EP1-CP12 仕事
東京の街は雪が降っていた。
今日は1月7日。雪が類と出会って約3週間が経っている。
雪にとっては、類と出会ったこと以外は何も変わってはいなかった。だが、その変化はとても大きなものだった。
雪はいつものように、類の家でテレビをみている。類は相変わらず外出。澪も戻ってきていない。
優奈と実果も冬休みが明け、遊びには来ない。
「……お腹すいた〜」
雪は立ち上がって、キッチンへ向かった。
鼻歌を歌いながら、冷蔵庫や棚などを漁り、食べ物を探すが、食べたいものが見つからない。
そこで、地下なら何かあるかもしれないとそこへ向かう。
階段を下りるとき、あれ以来この場所に来たことなかったなっとふと思った。
地下はとても暗かった。光は階段からしか差し込んでいない。
電気のスイッチを探すため、壁をあちこち触って探す。
そして、スイッチを見つけて、部屋の明りをつけると、驚きの光景が広がっていた。
「……何、これ……」
そこにはなんと、形大きさ様々なレイノのような白い魂が奥の部屋まで行列を作っているのである。
その魂たちが、雪に向かって軽い会釈をする。条件反射で雪も軽く会釈する。
後から変な気分襲われたが、そんなことより、行列の先がとても気になった。
最初は最後尾に並ぼうとしたのだが、魂たちが「どうぞどうぞ」と言うので、少し躊躇しながら、魂たちを透き通って、行列の先頭に進む。
思えば、奥の部屋に行くのは初めてだった。というより、奥に部屋があること自体知らなかった。
徐々に部屋に近づいていく。暗い廊下の終わりが見えてきた。その途中にドアのない部屋が見える。
部屋まであと数センチというところで、歩く速度を遅め、ゆっくりと部屋に近づく。
雪はそっと部屋を覗く。
「はぁ!?」
そこには、魂の相談相手になっている類の姿があった。
「……あ」
「あ、じゃないわよ!ここで何してんのよ」
雪が類のいる、部屋の端へ早歩きで進む。
「仕事」
「仕事!?」
類が椅子を雪のほうへ向きなおす。
「最初に言ったろ。ゴーストマネージャーだって」
「じゃあ今まで、いなかったのって……」
「そうだ。ここでずっと仕事してたわけだ」
今思うと、類が外へ繋がるドアから出たのを見たことがなかった。いつの間にいなくなっていて、いつの間に帰ってきていたのである。
「じゃあ、この変なのは……」
「霊だけど」
自分でも以外だったが、それほど驚かなかった。恐らく類のせいで慣れてしまったからであろう。
「……そう。じゃあ、その霊、さんを相手になにを?」
「相談だ。どうやって成仏できるかっていうな」
「相談?」
「こいつら全員自殺者で、人生に未練があるらしい。だからそれを手伝ってやってるんだ」
類はテーブルの中央にある真っ白の紙を幽霊に手渡した。
すると、幽霊はその紙を持って、スッと消えていってしまった。
「なんなのその紙?」
「推薦状」
「……?」
「霊はこの世に未練があるからあの世にいけない。かと言って、生き返ることはできない。だから、普通は、この世に徘徊して、悪霊化し、騒霊現象引き起こしたりする地縛霊に成り下がる。それを阻止するため、俺が人として生まれ変わるため、二度と自殺が起きないようにするための、人生の保険を書いてやってるのさ。まぁ、実際それは、あの世が決めることだが……」
類は白紙の紙にボールペンで何かを書きながら説明する。
書き終わると、それに手を勢いよく押し付ける。
すると、行列を作っていた霊たちが、その中に吸い込まれていく。
そして、その紙を裏返す。
「今日はここまでだ」
類は椅子から立ち上がって、雪を無視してそのまま部屋を出ようとする。
「雪。上に行って、テレビのニュース見て来い」
「え!?……うん」
そう頷くと、部屋を早々と出て、階段を駆け上がった。
上がりきると、ちょうどニュースが始まっていた。
「たった今入ってきたニュースです。東京都立通学第3高校で強烈な騒霊現象が起こり、全校生徒は緊急に帰宅という状況になりました」
雪は類が来るまで、テレビをずっと見つめたまま動かなかった。
「よーし、通学第3高校に行くぞー」
やる気があるのかないのか、よくわからない言い方だった。
‡―†―†―‡
雪たちは高校の校門に立っていた。
やはり、校内には生徒どころか、先生の姿すら見えない。
そのまったく人の気配がしない校内の中にゆっくりと歩みだす二人。
中庭に着くと、不自然にも空が雲で灰色に染まる。すっかりあたりは薄暗くなってしまった。
すると、人がいないことをいいことに、優奈を背負った瑞希が二人の前に瞬間移動してきた。
当然、人がいきなり自分の前に瞬間移動してきたら、半端なく驚くだろう。雪はまさしくそういう顔して、数歩後ずさった。
「類さん!」
優奈が慌てて瑞希の背から降り、珍しく大きな声で類を呼ぶ。
「大変なんです。実果が理科室に閉じ込められちゃったんです」
「え!」
反応したのは当然雪だった。
実果の身が危険ということで、驚きから平常に戻った。
「そのぐったりしてるお友達は瞬間移動だろ?そこに行って助ければいいじゃないか」
息を切らし、俯いている瑞希を指差して類が提案した。
「それが、瑞希は視野に入ったところにしか移動できなくて、理科室は鍵が掛かってて、窓はひどく曇っていて……」
類は鼻で笑って訂正した。
「それは、瞬間移動じゃなくて、視点移動だ」
「そんなことより、早く実果を助けないと!」
雪が話を元に戻した。
「私が案内します」
優奈はそのまま真っ直ぐ進み、廊下の窓を開けて、そこへ二人を案内した。
「ちょ……ちょっと、待ってください」
瑞希が制服の汚れを払い、遅れて後についていく。
校内は広く、場所を覚えるのに時間がかかりそうなぐらい複雑だった。
「こっちです」
優奈が右に進み、3人はその後からついていく。
次第に光が差し込む窓が少なくなり、暗くなり始める。
そして一番端の教室のドアの前で立ち止まった。
そこは恐らく、校内で最も暗いところであろう。いかにも出そうな雰囲気である。
「ここです」
その教室の窓は、優奈が言った通り酷く曇っており、中から微かに騒音が聞こえる。
「まさしくってとこだな」
類がドアに近づく。そして、ドアに手を当てる。
「霊力感知」
類の手には、霊の気配をしっかりと感じ取っていた。
「おっと……よりによって強力な悪霊だな」
「……それで、実果は大丈夫なんですか?」
「……金縛りにあって、動けない状態だ。だが、命に別状はない」
命に別状はないと聞いて優奈はホッとした。
「どうしてそんなことわかるのよ」
雪が疑いの目で類を見つめる。
「俺には10の霊力があるって言ったろ」
何度も言わせるなというような口調だった。
「それより問題は、どうやって入るかだ」
「曇りを晴らせば、私がみなさんを移動させられますけど」
やっと疲労を回復した瑞希が提案する。
「類のその10の霊力って奴でなんとか出来ないの?」
「出来なくもないが、俺が疲れるから遠慮しとく」
「そんなこと言ってられないでしょ!」
「霊力を使えないからそんなことが言えるんだよ。この瑞希って子のさっき見たろ?息をあんなに切らして、まるで100km走り切ったみたいだっただろ?そんぐらい疲れるんだよ」
「じゃあ、どうやって……」
しばらくの沈黙のあと、また類が口を開いた。
「はぁ〜、仕方ない。俺が破壊してやるよ」
「結局!?」
全員同じ気持ちだったが、つっ込んだのは雪だけだった。
「いや〜、誰かが『実はドアを壊す能力を持ってるんです』的なことを言ってくるのを待ってたんだが、それもないようだから」
それって私?
優奈と瑞希が同時に思ったことである。
「少し離れてろ」
すると、類の右手が銀白のオーラに包まれた。
その右手を後ろに引いた後、勢いよくドアに向かって拳を突き出した。
見事にドアは粉々になった。
「あ〜やりすぎたか……」
類を除く3人は、類がドアを破壊したことにではなく、教室の様子を見て驚いた。
教室のありとあらゆるものが空中を舞っていたのである。ビーカーやフラスコ、骸骨達が踊っている。
「なにこれ。ダンスパーティ?」
この教室を見た類の感想だった。
「あ!見てあそこ」
教室の奥の壁に実果が倒れこんでいるのを見て、雪が声を上げた。
それに気づいた優奈が、実果の元へ急いで行こうとするが、類が腕を広げて阻止した。
「下手に動くな。死ぬぞ」
さっきまでのふざけていた類の表情が変わった。そうとう強力な悪霊達らしい。
「ところで、あんたの霊力はなんだ?」
「私……ですか?……私もよくわかりませんが、人の気持ちを読むことと、ある程度、人を思い通りに動かすことが出来ます」
類は顔色を変えずに、少し微笑んだ。
「なるほど。思考接続か。あんたの霊力で、この霊たちを静めることができるな」
優奈が類の方を向く。
「俺が合図したら、意識を浮遊しているものに集中させて、『止まれ』と念じろ。いいな?」
類が優しく説明すると、優奈は「はい」と小さく、はっきりと返事をした。
なぜか、優奈だけに優しくする類に、不快感を感じていた雪だった。
読んでいただきありがとうございます^−^
誤字脱字や気になる点などがあればご指摘ください。
次話もよろしくおねがいします。




