第八話 「ただのスライム」
本日また投稿します。
数字は見やすさの理由などなら統一しないようにします。また、各話の初めにレヴィがダンジョンを作ってから何日目というのを記入することにしました。作中での日付が変わるたびに書きます。
ダンジョン生成から十三日目。
所有者レヴィアストル・クラディールの始まりのダンジョンの管理室兼居住区にて。
二つあるその部屋の物置でない方の名前を仮に多目的室と呼ぼうーー
相変わらず薄暗い多目的室では、椅子に座ったレヴィとその隣に立つリアが一心に壁のパネルを見つめていた。
ダンジョン管理用のパネルに映るのは、ダンジョン内部の様子。そして、そのダンジョン内部では一人の若い冒険者が歩いている。
昨日レヴィがスライムと主従契約を結んでダンジョンに配置してから初めての冒険者だ。自分が置いた魔物と冒険者が戦う様子を想像すると、なんとなく気分が高揚するレヴィ。先程冒険者がダンジョンに入ってきた時数日前より何倍ものお金を入手できたのもそれを助長する原因となっている。
お金の関係でまだ一度も強化できていないレヴィのダンジョンであったが、スライムを配置してからダンジョン評価値が一気に5000近くも跳ね上がり、入場料も同じく最初と比べ物ではならないくらいになった。
スライム一体でそこまでダンジョン評価値が上がることに無知なレヴィは気付いていないーー
パネルの冒険者がこのダンジョン唯一の部屋の扉をしばらくまさぐり、いよいよ開けた。心なしかその顔には喜色が浮かんでいるようにも見える。
因みにこのパネルはダンジョンの管理だけでなく、今レヴィがしているようにダンジョン内部をリアルタイムで見ることができる。映す場所は自分でいじくる他に、指定した人物や魔物を自動で追いかけてくれる機能もある。
小部屋に入った冒険者はその部屋にいたスライムを視認して、それから落ち込んだ様子で剣を抜いた。
「……リア、なぜこの冒険者は溜息をついたのだ?」
それは魔物がスライムだからです。
スライムといえば弱い、初心者向けの代名詞。
普通であれば少し鍛えた子供でも勝てるほどである。種族能力は恐ろしいものの、よっぽどでない限り発動することは不可能。そんなスライムはやはり始まりのダンジョンの一層によく配置されているのだが、この冒険者が落胆したのもそんな理由からである。
ダンジョン評価値5000の始まりのダンジョン。
スライムを見たことで期待を裏切られたつもりなのだろう。
「スライムはとても弱いことで知られています」
「そ、それじゃあすぐ倒されてしまうのか?」
初めての魔物に期待していたのはレヴィも同じだ。リアの言葉を聞いて軽く絶望したような表情になる。
「はい、普通であれば、ですが」
「それはどういう……?」
「見てれいれば分かりますよ、坊っちゃまーー」
どろどろの青い粘液に無造作に近づいていく冒険者。彼の剣が部屋の松明の光に鈍く輝く。
部屋の中央に存在するスライムは冒険者に対してなんの反応も見せない。いっそ気付いているのかを疑ってしまうくらい。
冒険者は剣が届く距離まで来ると、やる気のないように剣を振り上げ、振り下ろそうとしーー
ーードバァアァアアア!
「うわぁっ!?」
小さなスライムから放たれた大量の液体に呆気なく絡みとられ、壁に押し付けられる。幾つもの触手が冒険者の腕、足、首に巻き付き、圧倒的な筋力差で離さない。
「な、なんだっ!?」
慌てる冒険者。かきん、と剣がその手から零れ落ちる。
目の前の液体は見慣れたスライムのはず。スライムにこんな能力は無かった。ならばスライムではない?
冒険者は頭をフルに回転させてこの謎の現象を暴こうとするも、一向に答えは見つからない。
そして当のスライムというとーー
「よう、兄弟。……ああ、言いたいことは分かるぞ」
「なっーー」
抵抗を試みる冒険者だったが、唐突に聞こえてきた声に動きを止めた。この部屋に自分とスライム以外の存在はいない。それは、自分が鍛え上げてきた〈気配察知〉が証明している。即ち、
「なんでスライムが喋る、だろ? 後はこの力はなんだとか、お前はスライムなのかとか」
冒険者の中の常識ががらがらと崩れ落ちていく。
シルバーランクの冒険者である自分を完封するほどの力、人間種との会話能力、荒っぽい言葉の端々に感じる理性。
(なんなんだ、この魔物は……!)
と、冒険者はそこで思い出す。スライムの種族能力を。再度体を動かそうとするも、しかしぴくりとも動かず。
「ん? ああ、お前程度の、それに男なんかの装備を溶かしたりなんかはしないぞ。だって|そんなことより楽な方法があるしな」
触手に伝わってきた抵抗に、スライムはしれっとカミングアウト。
冒険者はそう言われて、目線だけ動かして自分の体を見ると、スライムの言葉の通り装備が溶けていないことに気付いた。
「お、お前は一体……? こんな強いスライムは見たことがない……」
「楽な方法」、という部分には触れず冒険者は問う。
スライムはやっと動きを見せーー冷や汗をだらだら垂らす冒険者ににじり寄る。その液体状の体の頂点から太い触手を生やしながら。
「だから言ったろ? ーー俺はただのスライムだって」
冒険者が聞いた声はそれが最後だった。
なぜなら、スライムがその言葉と同時に長さ1メートル程にもなった触手を冒険者の頭に叩きつけ、頭を完全に塞ぎきったからだ。
いきなりのことで冒険者は叫ぶこともできずスライムが与える恐怖を傍受する。
スライムの触手は冒険者の口、鼻、耳、目ーー顔の穴全てから体内に侵入し、もの凄いスピードで彼の体を青い粘液で満たす。
ものの数秒で冒険者の体は隅から隅までスライムの液体で埋め尽くされた。当たり前だが呼吸などできず、冒険者が味わっている苦しみは到底測り知れない。
「まあ、さよならだ」
スライムが冒険者の手足の拘束を解くと、彼の体は先程の剣と同じように地面に落ちた。ぴくぴくと僅かに震えているのが生々しい。
スライムは触手を全てその小さな体に戻し、何事も無かったかのようにまた冒険者が来る前と同じ位置に這いずっていったーー
「……なぁ、リア」
「はい」
「あんなのがそこら中にいるなら、それを倒す人間種とはどれくらい強いのだ……」
あまりに衝撃的な光景に、レヴィは呆然とした口調で呟くことしかできなかった。