EP0-CP1 類と雪
‡―†―†―†―†―†―†―†―†―†―†―†―†―†―†―‡
霊力とは、己の魂を一時的に霊化した、超自然的な力のことである。
それを使う者を、霊力者と呼ぶ。
その種類は様々で、まったく同じものは存在しない。
使用するために必要なものは、第6感・発想力・忍耐・知識・念。
その一つでも欠けていれば、霊力に己の肉体、精神を支配され、悪霊化してしまう。
そんな、霊力者がいる世界―
その世界の中でも、ここ日本が霊力者に支配されようとしていた。
自殺者を利用して……
‡―†―†―†―†―†―†―†―†―†―†―†―†―†―†―‡
Ep0 類
夜の東京の街。
高層ビルに囲まれた、一回り小さなビルの屋上に、Yシャツに青いスカートの制服を身にまとい、いかにも中学生らしき少女、雪が立っていた。一般的に見れば、彼女は中学校3年生ぐらいにしか見えない風貌だが、実際は17歳。学校には行かず…というより行けず、仕事もしていない。なぜ制服なのかといえば、簡単な話。お金がないからである。
幼い頃に両親を亡くし、今まで一人で生きてきたのである。
しかし、その人生が嫌になり、自殺を決意したのだ。
雪は一歩一歩、ビルの端の方へ歩き始めた。死へと徐々に近づく。
そして、ビルからゆっくりと落ちていった……
しかし、雪がゆっくり目を開けると、東京の街が広がっていた。雪はあのビルの屋上に戻っていたのである。
「…え?」
それにびっくりした雪は、数歩後ずさっると、背後に人の気配を感じた。
振り返ってを見ると、青のジャンパーに黒のジーンズ、そのポケットからアクセサリーが飛び出している男の姿があった。斜め四ヵ所だけ長い、独特の銀髪に青の混じった、ブルージルバーの髪が風に吹かれている。
その男は、気がついた雪に、だるそうな顔で、だるそうに確認する。
「気がつきいたか?」
「……」
頭が回らない。
雪は何が起こってるのかわからず、ただ男をぼーっと見た。
「おいおい。助けてやったのに礼もなしか?」
呆れた顔で言う男の言葉に、まだ状況が理解ができない。
とりあえず、自分がどうなったかを聞いてみることにした。
「私…」
尋ねようとしたとき、その男はそれを理解したように答えた。
「ビルの屋上を見たら、やけに迷いなくビルの端に歩いていくもんだから、目が悪いのかと思って、眼科を薦めようとしたところ、まさか落ちちゃうもんだから、馬鹿だなー・・・しかたねー的なのりで助けってやったわけですよっ」
その嫌味ったらしい(又は冗談混じり)発言は、普通の精神状態ならば、少々イラっとくるものがあるが、現在彼女の精神状態は正常ではないので、そんなことまったく気にしなかった。
「…どうして?」
男の嫌味ったらしい発言よりも、『助けた』という言葉に雪は俯き、怒り混じりの涙を一滴こぼした。
乙女が涙を流しているというのにこの男は、無表情どころか、さっきから表情ひとつ変えず、死んだ目で雪を見ている。恐らく、彼女が泣いていることも、怒ってることも、この男は鈍感にも気づいてはいない。
「どうしてと言われましても困るんですが?」
「私は死にたかったの!」
雪は顔を上げ、男に叫んだ。雪のこらえていた涙がぽつぽつと地面に落ちていった。
だが、相変わらず男はまったく動揺しなかった。
雪はまた俯いた。
「もういやなのよ、こんな人生。家族も友達のいない。仕事もないし、お金もないから学校へも行けない…。借金に負われる人生なんて…もう、いや…」
俯いたまま涙をこぼし、自分の人生がどん底で、これ以上生きていったで苦しいだけ、ということを呟いた。つまり、自殺がしたいということを訴えた。
「どうせ私が死んだって誰も悲しまないし、誰も困らない…」
普通なら、親兄弟や友達が悲しむだろなり自殺をやめさせるために、なんらかの理由を付けることができるのだが、彼女の場合そうもいかず、本当に家族もいなければ、親戚すらいないのだ。友達も一人すら(厳密には、昔はいたが事故で死んでしまった)いない。結果的に、彼女の自殺を止めるためには、強引にやめさせるという方法しかない。
だがこの男、類の「仕事」の関係上、その手の自殺動機はどうでもいいのだ。問題は自殺するという自分勝手な意思にある。そのくせに、自分が死んでも、誰も悲しまないだの、困らないだのをほざきやがって、と思っているのである。
類は雪の襟を掴み、軽々と持ち上げた。
「おい。さっきから聞いてりゃあ、礼も言わんし、自分勝手なことばかりほざきやがって」
類は思っていたことを素直に怒鳴った。なぜかその怒鳴りは、どこか、めんどくささが感じられたが……。
その言葉に雪は、反省の色を見せるどころか、眉をつり上げて怒りの表情を示したのだ。
「本当のこと言って何が悪いのよ。あんたに私の何がわかるって言うのよ!」
さっきまで類の表情が一変し、雪を蛙を睨む蛇のように見ていたのだが、この蛙、蛇睨みにも動じないらしい。とても自ら命捨てる蛙には見えない。類はふとそう思っていた。
彼女が反論しても、さっきも言ったように、彼の「仕事」の関係でそんなことはどうでもいい。とにかく彼女の自殺を阻止することさえできればそれでいいのだ。
類は目を瞑り、呼吸を整え、また元の死んだ表情でそっと雪を下ろした。
「お前…本当に誰も困らないと思うのか?裏ではお前みたいなのせいで大変なことになってるっていうのに」
「何よ、急に・・・」
表情が少し緩んだ。実は内心、類の話に興味がわいたのだが、突然何かを思い出したような顔をした。
「…ちょっと待って。あなた、私を助けたって言ってたけど、どうやって!?私はここから落ちた。どういう風にすればここで助けられるのよ!」
「ま、まぁ、まず話を聞け」
類はある方法で雪を助けたのだが、これは言ってはいけない……というより言っても信じないという理由なので、これには類もさすがに動揺を隠せなかった。つまり、類は空を飛んで雪を助けたのである。そんな話を信じるわけもなく、信じられても困るのだ。それでなんとか話をそらしたのである。
「いいか。この国は今滅びつつある」
「……?」
「実は世界的にそうなんだが、特に日本はダントツに危ない。その原因は…あんたみたいな『自殺希望者』や『自殺者』が多いせいだ」
類はその後も真剣な顔で話を続け、雪はその話を聞いて無駄に驚きっぱなしだった。
その内容はこうだ。
日本の自殺者は年間3万人を超え、世界的に見ても1位だ。それだけならまだいいが、その自殺者達の邪念が悪霊と化し、人間達に悪影響を及ぼしているという。次第に悪霊の持つ特殊な霊力によって心理コントロールされていき、自殺者が増えていくという話だ。さらには、悪霊に操られ、犯罪や殺人などを起こす者が増え、死霊でなくとも、他の霊の影響で生霊が悪事を働くという。そしてとうとう日本は滅び、次第に世界も同じ道を歩むと予想される、と…。
「そんな……こと」
詳しい意味はわからなかったが、とにかく、自殺という行為で、自分だけではなく、国を滅ぼしてしまうことになることはわかった。
雪は今にも腰が落ちそうだった。
「うそよそんなの……」
「本当だ」
類がすかさず言葉を挿んだ。
雪は実際、霊だの呪いだの信じたくはなかった。特にこんな最悪なことは。だが最近ポルターガイストや自殺や殺人のニュースが相次いでいるのは事実であり、科学者までもが霊の存在を認め始めたのだ。信じがたい話だが、雪は素直にその話を受け入れた。
「お前さっき、人に迷惑かけないだの、悲しまないだの言っていたが、本当にそうか?お前が自殺して後悔し、その念がやがて悪霊と化し、人を殺し、悲しませる。ま、別に死んでも後悔しないっていうならいいけど、そんなことはまずないな。なぜなら自殺者はみな、地獄行きだ。せいぜい頑張れ」
類は得意の嫌味ったらしく言ったうえに、ふてぶてしい笑みを浮かべた。雪も少しイラっときたが、何も言えなかった。自殺というものがこんなに重いものだと思わなかった…いや、わかってはいたが自分自身、そのことを無視していたのかもしれない。
「今はそんなに目立たないが、次第にはそうなっていく。そのために俺達がいるんだけどな」
「……?」
「俺、『ゴーストマネージャー』だから」
「ゴーストマネージャー?」
類はさりげなく言ったつもりだったが、それは雪の耳にすんなり入ってしまったらしい。
仕方なく、そのゴーストマネージャーについての説明を最小限にまとめた。
「自殺志望者とか霊のなんかの相談とか、悪霊退治をするってところかな」
雪の頭にはハテナがついていた。霊の相談?悪霊退治?この人何者?まさか!陰陽師?といった具合である。
「まぁ…いい。とりあえず自殺さえしなきゃな。あと…」
「……気になる。もうちょっと詳しく説明してよ」
類が帰ろうとしたとき、捨て台詞を吐こうとしていたが、ことごとく無視された。だが、そんなことより、雪の表情に驚いた。
なぜなら、さっきまで世界の終わりのような顔をしていたのに、急に『ゴーストマネージャー』のことを話すと、好奇心に満たした瞳でこちらを見つめてくるのである。類は、喜怒哀楽の激しい素直な女の子だなぁと一瞬感じた。
この「素直で表情豊かな女の子」とここに長くいれば、面倒なことが起きそうな予感がしていたが、運悪く面倒な奴を感知した。
「はぁー…わかった。言うより見せた方が早いなぁ」
そう言って死んだ目を向けた先には、ビルの谷間を歩く二人の女子高生だった。
「どこ見てんの。あの子達になんかする気?」
雪は疑いの目で類を睨み付けた。しかし、類はその視線を気にせず話を続けた。
「いいかー、あの女子高生のうち、一人は時期死ぬ」
「え!」
類はダルそうな声で言い放った。どうしてそんなことわかるのよ、という顔した雪は、その顔のとおり類に言った。
「だから、さっきからゴーストマネージャーって言ってるだろ!人の話聞いてますか?誰が死にそうなぐらいだいたいわかんだよ。お前の自殺がわかったのもこのせい」
言葉からは苛立ちを感じるが、声は普通・・・というよりはだるそうな、めんどくさそうな声で言っていた。元々そういう声質なのかもしれないが・・・。
「っで、後ろに男が歩いてるだろ」
女子高生の後ろ、だいたい十メートルぐらい離れたところに、帽子、ジャンパー、ズボンと靴、全部真っ黒の服装をした、いかにも怪しい若い男が歩いていた。
「うん」
「あの男、次第にナイフを取り出し…」
類がそういうと怪しい男は腰からナイフ取り出し手に持った。
「歩く速度を速め、徐々に近づき…」
すると次は、不自然に歩く速度を速めた。
「あいつらを殺すかもな」
次の瞬間、男は走り、ナイフを振り上げ、女子高生の一人に刺しかかろうとした。
雪は突然のことで思わず類に向かって叫んだ。
「早く助け・・・ない・・・と」
しかし、雪が隣を見たときには既に類の姿はなく、女子高生達の方からは悲鳴が聞こえたと同時にその方向から微かに肉を刺すようなグロテスクな音が聞こえた。
その方にゆっくり目をやると、左手の甲でナイフの斬撃を防いでいる類の姿があった。
「っち。お前のせいで、またひとつ・・・二つも厄介者が増えたなー。どうしてくれる?」
類は痛みに耐えるようすもなく、平然としていた様子で得意の嫌味ったらしく言い放った。だが加害者の方は何も反応せず、ずっと類を見ている。まるで、人を殺すために作られた、殺人兵器のようだ。
被害者の方は、一人は腰が抜け座り込み、もう一人は慌てた表情で携帯で誰か(この状況では警察以外考えられないが)と話していた。
しばらくもしないうちに、警察のサイレンの音が近づいてきた。
「はぁー、最近は出動が早いですねぇ」
そういうと男の腹部を殴り、気絶させ、その男を抱え雪の方へ瞬間移動した。
「え?」
「行くぞ」
「ちょ、ちょっと」
突然のことで混乱している雪を抱え、ビルの反対側の方から飛び降りた。飛び降りると同時に、雪の助けを求む言葉の混じった悲鳴が街に鳴り響く。それぐらいうるさいので、耳元で叫ばれている類にとっては鼓膜が破れる勢いだったに違いない。
地面すれすれの所で、今度はふわりと浮き上がり、二人を抱えた類は夜の街を翔けた
読んでいただきありがとうございます^−^
誤字脱字や気になる点などがあればご指摘ください。
次話もよろしくおねがいします。




