45 久しぶりの図書館
壮観な造りの王立図書館には、門兵に証文を提示することで図書館内に入ることができる。
週に二日ある、働かなくていい日の初日という事もあって、開館時間前には何人の人たちがすでに待ち構えていた。
大人たちだけでなく王都学園の学生も、入学と共に証文をもらえることもあり、勉強熱心な学生らしき人達がまざっている。その中に僕と同じくらいの小さな女の子が見えた。
教会の法服を着て、透けるベールと教会の六角柱の帽子を頭にかぶっている。首にかからないくらいの短い黒髪を揺らしている小さな女の子がいた。
子供なんて僕以外でめずらしいな……なんて思いながら、おとなしく列が先に進んでゆくのを待つ。
「スーちゃん久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです。お仕事いつもお疲れ様です」
「最近腰が痛くってさ治してくれよ~」
「はい、あとでお伺いしますね」
軽やかに会話を交わして、教会の女の子は図書館内に入ってゆく。
顔見知りのようで、証文を提示もしなかった。
そのあとも次々と大人たちは証文を提示するだけで入ってゆく。多少のお金さえ払えば簡単に証文は手に入れられるのだ、それほど警備も厳しくはなかった。
まだかな、まだかな、と大人しく自分の番が来るのを、列の先頭を見るために何度も背伸びをしながら待っていると、ついに自分の番がやってきた。
「こんにちは休日だからか、今日は人が多いんですね」
そんな世間話を門兵に投げかけて、僕は実家に居た時と同じように門兵の前に証文を出した。
なにも問題などあり得るはずもない。普通の対応だった。けれど、
僕を迎えたのは、侮蔑の表情を含んだ、二人の門兵だった――
「貧乏商人の息子か? 誰かの証文でも盗んだのか?」
「ここは文字が読める人間が来るところなんだよチビちゃん」
一人は侮辱的に、もう一人はかわいそうなものを見るような目で僕を見た。
一瞬思考が停止する。人間まったく予想外のことを言われると、固まってしまうのだ。
こんな対応をされたこと、今までなかった。
「しょ、証文は盗んだものなんかじゃない。確かめてくれてもかまわない」
あまりにもびっくりしすぎて、兄から暗殺者が飛んでくることも気にせずに、本人確認のための情報が記されている部分を指さした。
けれど門兵は、僕の証文なんて一度も見ようともしなかった。
ただ、僕の服装を足元から這い上がるように見て、片方の唇を吊り上げるだけだった。
「盗んだものじゃないとしたら、偽造したものか? 大罪だぞ」
「証文は本物で僕のものだよ。確かめればわかる」
馬鹿にしたようなその態度に、ふつふつと怒りが沸いてくる。
周りの大人たちも、なんだなんだと野次馬のように僕の身なりを見ては、何がおかしいのか、ふっと唇を吊り上げるだけだった。
僕は自分がそんなに貧相な恰好をしているとは思っていなかった。港街ハンデルでは名の通った商人の子だと思われる程度には、マシな服装をしているつもりだったのだ。
ギルドでも変な対応を受けたことは今までない。知らない人に「金貸してくれよー」なんて言われることはあったが、追い払われるような対応をされたことは今まで、一度だってなかった。
けれど王都の、それも貴族社会では全く違った――
王都の図書館は、ほぼ貴族しか利用しないといっても過言ではない。貧乏貴族弱小貴族、分家、差異はあれど、ある程度の身分出身であり、僕が実家から通っていた時も、商人はちらちらとしか見たことがなかった。
いや、こうやって馬鹿にされないために、商人たちはちゃんとした服装で利用していたのかもしれない。身なりを理由に馬鹿にされ辱めを受けるのだ、貴族と見間違う恰好をしているに違いない。
貴族社会でだけ行動や世界を完結させている人たちにとっては、商人らしい普段着であろうが、ぼろ布をまとっているように見えてしまうのだろう。
門兵に引き留められている僕の横を、綺麗な服を着た大人たちが、可哀そうなものを見るような目で僕を見ながら通り過ぎてゆく。
なんだかその視線が、すごくすごく恥ずかしかった。
貴族の家を出てからだって僕自身は何も変わってはいない。変わったとすれば服装だけだ。けれど、たったそれだけのことで、こんな思いをするだなんて思っていなかった。
顔を赤くさせながらも僕は「頼むから証文をちゃんと見てくれ」と繰り返す。子供だからと貧乏そうだからと、見下しているのか門兵は僕を鼻で笑うだけだ。
「ふざけるなよ」
どうしてやろうか、と思っていたその時――
空気が、突然凍り付いたような、感覚がした。
目の前にいる門兵二人も、ひゅっと息をのみ固まっている。図書館に入るために来ていた数人も動きを止めて固まっている。
まるでこの空間だけ時間が止まったみたいな、そんな雰囲気がした。
僕自身もひゅっと息を吸い込む。息はできる。
肌にピリピリと焼けつくような、そう剣術教師ゾーダと対面しているときのような気配を感じる。けれど殺気を感じるわけではない。ただ、よくわからない威圧感が背後から迫ってきているのだけは感じとれていた。
「やけに、審査に手こづっているようだが、どうかしたのか?」
低いテノール声、一歩一歩ソイツが近づいてくるのを感じる。
門兵は二人とも青ざめ、近くにいた人たちも息をのんで俯いている。その姿はまるで魔獣に見つからない様に茂みに隠れる子供の様であった。
「コ、ゴーク将軍、これはあの、証文を確かめていまして」
「不正でもあったか?」
「い、いえ、ただ子供が持つには少し」
「見た目で判断してはいけない。戦場では見た目で侮って命を失った同志を何人も見てきた」
低く論すような声、優しい声色なのに周りが凍り付いているのは、それだけゴーク将軍と呼ばれた人の功績に、周りが敬意を払っているからなのだろうか。
いや、委縮している周りの人たちの眼に見えるのは少しの恐怖。恐れているのだろうか……?
僕はやっと氷漬けから解凍されて、ゴーク将軍と呼ばれた男性を見上げた。
大きい男だった。
上質な厚手の服に覆われていても、その下の筋肉がありありと分かるほど大きな男だった。年齢は40代くらいだろうか、顔に刻まれたシワと、髭と髪はうっすらと灰がかった、薄緑のブロンドに交じりの白髪が見えた。それらが上手く調和し、銀交じりの金髪のように見える。
威圧を感じる体格とは違い、目は優しく目じりが垂れており、甘いマスクをしていて、将軍なんて呼ばれるような人物には一見すると見えない。まじまじとゴーク将軍を見て、僕はふと口に出してしまった。
「長耳人……」
ひゅっと小さく音を立てて、周りにいる大人たちが息をのんだ。
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