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彼は聖女を愛している ~ 追放された貴族の子 ~   作者: ピテクス
第2章 -鈴の音が聞こえる-
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44 久しぶりの故郷

前回までの『彼は聖女を愛している』は――


 交易都市ハンデルに置いていかれたレオナルドは、そこで酷い生活を送るスラムの子供たちと出会う。


 ジェリーとトーズは二人きりでスラムを支えてきた子供の代表だった。彼らと友達になったレオナルドはスラムを改善しつつ、半年間冒険者として生活を送っていた。色々あって夢を将来の夢を語り合った子供たち。時を同じくして遠く離れた王都で同じく夢を語った少女がいた……



 ギルドが人でにぎわう夕方、王都のギルド本部。

 買い取りカウンターの一角に(よわい)10歳にも満たないような小さな小さな子供がいた。そのくらいの年齢なら村から集めてきた素材を売りに来た、お使いの子供だと思うだろう。


 けれどギルド内に居る誰も、その子供をお使いでやってきたとは思わなかった。

 持ち手の色が変わらないほどに新しいナタ。

 刃物の部分は見えないが、刃と木の接続部はちらりと見える。紫がかった魔獣の乾ききっていない血と、重そうな魔石を入れている袋、そして討伐の証であるオークの耳がヒモに通されて腰に下げられていたからだ。


「ここって討伐依頼受けてなくても討伐証明の素材買い取ってもらえます?」

「え、えぇ、けれど、討伐の依頼を持っていただかないと、ギルド内の記録に残りませんし、討伐完了報酬がないですけど、いいんですか?」

「討伐の依頼を受けれるのって10歳からだよね僕はまだだから。買い取りだけでいいんだ。宿泊費にしたいし」


 受付をしていた若い女性は子供の言葉にぎょっとして目を開く。

 近くで聞き耳を立てていた大人たちも同じ反応だった。こんな子供が? とこそこそしている話が周りに広がる。中には10にも満たない子供がオーク数体の討伐証明を持ってきたことに、懐疑的な目で見るものもいたが、少年は一切気にかけていなかった。


「早くしてくれると助かります。あぁここらで安い宿とかありますか? 今王都についたばかりなんですけど」

「宿なら掲示板に張ってますので、参考にしてください。裏の宿が安くていいですよ」

「ありがとうおねえさん」


 少年は表情豊かなわけではないが、物腰、話し方、振舞い、それらすべてが粗暴な冒険者に慣れていた受付嬢を驚かせた。どこの家の子だ? と自分自身が苗字もない庶民なのに考えてしまうほどだ。

 騎士の息子だろうか、と受付嬢は勘ぐったが、すぐに詮索はやめて仕事に戻る。

 じっと大人しく鑑定の様子を見学している目の前の子に、下世話な考えを悟られる気がして、なんだか恥ずかしくなったからだ。


 受付嬢は早々に鑑定を終え、金額を提示する。


「このくらいですね」

「王都は物価が高いから助かるよ」


 まるで商人のようなことを言いながら、子供はオークの皮で作ったらしき袋にジャラジャラと受け取った硬貨を入れ、重くなった革袋を持ってギルドを出て行った。



***



 歩くたびに手に握りしめた野花が揺れる。肺に吸い込む王都の空気はハンデルとさほど変わらない筈なのに、どこか懐かしいような気持ちがした。


 半年ぶりの王都(こきょう)は、どこか陰鬱な雰囲気を漂わせていた……


 寄付を求める修道士にそれなりの金額を渡し、裏へと直行する。

 安っぽい作りの黄色い花が絡んだアーチは不愛想に僕を出迎える。門をくぐったその先に、彼女が眠る場所がある。

 真みどりの芝生が生い茂る、墓場があった。僕の大切な人が眠る場所だ。


 一番奥の目立たない場所に小さな墓標が見えた。そこに聖女様が眠っている。



 無意識にひゅっと小さく息を吸い込んでしまった音が聞こえる。踏み出そうとした足を止めて、僕は戸惑っていた。


 家を出てから沢山のことがあった。動物や魔物を初めて殺したし、人だって殺した。今の自分はきっと聖女様の知っている以前の優しい自分ではもうないだろう……

 そう考えると足を踏み出すのを一瞬躊躇(ちゅうちょ)してしまったのだ。


 けれどそんな考えはすぐに払拭し、僕は最愛の人が眠る墓の前に行く。

 聖女様に恥ずかしくて顔を見せられないと引き返してしまえば、聖女様は誰にも墓参りすら、されない存在になってしまう。

 それだけはどうしても嫌だったのだ。


 緑色の芝の上に小さな墓石が一つ、墓石には聖女様が生きてきただけの年月が記されていて、その上にファーストネームだけの本名がある。

 僕はしゃがみ込むと、冷たい石に刻まれている名前に指で増える。


「え、り……」


 つづられている文字を読み上げる。聖女様の本名だ。

 僕は聖女の名前を直接呼んだことがなかったので、なんだか口に出すと違和感があった。


「久しぶり、聖女様……()()って書かれちゃ誰か分かんないよね」


 冷たい墓標に僕はにっこりと笑いかけた。


「変な感じだね、本名なんて今まで聞いたこともなかったのに」


 冷たくもの言わぬ墓石に苦笑いをしながら話しかける。

 教会の人が置いてくれたのか、白い手のひら程度の大きさの花が墓の近くに置かれているだけで、半年前とは何ら何も変わらない小さな墓。

 僕が二週間に一度運んでいた野花達は枯れて山を作ったままで、青々とした芝もそのままだった。


 枯れた野花の山の上に、僕は新しい野花をそっと置いた。


「またくるね」


 本当は沢山言いたいことがあった。

 王都を出てどういう暮らしをしたのかだとか、市井の人達の事だとか、スラムで生活を送っている人達の事だとか、オークを一人でやっつけられるようになっただとか、沢山あったけれど、

 話だしてしまえば、置いていかれた街であった汚い現実も、酷い方法で人を殺してしまったことも言ってしまいそうで……


 花だけ置いて僕は立ち去った。



 ちりん――


 帰り際、どこかで鈴の音が鳴ったような気がした。




お読み頂きありがとう。新しい章開始いたしました。^^これからも読んで下さいな。

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