00 僕は聖女を愛している
古くなった木張りの床に、薄っぺらいタオルのような絨毯、座れば軋むベッドはもう何年取り替えられていないかも分からない。唯一の小窓がある壁際に置かれた机には、この部屋と似つかわしくない高級品である本と紙が、山積みにされていた。
その部屋の主は、質素な茶飲みテーブルの上に置かれている、小さな花瓶に差された野花を愛でていた。
僕がじっと見ていることに気づいたのか、部屋の主は僕を見て微笑むと、紅茶を勧めてくる。
部屋の中にある上等なものはきっと、彼女が仕事で使う本や紙と、僕が差し上げた茶葉と花瓶くらいのものだろう。茶器でさえ市井で売ってそうな質素なものだ。
我家の敷地内にある、離れの小さな小さな小屋、質素なものばかりの部屋。
父や母も兄や姉ですら、嫌がり近づこうとしないその場所を、僕はひどく気に入っていたし、この部屋の主のことを愛していた。
見上げれば微笑みかけてくれるのが好きだった。
川のせせらぎのように揺らめく髪が好きだった。
僕をまっすぐ見つめる綺麗な瞳が好きだった。
安らぎを感じさせるような表情が好きだった。
澄みきったような優しい声が好きだった。
彼女の世界のことを聞くのが好きだった。
勉強にしても、兄と比較して出来ないことを怒鳴りつけてくる家庭教師たちと違い、疑問を投げれば何でも答えてくれた。
彼女が教えてくれることを覚えれば、彼女が喜んでくれるのが嬉しくてたまらなくて、僕は綿が水を吸うように覚えていった。
その場所は家の中で邪険にされていた僕の、唯一の安らぎの場所であった。
木漏れ日の中、聴く彼女の話が好きでたまらなかった。彼女の微笑や仕草、紡ぎたての絹糸のような波打つ髪、すべてを愛していた。
いくら彼女に会いに行くのを止められても会いに行った。次第に兄弟も両親も使用人たちですら、何も言わなくなった。
それを僕は見放されたと思うこともなく、よりいっそう彼女と過ごす時間が増えると喜んでいた。
僕の住んでいる国は大昔、"ゆうしゃさま"によって造られた神の寵愛を受けた国らしい。父に教えられた。
僕の家は代々、召還を担う、"ゆいしょただしき"家らしい。母に教えられた。
僕の国に招かれた召喚者は国に"はんえい"をもたらし悪を打ち払う天の使い。家庭教師に教えられた。
何十年かに一度、召喚される異世界からの勇者または聖女という存在が、この国にはいる。
彼女は、聖女であった。
僕の家の敷地内の隅の隅、隠されるように置かれている、小さな小さな小屋には
この国の聖女が住んでいる――
これはきっと彼女のような聖女を、二度とこの世界に生み出させないための物語だ。