35 埋められていたモノ
毒が身体へとまわり、動けない盗賊頭を縄で縛りあげたあと、仲間の盗賊たちの睡眠魔法をひとりひとり解いてゆく。
目を覚ました盗賊たちは最初、侵入者である僕とトーズを罵倒したが、縄で縛られて意識が朦朧としている盗賊頭を見て、盗賊の仲間達は口を噤んだ。
睡眠魔法が解かれた盗賊達が目にしたのは、手首を切り取られ、トーズに顔面に蹴りを入れられ、顔の判別すらつかない自身の仲間と、自慢の魔剣を真っ二つに折られた頭、そしてどうみても敵側に着いたニューマンの姿だった。
盗賊達は状況が飲み込めたのか、一斉に顔の血が引く。
多分意識のない仲間の手首を切り取ったのも、僕らの仕業だと思ったのだろう。
それは盗賊頭がやったことで僕らじゃないんだけどなぁ、なんて思いつつ、なるべく明るい声で彼らに話しかけた。
「おはよう、いい夕方だね。よく眠れたかな?」
爽やかに目覚めの挨拶をすませる。
ジェリーの閉じ込められている牢屋の鍵の隠し場所を、意識のある彼らに聞かなくちゃならない。彼らが怯えないように丁寧に接すると、なぜか逆に怖がらせてしまったようで、音をたててガクガクと震えている。
僕はにこやかに接しているが、僕の隣にいるトーズは無表情で盗賊たちを見下ろしているから、よけいに怖いのかもしれない。
ピリピリと焼けつくようなさっきをトーズから感じて、殺気立っているのが分かる。
「地下牢のカギの場所は知っているかな?」
「しっしらねぇ、しらねぇ、ボスが、いつも持ってる」
あまりにも震えながら言うので、事実だろう。
盗賊頭は浅い呼吸を繰り返しており、治癒魔法を少し流し込んだ程度で返答するのがやっとといった状態であった。そんな盗賊頭の前にしゃがみ込み、嘘をつかれないようにじっとひとみを見つめた。
「鍵を渡せ」
「その、かわり俺は殺すな……」
「交渉できる立場じゃないだろう?」
「それ、なら……殺されても言わねぇ、どのみち同じなら意味はねぇ」
自分の命がかかっているので盗賊頭は必死に僕に交渉を持ちかける。ジェリーを誘拐した憎い相手ではあるが、この無抵抗の状態で、処刑のように殺すのは、少し気が引けてきた。
「分かった、僕は殺さないよ」
「ならポケットん中だ」
僕に殺されないことに安心した盗賊頭は素直なものだった。
言われた通りにトーズがごそごそと盗賊頭のポケットの中を探れば、古めかしい厳かな鍵が見つかった。
「じゃあトーズジェリーを助けてくるよ。見張っておいてね」
「わぁった」
地下牢な苦手なトーズより、僕がジェリーを連れてきた方がいいだろう。どのみち盗賊たちを殺さない以上見張りはいるのだ。
拘束していないダイマスをもう一度拘束してもいいのだが、今のところ従順で使えるので、連れてゆく。
「ニューマン行くよ。君は荷物運びと道案内係だから……お宝ため込んでるだろ?」
「へっ、へい」
すっかり心が折れたのか、ニューマンはへこへことしながら言う通りに動いてくれる。
「ふざけんなニューマン! てめぇそんなガキの下に付いたってのか!?」
「このクソ新入り! 使えねぇ上に敵に使われやがって」
ニューマンへ仲間から罵倒が飛んでくるが、当の本人は平気な顔をしていた。
少なくとも仲間だった奴らに付くよりは、待遇がいいことを分かっているのだろう。
僕らが頭との闘いで敗れれば、ニューマンは確実に殺されていた。少なくともニューマンにとっては、仲間だった盗賊達より、僕らの方が安心なのだろう。
「ま、まてッ」
盗賊頭は焦ったように部屋を出ていこうとする僕らを引き留めた。トーズは冷ややかな、感情のこもってないような表情で、盗賊達を見つめている。
そんなトーズに怯えてか、焦ったように盗賊頭は僕へと声をかけたが、これ以上無駄な時間は過ごせないと、彼を無視して僕はニューマンを引き連れて部屋をでた。
なんとなく、戻った時、盗賊たち誰一人は生きていなさそうだな。
なんて思いながら……
***
ジェリーを助けに行く前に、ニューマンには盗んだ財宝の保管場所に案内してもらった。
ボスの部屋の奥にあるその場所には、壁に数々の武器が飾られ、あふれんばかりの宝石と装飾品が大雑把に積まれていた。
騎士の身分あがりという事もあってか、頭は武器には興味があっても宝石には興味がなかったのだろう。
管理がずさんなおかげで宝石の価値は少し下がるが、どうやらそこそこ上手くやってきたであろう盗賊は、かなりの財をため込んでいた。
これなら近々行く、王都への旅費や宿泊費としては十分だ。ジェリーとトーズとで山分けしてもかなりの額になるだろう。ニューマンが揉み手をしながら僕に媚びを売るように近づいてくる。
「どっどうです? いいものばかりでしょう?」
「まぁまぁだね」
そう言いながら、少し口元を緩ませた。
お金は大切だ。家から追い出されてから身をもって実感していた。
あとで手押し車に詰め込めばいい。なんならジェリーと一緒に開放するつもりの、捉えられている女性達に旅費として一部をあげてもいいだろう。
少しでも盗賊に襲われた不幸が薄らいでくれたらいいな、なんて思っていた。
外から砂ぼこりが舞い込み、じゃりじゃりと音を立てる廊下を歩く。
風は頬を掠めるのは、この廊下に壁がほぼ無いからだ。長年放置されてきた屋敷は壁がはがれ落ちていて、舞い込んだ風で廊下にごみが散らばっている。とてもじゃないが、ここが素敵な邸宅だったとは思えない様相へと変わっていた。
地下牢へ向かう道は、宝物庫に寄ってしまったおかげで、一度通った薄暗い道とは違っていた。沈みかけの太陽が壊れた壁越しに周囲をオレンジ色に染めていく。
壁が崩れて吹き曝しになっている廊下を歩くので、遠くに馬車小屋が見える。
森の風が吹き込んで心地がいいはずなのに、漂う腐臭に僕は眉をひそめた。
「まっ回り道した方がよかったですね……」
ははっとニューマンは吃りながら苦笑いを浮かべている。腐臭について彼は知っているようだった。
壁が崩れている外側を歩くニューマンに、隠れてその下に何があるのかは見えなかったが、ニューマンが故意に隠そうとしている事は分かった。僕は彼をどけて、腐臭漂う地面の方を見てしまった。
一瞬――
それは積み上げられたオークか家畜の豚のように思えた。
正体がわからずに、目が離せなくなって、僕はじっくりと見てしまった。
そしてそれらが一体なんであるかを、理解してしまった。
どくんどくんと、心臓は悲鳴を上げるような、鼓動を打ち。
はっはっはっと、口からは自然と浅い息が漏れ出て繰り返される。
腐臭の漂うその先には、全身の肌の色を太陽へ晒し、腐臭を漂わせ、埋葬なんてされることもなく、積み上げられた、裸の死体の山があったのだ。
腐臭と、様々な大きさの人だったモノ、臀部や胸部を隠されることなく露出させられ、ただ捨てられている人達。
顔を空に向けて腐っている中の人達に、牢屋の中に居たような若く美しかったであろう人は居なかった。積み上げられた肌色の死体の山、その中にいるのは男性や中年の男女、そして顔に深くシワを刻み込んだ老人たちで形成されていた。
どくんどくんと心臓が鼓動を打つ。
ぐるぐると目が回る。
ぐちゃぐちゃと脳みそをかき回されている感覚と共に、僕はあの日の事を思い出した。
聖女様が埋められた日のことだ――
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