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彼は聖女を愛している ~ 追放された貴族の子 ~   作者: ピテクス
第1章 -交易都市ハンデル-
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15 ジェリーとトーズ



 僕はドカリと伸びているトーズと呼ばれていたムカつく男の上に座ると、粉塵が晴れてゆく中で、事の発端である赤毛女の子を睨み付けた。


「ジェリー……だったな、僕のお金を帰してもらおう」

「トーズは、とーず、は、しんじゃったのかい?」

「そうだ」


 しどろもどろになりながら言ったジェリーに、僕は口角を少し吊り上げて言った。

 僕だって怒っているんだ、少しくらいの意地悪したかった。


 僕が言ったことは嘘だ、トーズは死んでなんかいない。奴が息をすることで少し身体が動いてくれるおかげで、僕の椅子の役目すら果たせていない。


 ジェリーの目からはぼろりと、大粒の水滴が落ちた。

 ぼとぼとと目から水を流しながら、顔をくしゃりと歪め、ペタリとその場に座り込み泣き出したジェリーを見て僕はぎょっとした。


「うわぁあんトーズが、トーズがぁあ」


 言い訳をするなら、ちょっとした嫌がらせのつもりだったのだ。自分の行動を反省してほしかったのだ。泣かせる気なんてなかった。

 泣き出した女の子を前にして、罪悪感が襲ってきた。悪いのは向こうなのに、なんだか僕が凄く悪いことをしてしまったような気がして、僕はアワアワとしながら、椅子にしていたトーズから退くと起こすようにペチペチと頬を叩いた。


「うそうそ! ほら生きてるよ生きてる! 早く起きて、起きろって!!」


 トーズが「う、う」と目覚めが悪そうにうめいた声に、ジェリーは生きていると安心したのか、泣き止んだ。

 周囲からざわめきが聞こえだした。派手に暴れていたのだ、気づいた街の人たちが集まってきたのだろうと、トーズの身体をゆすりつつ、ざわめきの方向を見た瞬間、僕はヒュっと息を吸い込み、トーズの襟元を掴んでいた手を離して地面に落としてしまった。


「ぐえっ」

 とカエルがつぶれるみたいな声がしたけど気にはならなかった。

 それ以上に目を引くモノが来てしまったからだ――


 目を向けた方向からは、歩きたてのような子供たちがゆっくりとやってきていた。

 大人のひざ程の背丈をした、腕と足だけガリガリに痩せ細り浮き出たアバラの下からは、まるで妊婦のようにぽっこりと お腹が飛び出した子供たちが、ぞろぞろと物陰から歩みだしてきていた。

 子供たちはぎょろりと、眼球が浮き出ている目を向けて、一斉に僕を見た。


「いじめるな、ジェリーとトーズをいじめるな、いじめるな」

「いじめるないじめるな」

「ジェリーねえちゃんを泣かせたな、わるいやつだ わるいやつだ」


 まるで合唱のように、何度も何度も繰り返す。薄暗い路地の奥からぎょろりと眼を向いた子供たちがゆっくりと近づいてくるその光景に、僕は少し後ずさりをした。正直言って、すごく怖かったのだ。

 子供たちはまるでジェリーを囲むようにして周りに立つ、こちらに集団で近づいて来ようとした子供たちを、ジェリーは手で静止すると、僕に奪ったお金が詰まった皮袋を差し出した。


「これは返すよ、ごめんよ、ゆるしてくれ」

「……なんで奪ってまで金が欲しかったんだ?」

「動けない子がいるんだ、その子を、教会で治してもらいたくて、でもなんとかするさ」

「あの、君の、後ろに居る子たちは?」

「え?こいつらは大丈夫さ。昨日はご飯も食べれたし、腹も膨れてるし元気だろ?」


 僕には妊婦のように腹が膨らんでいたとしても、足や腕がやせ細っていたその子たちが、元気そうには決して見えなかった。


 いつだったか、聖女様から、聞いたことがあった。

 聖女様の居た世界でも貧困な国には飢餓があり、あまりにも栄養が足りない中で過ごしている子供のお腹は、ぽっこりと膨れ上がってしまう。

 それは決して健康的に太っていることではなく、ガスが腹にたまり膨れているだけで、ひどい栄養失調のしるしであると……


 有名な絵があると聖女様は言っていた。ハゲワシがお腹だけが膨らんだやせ細った小さな女の子をじっと見つめている様子を写したもので、その一枚の絵は世界に衝撃を与え、当時の聖女様も心を動かされたと。

 そして僕はそれを聞かされていたから、知っていたからこそ青ざめた。そして聖女様がこんこんと僕にたくさんの知識を与えようとしてきたことの意味を、初めて本当の意味で知った。


「……いい、そのお金は、君にわけるよ……」

「同情かい? そんなことしてもらう筋合いはないよ」


 今の状況が分かっていない赤毛の女の子を見て、なんだか指先が冷たくなってゆく。


「僕があげると言っているのに喜んで貰おうとしない、お願いすることすらしない……

 病気の子が居るからと、人から盗むことはできるけど、頭を下げて頼むことは出来ない……なるほど」


 寝転がっていまだに起きないトーズを軽く蹴りつけた。


「起きなよ」

「なん…だよ……くそ、魔法なんて卑怯だぞ」


 覚醒したトーズは蹴られた腹を押さえながら起き上がり、その場に座った。


「うるさい。魔法なら君も使ってたろ?

 ねぇ、僕は君たちにお願されれば、盗られたお金をあげようと思っている。どうする?」

「同情なんていらねぇ! ×××(ピ――)野郎!」

「本気で言ってるの? 僕が凄く悪い人だったらどうするの? 短気な人で君の言葉に怒って、君の大切な人に酷い事をしたら?」

「やめろ!!」


 青ざめて声を荒げたトーズに僕は続ける


「そうだね、やめて欲しいよね。

 僕は悪い人じゃないから、あの子に切りつけられたことも、君に蹴り飛ばされたことも、骨がちょーっと折れたことも、君が謝れば許すよ」


「ご、めん……」


 プライドを切り捨てて、大切な人たちのために頭を下げたトーズに、僕はもう先ほどまで彼に感じていたムカムカしていた気持ちは消えてしまった。


「許すよ。ねぇジェリーだっけ? 動けない子ってのを見せて」

「なっ何するつもりだい!?」

「見てみなきゃ分からないけど、治せるなら治すよ」

「え……いったい、なんのつもりで」


 呆けているジェリーを見て、僕はにっこりと微笑みを向けた。聖女様には困っている人には優しくすべきだと言われていた。聖女様は僕が食べ物や野花を持ってゆく度に「優しい子」だと褒めてくれていた。


「僕は優しいんだ」


 微笑んだ僕を、ぽかんとした表情でジェリーとトーズは見ていた。


「……気絶してる俺を蹴って起こすような奴は、優しくないと思う」

「倒れてるトーズを椅子にするような奴は、優しくないと思う……」


僕は聞こえないフリをした。


お読み頂きありがとうございます。

なろうという大海原から1匹の魚のような作品を発見してもらって感謝しかないです^^

いつも読んでくれてサンキュー

次回:ミルク一杯の命

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