37 夕日に染まった部屋の中
レオナルドがニューマンを連れて出ていった部屋の中、盗賊達の監視を任されたトーズは、黙って自身の腰に下げている剣を抜き取った。その剣は何度も魔獣や動物を刈るのに使い、もう刃も多く欠けてしまっている。
-これが終わったらそろそろ買い替えよう-
そんなことをトーズは一人思う。
日が沈みかけているのか、窓からは真っ赤な光が差し込み、トーズの海のような深い蒼をした髪色を変えさせる。深海のような瞳には普段の光は宿っていない。
胸にかけられたセピア色の三角の形をしたサメの歯も、夕日に染められ、朱色に染まる。
目の前にいる盗賊たちは、これから何が起きるのかを予見してかガタガタと震えていた。盗賊頭がレオナルドが部屋を出ていく時に必死に引き留めていたのは、トーズの行動を予見してのことだった。
窓から差し込む赤い太陽の光が、トーズの持っている剣に反射して、赤い光が盗賊頭の顔を照らす、それはまるでこれから起きることを先に演出してくれているかのようだった。
「殺さないってあのガキと約束したぞ!!」
何が行われるかを理解した盗賊頭は声を荒げる。
「あぁ、レオにはさせない、そのかわり俺がやる。あいつにこんなことさせられねぇ……」
トーズは最初から、捕らえられたなら盗賊たちを殺す気でいた。
大切な友人が反対しようが、盗賊を生かして逃がした後に起こる惨劇を知っているからこそ……この場所でそんな悲劇は断ち切ろうとしていた。
トーズは去り際にこちらを横目で見たレオナルドを思い出す。
多分何をするのかは薄々気づいて出ていったのだろう。止められなくてよかったと思う。トーズはレオナルドを失望させたくはなかったし、なるべくなら手を汚すのは自分だけでいいと思っていたからだ。
しくしくと泣いている盗賊の仲間を見ても、トーズの良心は少しだって動かされることはなかった。
盗賊という生き物になってしまった奴らは、顔では泣いていても腹の底では笑っていることを知っているからだ。
子供だから同情を引けば赦してもらえるだろうという魂胆すら、トーズには透けて見えていた。
剣を抜いたトーズを見て、盗賊達も何をされるかを理解したのか、口々に弁明を始める。
「ただちょっとした悪戯だったんだ、ゆるしてくれよぉ」
「なっなあ! 俺の財宝はやるよ! それなりに遊んで暮らせるはずさ、だから!」
「なあ! あやまるよ! 悪気はなかったんだ!」
「金じゃねぇんだよなぁ……お前らが生きてると苦しむ人たちがいる。それが問題なんだよ」
トーズは伏し目がちに言ってのける。
その声に感情は何も乗っていない。これから自分がしてしまう事の前に、感情を閉ざしてしまったのだ。
自分が少しでも傷つかないように、嫌な記憶として少しでも残らないようにと自己防衛が働いているのだろう。
そんなトーズを見て、盗賊頭は背中に冷や汗を大量にかきながら、必死にそのいいはずだった頭を回転させる。
脳みそのすべてを使って、目の前の子供に、どうやったら自分を殺させないかを必死で考える。
つい先ほどまで殺しかけた相手に殺させないようにする。
それは至難の業だったが、道は一つしかないように思えた。殺す価値もないと思わせる事ができないなら、金にも釣られないというのなら、良心に訴えかけるしかないと思ったのだ。
「ううっ、ううっ」
盗賊頭は大粒の涙を流しながら顔をくしゃりと歪め、嗚咽を漏らした。
突然大人気なく泣き出した成人男性を前に、トーズが少しだけ眉を顰めたのを確認すると、盗賊頭は続けて言う。
「しかた、しかたなかったんだ! 生活のために仕方なく、ひどい事なんてするつもりなかったっ……さっきは売り言葉に買い言葉であんなこと言っちまったけど、俺ぁ家族のために金がいっただけなんだ」
おおおんと嗚咽をあげながら泣き出した盗賊頭を前に、トーズは目を見開いて驚いた。まさかそんな事を言い出すとは思っていなかったからだ。
同じく仲間であった盗賊たちも、盗賊頭の発言に驚いたように互いに目を合わせている。
「家族が、いるのか」
ぽつりと呟いたトーズの言葉に、泣きながら俯いていた盗賊頭の頬の端が少しだけ吊り上がった。
小さくて細いけれど、確かな活路を見つけたような気がしたのだ。
盗賊頭は泣き顔のまま、顔をあげて、良心に訴えかけるようにと、小さな日に焼けた深い蒼色の短い髪をした子供を見上げた。
「ああ、病気の息子がいてな、教会のバカ高い治療費を払うためにこんなことしちまったんだ……
お前より、少し小さいくらいかな、かわいい子なんだ」
「……子供がいるとは思ってなかったな」
起伏のない声色でトーズは言うが、その深海に似た瞳は少しだけ揺れていた。
「あぁ、こんなことしてるから独り身だと思われがちだけど、俺ァ家族を大切にしててなぁ……」
さめざめと泣きだす盗賊頭を前にトーズは眉尻を下げて目線を落とす。
盗賊達は、頭の嘘なんて最初から分かっており、命運を頭の出来がいいボスに任せる。ここを乗り切れば、この子供一人だけならば、自分たちにも勝機があると思っているのだ。
夕焼けの真っ赤な光が差し込む広い部屋、立っている日に焼けた肌と、深い蒼の髪を持った子供はつぶやいた。
「そうか、なら、子供のことを一番に考えてやらなくちゃならねぇな」
盗賊頭は縛られてトーズからは見えない後ろ手を、ぐっと握り占めた。手ごたえがある。やはりこの作戦を選択してよかったと思っていた。
「あんたの子供の気持ちはよくわかる。
今は居ねえけど、俺にも昔父親がいてさ……」
懐かしむようにトーズは、斜め上を見上げる。
盗賊頭は目の前の子供の昔話になんて少しだって興味はなかったが、さも興味深そうに「うんうん」と聞き入る。
「父親が死んだとき、俺がどう思ったアンタにわかるか?」
「悲しかったろ? わかるよ……俺も息子にそんな思いはさせたくねぇ」
盗賊頭の言葉に、トーズは「ふっ」と笑みを浮かべた。
「いいや、嬉しかったよ。
俺の父親も盗賊の頭だったんだ。
あいつが死んでくれたことが俺の人生で一番の幸運だった――」
トーズの体がうっすらと青白く光る。夕焼けの赤い光を反射する剣は、ぬるりと盗賊頭の首に差し込まれると、盗賊頭が何かを言う前に、頭と胴体を切り離してしまった。
コロコロと、頭部が転がる。
トーズの手に持った夕焼けの光を反射して赤くなっていた剣は、今や本物の真っ赤な血の色に染まっていた。
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