながら「失礼します」と言って出て行った。
勇は中途半端に閉められたドアを、しっかりと閉め、鍵まで掛けた。
床の破片に注意を払いながら、部屋の中央へと足を進める。竜のところまで来たところで、一度立ち止まり、右脇に移動した。見下した目で竜の顔を見る。
「……起きろ」
勇は、竜の脇腹を蹴る手前で床を蹴り止めた。
次の瞬間、竜は勢いよく部屋の壁に打ち付けられた。と同時に、蹴り止めた場所から、竜に向かって一直線に地割れが伸びていった。
「こ、殺す気ですか!?」
驚いたことに竜は、今の攻撃(?)で瀕死状態なのにも関わらず、起きたのである。瀕死状態と言っても、黒色のジャケットとデニムに切れ目が入ってるだけで、いたって目立つ外傷はないのだが、勇の岩をも破壊する攻撃的な技を見れば、瀕死状態(又は死亡)だと確信してしまう。それぐらいの威力があるように見えた。
「殺したら面白くないだろ?」
勇は不快な笑みを浮かべた。
「ちょっとそれどういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。まぁ、そんなことはともかく……」
勇はさっきまで二人の女子高生が座っていた椅子に腰掛けた。
「この事件に関してなんだが、意味がわからないと思わないか?」
「え、いきなり、意味がわからないと思わないか?っと言われても困るんですけど……。そもそも、その類って奴は何者なんですか?なんで類って奴の犯行ってわかるんですか?」
「シルバーブルーの髪に、多数身に着けたアクセサリーだけでわかる」
勇は、2週間ほど前に類に会っていた。その類のことは事前に、竜に話していた。
「類って奴のことは、俺もよくわからないのだが、この12月に突然現れ、被害者を加害者から助けてる」
「じゃあ別にいいんじゃないですか?」
竜は勇のとなりの椅子に腰を掛けながら言った。
「それだけならありがたい話だが……問題はそれと同時に、加害者も助けてるってとこだ」
「それってどういうことですか!」
竜は思わず腰を浮かべ、青い宝石のような目を見開いた。
「さっきの女子高生の話を聞いてなかったのか?助けた男は、加害者を助けている。つまりは、警察に捕まらないように逃がしたってことだ。その理由はわからんが……」
勇が初めて類とあったときも今回同様に、被害者を助け、加害者も助けたのだ。それからは、毎日のように、類と事件で会っている。
「そういえば」
竜はふと思い出したように天を仰いだ。
「さっきの女子たちの話で、加害者の男の他に、あと一人、女子を抱えてたって言ってたような……」
「本当か!」
いつの間にか二人は、椅子がすぐ後ろにあるというのに座り直そうともせず、立って話していた。
「自身はないが、言っていたと思う……います」
途中で自分が先輩に対して、敬語をおろそかにしているのに気づいたのだが、不自然に言い直してしまった。だが、勇はそんなことは気にせず、話を続けた。
「もし、今でも類のそばにその女性がいるのなら、類の居場所を生命探索できるはずだ」
「そ、そうですね」
内心、気づいてなくてよかったー、という安心感に包まれていた。
竜はけして誰にでも敬語を使う人間ではない。使うとすれば、さっきの喧嘩のときのように、相手に不快感を与えるときだけだ。上下関係関係なく、誰にでも普通にこういった不快敬語(竜が命名した)を使っているため、誰でも怒らせる才能がある人間である。特に女性に関してその才能は、大いに発揮されるらしい。それならなぜ勇だけに、ちゃんとした敬語を使っているかというと、さっきの勇の攻撃でわかるように、彼には明らかに普通の人とは違う、『何か』を持っている。それが竜の弱みを握ってる、というより、脅されているという表現に近いかもしれない。だが彼も、それを持っているのだが……。
「よし、急いで準備しろ!」
「は〜い」
やる気のない返事だった。
勇の言葉と対照的に、ゆっくりとドアに向かう竜。彼は、脅されるということを逆に、スリルとして楽しんでもいたし、例の攻撃をよけることも防ぐことも出来るので、普段はそんなことを気にしていない。だが、時と場合によって、それができないときがあるので、そのときだけ敬語を使うように意識していた。そして今、さっきまでの、その時と場合がなくなったのである。
「なんだー?そのやる気のない声は」
普通ならまたやるとこなのだが、なぜか足が止まってしまう。
「どうしたの、先輩?やれるもんならやってみればいいじゃないですか♪」
無論、今のは不快敬語だ。
勇はその怒りを抑え、怒鳴った。
「さっさと行けぇ!」
「は〜い♪」
竜はさっきのやる気のない声とは違い、うきうきとした返事だったが、勇からすれば皮肉にしか聞こえなかった。
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