第三話 「先代魔王は守りたい」
その昔、とあるところに魔王のチカラを授かったとある貴族の息子が居ました。それは当時の勇者が歴代最高レベルで強く、魔王城は攻略され魔王も倒されてしまったからです。魔王も相打ちという形で勇者を倒しましたが。
歴史上でもあるかないかの勇者と魔王の同時誕生。しかし、人間種と魔族、どちらもが緊張する中成長した新魔王は異質の存在だったのです。
[争いを好まない]
魔王という肩書き無しに、自分が親から引き継いだ領地を安全かつ素晴らしく統治し、農業や技術を発展させ、数百年ぶりの繁栄を魔族にもたらしました。
勿論人間種への侵略を多く訴えに来る魔族もいましたが、新魔王は全て却下、それでも諦めないものも魔王のチカラ無しには戦ができないと矛を収めるしかありませんでした。
新勇者は戦うことを知らず、また戦いたくなかったため自分から魔族に仕掛けることはせず、人間種にも安寧が訪れたのです。
新魔王が誕生してからはや数十年。ある日、自分の領地を友人の竜種と歩いていた新魔王は衝撃的な出逢いを果たします。それは、人間種の赤ん坊でした。布にくるまって地面の上に安らかに眠る小さな小さな赤ん坊。
捨て子だったのでしょう。魔族の土地に捨てる、というのもよく理解できませんが……。
新魔王は友人の制止を無視して赤ん坊を抱き上げ、その生命に触れてしまったのです。
その頃には新魔王は魔族全体を治めるに至っていたため、その影響力は計り知れません。秘密裏にその赤ん坊を育てることに決めた新魔王は、一層魔族の統治に力を入れるようになります。
やがて赤ん坊は美しい娘へと成長しました。人間種でありながらも魔族の王の愛情を一身に受け、魔族の土地の幻想的な景色な胸を打ち、攻撃されるはずの魔物と絆を深め。それこそ人間種よりも人間種らしくなった純粋な娘です。
魔王はまだ若くーー人間の年でいえば二十すぎでしょうかーー自分と同じくらいに成長したその娘と恋に落ちてしまいました。というより、より親密な家族といったところです。
夫婦のようにお互いを助け合い、共に暮らす。
時が経ったことで特に親しい家臣と打ち解けあい、魔王の館の中では自由に歩きまわれるようになった娘は実質的に魔王の妻となりました。
しかし月日と種族の差は非情です。全く老いない魔王と、徐々に年を重ねていく娘。娘の方は「そういうもの」と割り切っていましたが、魔王は受け入れられませんでした。それでも延命などの手段を使おうとはせずに心を忍ばせていた魔王ですが、ある日とある赤ん坊に出会い、思い出したのです。
[子供]という命を繋ぐ結晶を。
ただ、人間種と魔族の混血児など、どちら側にしても迫害される対象になるのは目に見えていました。たとえ、それがかつてない人気である魔王の息子であっても。
妻となった娘と共に出した答え。それは、人間種との戦争を封印し、人間種と魔族が共存できる世界にするというものでした。
もちろん普通では到底成し得ることなどできません。しかしその魔王は人間種と一切の戦をしたことがありませんでした。なので、何回、何十回、何百回と交渉をすればきっと人間種も受け入れてくれる、という考えのもと永きに渡る人間種の土地の暮らしを始めたのです。
魔王は妻を魔法により凍結、管理を自分が生まれ育った屋敷の者に任せ、当時の人間種領の端に小屋を建てました。そこで毎日延々と魔法の実験をし、昼になると人間種の大国ーーの前身ですーーの政府まで交渉へ行くという、誰からも肯定されない苦悩の日々でした。
魔法実験は失敗の連続、交渉など最初は門前払い、時には攻撃、時には指名手配までされます。
それでも諦めなかったのは自らの妻のため、そして将来産まれるであろう我が子のためでした。
魔王が研究と交渉を続けること数十年、遂に二つの魔法が完成しました。それは、子供が平和に暮らせるための希望といってもよい魔法でしたーー
魔王はその魔法と己の命を対価とし、最後の人間種との交渉に臨み……
見事承諾を得たのです。
魔王は満面の笑みで、蘇生させた妻と再会し生命の魔法で二人の子供のもとを創り出し、死にました。
魔王が開発した魔法の一つ目は、魔王城の仕組みを改良した「ダンジョン」をつくるための結晶を生み出す力ある文言が書き込まれた結晶を精製するものです。
その結晶はオリジンクリスタルと呼ばれ、込める魔力量に応じてダンジョンクリスタルを生み出すことができます。
二つ目の魔法は[魔王のチカラ]の大半をマナ(魔法を使用する際に必要なエネルギー)に変換し、残ったチカラを指定した人物に受け渡すものでした。
この魔法は新たな魔王が誕生することがない代わりに自分の命を使用しなければならないのですが、魔王は喜んで魔法を唱えました。一つ目の魔法は魔王のチカラの殆どを使わなければいけない程のエネルギーを必要としましたから。
子供はある程度成長したら母親と同じように凍結され、とある人物が大切に、大切に親代りになりました。
「さあ坊っちゃま、ここが目的地ですよ」
今までずっとお姫様だっこでいたレヴィは、草の上に立って振り返り、真っ直ぐリアを見つめた。
「父上は、余を捨てたのではなかったのだな……」
「……先代は笑顔で言っていました」
ーーきっと平和な世界は来る。魔族や人間種だなんて関係ない、そんな世界が。
僕の息子は、レヴィアストルは絶対に成功するはず。君には僕とあの子の代わりにそれを見届けて欲しい。そして、僕とあの子はいつも傍に居る、と伝えてくれ。心の底から愛しているともーー
優しく吹いた春の風が、リアの言葉を遥かなる蒼天へと運んでいった。