80 たからもの2
荒れ放題だった宿、尾っぽ邸にはこの宿に世話になった冒険者のみんなが片付けに協力してくれているようだった。疲れたような顔をしたランディさんは手伝いの冒険者たちに「その荷物はこちら」だの「その机はこっち」だの指示を出しながら、自身も忙しそうに片付けに追われている。
「レオ、おかえり大丈夫だったかい?」
ランディさんは疲れ顔ではあるがそれでも笑顔を帰ってきた俺に向けてくれた。自分の妻が殺されそうになったというのに、その原因は俺だというのに、彼はそんなことを微塵も表に出してはいない。
申し訳なさだけが募って、俺は眉尻を下げランディさんに深々と頭を下げた。
まわりの冒険者たちも俺たちの重い空気を察したのか、少しだけ動きが止まる。けれど場を和ませようと思ったのか、気のいい中年の冒険者が机を運びながら俺に声を掛けてくる。
「俺らはレオの部屋までは掃除してやんねぇから自分で片付けろよ~ぐっちゃぐちゃだったぜ。まぁ銀貨払ってくれるならやってあげなくもないけどなぁ!」
中年の冒険者の言葉に乗るように、調子のいい冒険者たちは次々に声を掛けてくる。
「俺は銀貨10枚くらいでやってやんぜ、オラ雇えよレオ」
「うーんオレは金貨くれぇは欲しいなぁ」
「俺ァ割り引いて銀貨9枚で請け負ってやるぜ?」
陽気な男たちはガハハと笑いながら、それでも片付けの手を止めず言う。湿っぽい雰囲気を全て吹き飛ばしてしまう彼らの態度に俺は少しだけ口元を緩ませた。
「雇わないって、自分でなんとかするさ」
「カッーー! これだからケチは」
ガハハと笑っている男たちに内心頭をさげて、俺は地下室兼自室へと降りると、取り戻した宝物を部屋の隅へと置いた。
大切な俺と聖女様をつなぐ唯一の物。彼女と過ごした小屋はもうない、手元にあるこれだけが、もう声も思い出せない大切な人を思い起こさせる宝物。
「にしてもひでぇな、ベッドも何もかもぐちゃぐちゃじゃねぇか」
はーっと息を吐きながら俺の後ろにいたトーズが部屋を見渡しながら言う。トーズの言う通り常に綺麗に使っていたはずの俺の長年過ごした部屋は見る影もない。ぐちゃぐちゃになったベッドに本棚から乱雑に投げ落とされた本たち、インク瓶は割れて、真っ黒なインクがカーペットに染みている。
「ひどい荒れようだろう?」
「まぁ片付けはあたしたちが手伝ってあげるわよ、タダでね」
「ありがとう、ふたりとも」
「お礼は貴族のマナーを教えてくれる事でいいわよ。商人になるとそういう機会もあるそうなんだけど、あたしマナー知らないし」
ジェリーがなんでもないように口に出した言葉に俺は固まった。
「……聞こえて、たの」
「あの距離だぜ? 聞こえてないわけないだろ。俺への礼はなぁお前が一日子分になるとかでどうだ?」
「それは死んでもいやだけど」
トーズが「どんだけ嫌なんだよ」と唇を尖らせながらぶつくさ言っている横で、ジェリーはいつものように笑っている。本当に普段と変わらない日常風景過ぎて、困惑してしまう。もっとこう、俺が貴族だと知れば戸惑ったりすると思っていたのだ。
「それより、何か……俺が貴族って知ったことで反応とかないの?」
「なんとなく察しはついてたわよ、レオは商家っていう割にはよく街の人にボられちゃうし、没落した貴族なのかなとは思ってたけど」
「俺もある程度は気づいてたな、さすがに大貴族だとは思わなかったけどな」
ケラケラとトーズは楽しそうに笑う。ジェリーもまるでクイズに正解したような雰囲気でトーズに「だよね」なんて相槌を打っている。ボられてたのは初耳だが、本当に予想外の反応に戸惑ってしまう。友人だと思っていた相手に身分を偽られていたのだ、もっと怒るとか失望されるとか、距離をとられるとかすると思っていた。いくら親しくても、いや親しければ親しいほど、秘密にしていた期間が長いから悲しい態度を取られてしまうと思っていた。
「レオ、俺らがお前を貴族だと知ったら離れていくとでも思ってたのかよ」
「それは……」
「はぁーーお前なぁ、全然俺らのこと信用してねぇな」
「信用してないわけじゃないよ、ただ俺の元の身分はそれなりに特殊だと思うから……」
大貴族のモリス。建国時から続く由緒正しい家系で、それこそおとぎ話にだって先祖が登場する。召喚を担う有名貴族を知らない人間なんてきっとこの国にいないだろう。領地も分家も持たず初代から実直に召喚の役目をはたし王に仕えてきた、古い古い家――
「自分で言うのもなんだけど、結構とっつきにくい身分だと思うんだけど」
「俺が盗賊の息子ってのも世間じゃとっつきにくいぜ? 罪人だしな」
「それは生まれ場所の問題でトーズは関係ないだろ?」
「な?」
トーズは悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の脇腹をつっついてくる。
「そんな事で今更レオを嫌ったりしないよ、あたしたち友達でしょ」
「そうそう。友達ってやつは身分とかそんなもんに拘らねぇって実践で俺らに教えたのはお前だろ」
なんでもない事のように笑う二人につられるように、自分の表情も柔らかくなる。
あの日、家を追い出され知らない土地に置いて行かれた日、ハンデルで出会ったのが二人でよかったと、俺は緩む口元を手で押さえながら照れていた。




