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負け犬

作者: 幻視図書

 


「立花さん、僕は貴方が好きです。一目惚れでした! 僕と付き合ってください」

  桜が舞い散る校舎裏、男が女へ愛の言葉を叫んでいた。男は腰を九十度曲げ、苺の様に顔を真っ赤にし、誰から見ても真剣そのものであった。

「嬉しいです。こちらこそよろしくお願いします」

  女の口からはオッケーの返事、握手を求めて手を前に突き出した。男はその手を握る為に、慌てて前へと踏み出す。

 ――バシャッ!!

  その手を握る寸前、男の頭上から水が降り注ぐ。

「あっはっは! ばぁか! 立花さんは黒崎の女だぜ? お前なんかと付き合う訳ねえだろ!」

  気が付けば男は、その場から逃げ出していた――



「はぁ、はぁ、また、あの夢か」

  びっしょりとかいた汗を拭いながら、男はベッドから起き上がる。

「家出る前にシャワー浴びなきゃ。学校めんどくさいなあ……」

  外の景色を眺めながら彼は呟く。彼の名前は藤原智、以前までは内向的な性格ではあったが勤勉な学生であった。しかし今年の春、彼の性格を大きく変える出来事があった。愛する人に玉砕覚悟で告白をした。しかし、玉砕しただけならどれだけ良かっただろうか。罠に嵌められ、水を掛けられ、これ以上ない辱めを彼は受けた。そしてクラスのヒエラルキー上位に位置する黒崎という男に、自分の女に手を出したと因縁をつけられ、毎日の様に絡まれていた。今の彼は、ただ何事も無く今日一日を過ごすことを全力で祈る、ただの生きた屍だった。朝食を食べ、シャワーを浴び、制服に袖を通し、藤原は家を後にした。

「それじゃあ、行ってきます」

 


「よう、藤原。今日も死んだ魚みたいな眼をしてるなあ」

  学校に着くなり体格の良い男がニタニタと笑いながら近付いてくる。若干の釣り目で、その顔は醜い。

「黒崎か、おはよう」

「お前今日の放課後暇だろ? 今度ボクシングやるからよ、お前練習に付き合えよ」

  どうにか回避出来ないか、と考える様に藤原は教室を見渡しながら考える。クラスの皆は彼等に無関心だ。各々友人と話す、授業の用意をするなど自分の時間を過ごしている。その中で一人、目と目が合う人物が居た。立花だった。彼女は藤原と目が合うと、直ぐに視線を逸らしてしまった。余りに一瞬で、その表情は分からなかった。不意に鈍い音と共に痛みが彼に伝わる。腹を殴られたからだ。

「返事はどうしたんだ、おい。他人の女に手を出そうとして無視はねえだろ」

「わかったよ」

  めんどくさい、そう思いながらなるべく悟られない様に、彼は返事する。ここまでは、何ら変わりない彼の日常だった。



「はー、さっさと帰りたいなあ」

  昼休み、彼は人の来ないトイレを選び、その個室に篭っていた。教室にずっと居ると、またいつ絡まれるか分からないからだ。

「随分とお困りじゃねえか、人間」

  突如響いた声に藤原は驚き、ハッと顔をあげる。ここに人が居ないのは確認済みなはずだし、今までだって来たことは滅多にない。そもそも、誰か来たことさえ気付かなかった。しかし、顔をあげた彼は、聞こえた声を無視すれば良かったと後悔した。居たのは人影だ。本来影とは、物体が光を遮ることによって出来るものだ。しかし目の前の影は、照明を真正面に浴びながらその場に直立している。

「どうした、無視することはねえだろ」

  二言目で、先程の声は目の前の影から発せられたものだと確信を得た。男の、しわがれた声だった。

「お前、今困ってることがあるだろ。俺様が解決してやってもいいぜ」

「お前は誰なんだ?」

  その質問にわざとらしく肩をすくめ、やれやれと両手を広げながら返す。

「人の声掛けを無視した挙句質問に質問を返すなんて、お前どんな教育受けてんだ? まあいいさ、初見は皆そういう反応するからな」

「わかった、トイレの神様だ」

「話を聞け話を!」

  話を聞こうとしない藤原へ強引に名乗る。

「俺様は悪魔だ。人間の私利私欲を満たす為に力を与え、対価に寿命を戴く存在なのさ」

  普通であれば悪魔と名乗られてまともに取り合う人間は居ない。しかし、己の抱えてる感情を看破され、目の前にこうして存在することから、藤原は信じざるを得なかった。

「今お前に力を与えた。ちょっとドアを殴ってみろ」

  言われた通りに殴ってみる。しかし、思い切り殴ると大きな音を立てる。だから、小突く様に、手加減をした。そのはずだった。手加減をして殴ったはずのドアは前方に吹っ飛んでいた。全力で殴ればどうなっていただろうか。

「それだけの力を手に入れたんだ。もうトイレに引きこもる必要もないだろ」

  藤原はじっとドアを殴った手を見つめる。あれだけの勢いでドアを飛ばしたのに、少しも痛くなかった。恐怖した。自分は人間じゃなくなってしまったのだろうか。

「……要らないよ、こんな力」

  悪魔は藤原の肩に手を置き、耳元で囁く。

「相手を傷つけるからか? 優しいなあ君は。でもな、要らない、なんて言うなよ。お前今まで何ヶ月耐えたんだ? 頑張ったぜお前は。お前の受けた痛み三ヶ月分、こんなもんじゃ済まないだろ?」

  その囁きを最後に影は消えた。残された藤原は、昼休みももう終わるので教室に帰ることにした。



  残りの授業の間、藤原は与えられた力を検証していた。わかったことによると、力は自分の意思で調節が出来るらしい。しかし、痛みに対する耐性はコントロール出来ないみたいだった。どれだけシャーペンで腕を突き刺してみても、痛みを感じることはなかった。そうして放課後を迎えた。指定された場所に向かう道中、藤原は悩んでいた。力を与えられた今、この環境を打破する絶好のチャンスなのは間違いなかった。だが、三ヶ月も虐げられていた藤原には、反抗することがとても恐ろしく感じられた。

「よぉし、やっと来たな」

  指定された場所には既に黒崎が来ていた様だ。

「へ、早速始めるぜ」

  そういいながら殴りかかってくる。黒崎は本気でボクシングの練習がしたいわけじゃない。ただ殴るサンドバッグが欲しいだけだ。そうか、ならサンドバッグに徹しよう。今日の僕は痛みを感じないのだから、そう藤原は考えた。腕をクロスして適当にガードする。一発、二発、フォームはめちゃくちゃだが体格の良い黒崎の繰り出すパンチは、普通ならただでは済まなかっただろう。

『おいおい、何やってんだ? 俺はそんな事のために力を貸した訳じゃねえぞ』

  黒崎の後方に、トイレで遭遇した影が現れていた。この声は、黒崎には聞こえて居ないみたいだった。

『お前が一発本気で反撃すれば、それだけでお前の勝ちなんだ。どうしてそうしない、負け犬』

  それでも藤原は反撃はしなかった。今反撃することでこの先もっと激しい嫌がらせが来るんじゃないだろうか、そういう恐怖があった。

『上を見てみろよ、お前はまた醜態を晒すつもりか?』

  視線を上にずらす。三階の窓から人影が見えた。立花の姿だった。その姿を見たとき、初めて彼の拳に力が篭った。倒れたくないと強く願った。

「ハァハァ、今日は随分とタフじゃねえか」

「もう僕は、君に屈する訳にはいかない! 今の僕は余りに情けなくて、みっともないと気付いてしまったから!」

  三ヶ月の間での、たった一度の反撃。悪魔に借りた力は使わず、自分の力でのパンチだ。決して威力は高くないが、初めての反撃に驚いた黒崎はモロに喰らってしまう。

「ゲホッ、なんだぁてめえ、急に反撃してきやがって!」

  黒崎のパンチが再び放たれる。藤原はガードする。痛みはないはずなのに痛みを感じた。

「うおぉぉぉ!」

  気合いと共に放たれた拳が黒崎の腹を殴打する。

「くそっ、覚えてろよ!」

  捨て台詞を吐き黒崎は逃げ出した。終わりは呆気ないものだった。

『分かっただろ? 自分がどれだけしょうもない奴に支配されてたか』

「しょうもない奴なのは僕も同じだよ。自分一人じゃ、何も出来なかったんだ」

  感心した様に悪魔は話す。

『お前は俺の力を無闇に使わず、自分の力で乗り越えたじゃねえか。切っ掛けは俺様でもやり遂げたのはお前の力さ。特別に代償は無しにしてやるよ』

  藤原には一つ気がかりがあった。ふっと顔を上にあげる。そこには誰も居なかった。

「僕は、告白した日に裏切られたんだよな。でも、何故だろう。彼女が悪い人だなんて、思えないんだ」

『本当にそうだったか? もう一度向き合ってみろよ』

  藤原は過去を回想する。



「立花さん、僕は貴方が好きです。一目惚れでした! 僕と付き合ってください」

  桜が舞い散る校舎裏、男が女へ愛の言葉を叫んでいた。男は腰を九十度曲げ、苺の様に顔を真っ赤にし、誰から見ても真剣そのものであった。

「嬉しいです。こちらこそよろしくお願いします」

  女の口からはオッケーの返事、握手を求めて手を前に突き出した。男はその手を握る為に、慌てて前へと踏み出す。

 ――バシャッ!!

  その手を握る寸前、男の頭上から水が降り注ぐ。

「あっはっは! ばぁか! 立花さんは黒崎の女だぜ? お前なんかと付き合う訳ねえだろ!」

  気が付けば男は、その場から逃げ出していた。滴る水の隙間から、確かに見ていた。悲しげに男を見つめる、女の姿を――



「立花さん」

  人の居ない廊下で二人は出会った。三ヶ月ぶりの対話になる。しかし、お互い気まずそうに顔を下に向けたまま沈黙が二人を包み込む。先に口を開いたのは、立花の方だった。

「ごめんなさい、謝らなきゃって思ってたのに、怖くてずっと見てるだけだった」

  藤原は口を開いた。

「僕と付き合ってください」



「あの、ありがとうございました。貴方のお陰で無事に、彼と仲直りが出来ました」

  何処かの家の一室、立花は何者かと声を交わしていた。

「礼なんて良いんだぜ? 俺様は対価を戴いてるからなあ?」

「……」

  女は押し黙る。身体は微かに震えていた。

「おいおい、まさか忘れてた訳じゃねえよな? 俺様は対価も貰わず仕事する程優しくはねえんだ」

「――ええ、解っています。三年分の寿命、ですよね」

  分かってるなら良い、と言わんばかりに深く頷くと言葉を続ける。

「驚いたぜ、悪魔を呼び出す黒魔術を使ったのがこんな十七のガキで、仲直りがしたいなんて言い出すからなあ。まあよくよく聞けば随分と厄介な状態だったけどな」

「そうです、私は何も出来ませんでした」

  嘆く立花を煽る様に言葉を続ける。

「いやああの男の子辛そうだったなあ、三ヶ月ぐらいあの状態なんだったっけ? 無理無理、俺様耐えらんない。あいつがあの状態で三ヶ月過ごすのに比べたら、寿命三年ぐらい大したことねえな。お前は安全なところから見てただけなんだから」

  その言葉に初めて立花を反論した。

「――ッ、私だって、怖かったんです! 告白された時、嬉しかったのに……急にあいつらが現れて、いつの間にか黒崎と付き合ってることにされて……身体を触られたりもしました。どうしたら良いか、わからなかったんです……」

「おーこわ、んな取り繕っても、加害者側だった事実は変わんねえよ」

  今にも泣きそうなその時、立花のケータイが着信を告げる。

「おっと、愛しの彼からの電話だぜ? 出なくていいの?」

  ディスプレイには藤原の名前が表示されていた。震える手で応答ボタンを押す。

「も、もしもし? 僕だけど、今時間良いかな?」

「え、うん! どうしたの?」

  精一杯しぼりだした声、しかしどうしても声が震えてしまう。

「――どうしたの? 立花さん、何かあった?」

「な、何でもない!」

「そ、そっか、うん。それなら良いんだけど――」

  目の前には、人の不幸を嘲笑する悪魔の顔があった。楽しんでいるのだ、目の前の女を限界まで追い詰めることを。

「その、何かあったら話してくれないかな。もう、君を辛い目に遭わせたくないんだ」

  藤原は緊張したような声で話す。

「僕は今まで、辛い現実から目を逸らして生きてた。自分ばっかり被害者だと信じて、ただ無気力に一日が過ぎるのを待ってた。でも今日、ちゃんと現実をみて、立ち向かって、ぶつかって、乗り越えて、気づいたんだ。君が居た。僕だけじゃなかった。同じ様に苦しんでいる人がいたんだ。」

  一瞬の沈黙を置いた後、藤原は叫んだ。

「改めて言います。僕と付き合ってください! 今度こそ貴方を守りたい!」

  その叫びの直後、ゴンっと大きな音がした。どうやら電話の向こうで、叫んだ勢いでそのままスマホを床に落としてしまった様だ。その言葉で、心の中につっかえていたものが洗い流された様だった。悪魔が退屈そうに欠伸しながら呟く。

「あーあ、つまんねえ結末だぜ。まあいいや、寿命はきっちり回収させてもらったからな。次の獲物の所に行くわ、じゃあな」

「ごめんごめん、勢い余ってスマホ落としちゃった……何か言った?」

「はいっ、よろしくお願いします」


燃やしましょうこのノベル、今すぐに。どうも、作者です。本作は三人称視点の練習として書いてみた作品となります。折角だからと恋愛要素の練習も取り入れてみたのが地獄の始まりです。全く筆が進まない……。欲張ったらいけないという教訓ですね。もう読み返したくなくて、書ききったら校閲せずにあとがきに着手しています。三人称視点の利点全く活かせてなかったですね今回は。三人称視点でやるなら、一人称だと扱いが難しい、性格に難のあるキャラを使っても良かったかもしれません。中身はアレですけど、取り敢えず書いた感想としては今後書く為の良い経験が得られたかなと思ってます。

それでは、短いですがこの辺であとがきを終わりたいと思います。もうすぐ電車が目的地に着くのです、ええ、これ電車の中で書いてるんですよ。提出三時間前です、ヤバいです。書き始めは早かったはずなのに、中身に納得が出来ず三日前にゼロから書き直した結果ですはい。それでは、ありがとうございました。


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