EP1-CP13 悪霊
自分でも意味のわからない嫉妬を抱いていた雪の背中を、類が強く押し出した。
「わっ。ちょっと何……」
雪の言葉が途切れた。最初は類に向かって文句を言っていたのだが、途中で正面を向いたとき、浮遊しているものが突然ピタっと止まり、すべて雪に向けられているのである。
「え……?」
突然のことで、何が起こってるのか理解できない雪に、いきなり浮遊物体が襲ってくる。
「今だ!」
類が合図すると、優奈は浮遊物体に手を翳し、目を瞑って意識をそれに集中させた。
すると、見事に浮遊物体はゆっくり止まった。中には雪の顔ギリギリで止まったものもあるが、とりあえず止まったのでどうでもいい。
止まった瞬間、類は実果の方へ駆け出した。
「潜在能力」
そして、実果が宙に浮いた、ように見えるが、類の姿が見えないのでそう見えるだけで、実際は類がお姫様抱っこをしているのである。
一方、悪霊を自分の能力で拘束している優奈は、気温12度にも関わらず、額から汗が落ちる。そうとう疲れるらしく、限界という顔している。
「……げん…かい」
次第に浮遊物体が動き始める。
自分の身に危険を感じた雪は、瑞希のところまで数歩退がる。
瑞希も自分と二人に危機を感じ、優奈の肩に手を乗せ、雪の手を握る。
急に手を握られた雪が振り返る間もなく、瑞希が視点を合わせた理科室の中央に視点移動した。
「何?」
と雪が尋ねるときには、既に移動が終えたときだった。
その移動と少し遅れて、理科室の中央で何かとぶつかった。
「いったー」
全員が同時に声を上げた。
「視点移動するときは、周りをよくみてやれ!」
「すいません」
類が見えない状態だったので、そんなことは無理だった。
バリンッ
浮遊していたビーカーやフラスコが地面に衝突した。
だが、その割れたガラスの破片らが、再び浮遊し、先の尖がった方を類たちの方へ向ける。
さらに、理科室のドアが閉まる。
「おい!視点移動。お前のせいなんだから、責任持って、雪を保護しろ。」
「はい……」
瑞希がしょんぼりしたようすで返事をする。
「あんたもつらいとは思うが、出来るだけ、奴らを止めてといてくれ」
息切れしている優奈に向かって優しく頼んだ。
優奈は息を整えた後、一つ頷いた。
類は優奈が同意したことを確認した後、浮遊物体に手を翳した。
「霊体実体」
しばらくもしないうちに、浮遊源が姿を現した。
その姿に雪はもちろん、瑞希と優奈も腰を抜かし、表情が恐怖で包まれた。
雪が今まで見てきたレイノのような霊とは、比べ物にならない姿だった。漆黒に包まれ、その中に吸い込まれそうだ。戦闘に慣れていない者でもわかる強烈な殺気。形も魂状ではなく、人型だが、絶対に人間ではない。それが7人もいるのだから、恐怖感はさらに増幅する。
それにも関わらず、平然と立ち尽くす類は本当に人間なのかと思う。
「レイノ、行くぞ」
類の肩からレイノが姿を現し、「うん」と頷くと、右手に移動する。類の右腕が銀白のオーラに包まれる。
次の瞬間、一人の悪霊が、持っている割れたガラスの破片を、類に向かって刺しかかる。
だが、類は悪霊の前から突然姿を消した……ように見えたが、実際はサイドに瞬間移動し、右腕の拳で悪霊を思いっきり殴った。
悪霊は思いっきり吹き飛び、試験管などがおいてある棚を突き抜け、廊下の壁にひびを残し、激突した。
そして、類が殴った瞬間、他の二人の悪霊が類に襲い掛かる。思いっきり殴ったせいで、体勢が元に戻せない。
恐怖感を祓い、はっとした優奈が、急いで二人の悪霊に手を翳すと、ギリギリのところで止まった。
そのチャンスを利用し、殴った拳をそのまま地面につけ、勢いで身体ごと浮かした。さらにその反動で、二人の悪霊に思いっきり蹴りを食らわした。そしてその勢いで、そのまま足を地面につけ、元の立ち姿勢に直した。
そして次は4人の悪霊が同時に襲ってくる。
「霊力放出!」
類が右手を悪霊たちに手を翳すと、銀白のオーラがその方向に向かって勢いよく放たれる。
3人には避けられたが、一人には的中した。前例とは違い、さっきの殴りや蹴りのように吹き飛ばされた。
二人の悪霊は優奈によって止められているが、霊力を使いすぎたのか、完全には止まっていない。すこしずつだが、こちらに向かってくる。
すると、類があることに気づく。
「ちっ。もう一人はどこ行った?」
類が360度、あたりを見回すと、最悪なことに、瑞希と雪の背後に回り込み、襲いかかろうとしている。
瑞希は気づいていないので避けるのは不可。優奈は集中していて、気配を感じず、当然雪が気づくはずもない。
悲劇は避けられない。
ブスッ、グサッ
複数の肉を刺す音が身体に響き、雪の顔に血の雫が落ちる。
雪たちの目に飛び込んできたのは、身体の至るところにガラスの破片が刺さった類の姿だった。
悪霊のほうは、類の攻撃を受けたのであろう。壁に穴が開いて、雨が降っている向こうの校庭の方に倒れこんでいる。
類はそのまま倒れこんでしまった。
だが、問題はまだ残っている。優奈が引き止めている悪霊は今にも襲い掛かろうとしているが、それを必死で優奈が抑えている。
とうとう優奈の霊力が切れた。優奈はそのまま疲れてきって倒れる。
二人の悪霊が複数のガラスの破片を浮遊させて、尖がった方をこっちに向けて放つ。
次の瞬間、ガラスの破片はギリギリのところで粉々になり、二人の霊は黒板の方へ吹き飛ばされた。
実果が寝たまま右手を突き出して、振動破壊で吹き飛ばしたのだった。そしてそのまま、再度眠りにつく。
雪にはもう着いていけなかった。頭が混乱していて、気絶したい気分だ。だが、そういうわけにはいかず、座り尽くすだけだった。
4人の霊力者中、3人が戦闘不能。
この状況では、倒れている悪霊が起き上がったら確実に殺されしまう。だが、そんな心配はいらなかった。
7人の悪霊たちは、徐々に透けて、とうとう完全に消えてしまったからである。
「どうします?」
何が?と言い返したいところだが、頭が働かない。
しばらくの沈黙の後、やっと頭が働き始めた雪が提案する。
「…類の…家に移動できます?」
瑞希はコクっと頷き、理科室の後ろの穴が開いた壁の向こうの校庭に視点を合わせた。
‡―†―†―‡
「なんでこうなるかな…」
この状態から数分で目覚めた実果が思った正直な言葉だった。
この状態というのは、例の路地の間に挟まって動けないという状態である。
実果と瑞希にとっては二度目の体験である。
「……つらい」
「つらいってあんたのせいでしょう!」
「まぁそうなんですけどね(笑)」
「まったく、あんたの能天気には目に余るものがあるんですけど」
「まぁまぁ、二人とも。とりあえず落ち着いて」
瑞希の正直な感想に実果がつっ込み、それを雪が宥めるという会話が繰り返される。
だが、その会話は途中で途切れる。類が寝返り(?)をうったので、うまく挟まっていたのが、落ちそうになったからである。
何が問題なのかというと、類は現在、一番上にいる。その下に雪が挟まっている。つまり、この状態で落ちれば、雪までがガラスの破片の餌食になってしまうのである。
「しょうがない……」
実果が残念そうに言うと、類のガラスが刺さっていない部分に手を当て、そのまま斜め上に軽く飛ばした。
予想外の行動に雪はあ然とする。今の「しょうがいない」は、雪がガラスの餌食になるのがしょうがないと思っていたのだ。まぁ、結局、自分が助かるのでそれでも良かったのだが…。
もちろん、類は地面にぶつかったせいで、前よりも深手を負ってしまった。
「ねぇ、あの人ホントは目覚めてないですか?実は、私らの見られたくないもの見てたり……」
「あ〜大丈夫。あたし達、ちゃんと中からズボン着てるし」
瑞希がそれを聞いてびくっと身震いした。
「それに、あの状況でそんな思考が出来たら大したもんよー。万が一そんなことが出来ても、どうせ中はズボンだし。あんたもそうでしょ?」
実果が瑞希に同意を求めるが、実は瑞希、中はそのまま。ズボンなどは履いていない。今日は部活がないので、あえて履いてこなかったのである。
先輩達もそうだと思っていたのに…。まさか、こんな状況になるなんて……。
「…瑞希?」
「……は、はい!」
すると、さっきの振動破壊の反動もあって、4人の制服女子達の姿勢が崩れた。そして、地面に落ちてしまった。
「…痛たたたー」
そう打った頭をさすりながら、実果が瑞希の方を見た。
「あ……」
「……」
雪も瑞希の方を見る。
「……」
「……」
「あーーーーー!」
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