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第十二話 「とある冒険者は喫茶店が初めて」





ダンジョン生成から三十日目








ーーイルキシュア王国、王都リンデラにてーー






「はむっ……。ごくん。……ここのサンドウィッチは美味しいね。幾らでも食べられそうだよ」


そう言って二つ目のサンドウィッチの残りを口に放り込んだルージュ。窓から差し込むソルの光が銀髪を煌めかせてとても綺麗だ。


「なんだいノルディス、そんな見つめて。まさかこんな朝っぱらからーー」


「そんなんじゃないって。……まぁ、見惚れてたのはホントだけど」


僕とルージュが付き合うことになった酒場での一件を彷彿させる流し目を寄越すルージュに、朝っぱらからなのはルージュだろうとか思いつつカウンターを仕掛ける。


「……最近は私の方がしてやられてる気がするよ」


ルージュは、僕の反撃に顔を少し赤くしてそう言った。確かに前よりルージュのからかいに慣れた気がしなくもない。



ここは、僕達が使っている宿屋の近くにあるお店ーー街の人は喫茶店と呼んでいる。朝食くらい宿屋で食べればいいと思うんだけど、ルージュが噂で聞きつけたらしくどうしてもということで来てみたのだ。


喫茶店はお茶を飲んだり、軽い食事ができるお店で、周りの人たちを見れば談笑をしながらゆっくりと料理を食べている。客が手に持っているのは、ルージュの皿に積み重なっている「サンドウィッチ」なるものや、幾つも凹凸がついた平たいパンーー「ワッフル」というらしいーーであったりと、初めて見るものばかりだ。


僕とルージュが注文したのはサンドウィッチ。

ふわふわな白い薄めのパンの間にレタス、チーズ、トマト、切り落としの肉が挟まっている。

どれもみずみずしい新鮮な具材らしく、噛むとシャキッと音を立てて口の中に爽やかな風味をもたらしてくれる。


実際ルージュの言う通り何個でも食べられそうな美味しさだ。



「まあ、やっと本音を言えるようになったから、かな」


サンドウィッチにかぶりつく。うん、やっぱり美味しい。


「……私はずっと待ってたのに」


「ん、なにか言った?」


「なんでもないよ……」


なんだろう、ルージュが何か言ったと思ったらぶすっとしてる……。


「それより、この間ノルディスが悩んでいたのは結局なんだったんだい?」


サンドウィッチを更に二つ頼んだルージュが、思い出したように聞いてきた。そういえば、僕もいろいろと慌ただしくてすっかり忘れてしまっていた。


「ああ、そうそう! 南の方にあるダンジョンにとんでもないスライムがいたって話なんだけど……」


僕はあの日あったことを、そのダンジョンに決めた経緯からかいつまんで話した。[始まりのダンジョン]というところでルージュの顔が少し。


「そ、それは本当にスライムなのかい……? 別にノルディスを疑ってるわけじゃないんだけど、少し信じがたい強さだね……」


「うん、やけにスライムだってことを強調してたし、多分スライムだと思う。でも見てみないと分かんないよね……」


思考の沈黙が訪れる。もう一度考えてみても、やはりあのスライムは異常だし、何よりあれが普通だったのならーー


「そのスライムがただのスライムならかなり危ないかもしれないね」


そう、全くその通り。仮にあの強さのスライムが何体もいるとすると、今後のダンジョンバランスが崩れる可能性が生まれ、ひいては野生に存在しているなら大量の死人が出てしまうかもしれない。


「それで僕が悩んでたのは、もう一度行って調査しないかってことなんだ。ダンジョン内なら何回死んでも大丈夫だし」


魔物にも僕達にも死の危険が無いダンジョンなら時間さえかければ素人でも何かしらの情報は得ることができる。件のスライムは喋ることもできたし、死ぬ時の苦痛以外は何も問題は無いだろう。


「それなら私もついていっていいかな? いや、ついていくよ」


「うん、それをお願いしたかったんだ」


当たり前だけど愛する女性が苦しむのはなるべくなら控えたい。けれど、ルージュは冒険者だ。特別扱いされることを嫌うだろうし、何より僕達の出会いは冒険者であることなのだから、冒険者という繋がりを断ってしまうことできない。

男女、子供大人誰であれ平等、それが冒険者。


「いつ行く?」


「うーん、もうしばらくはゆっくりしたいな。折角ノルディスと一つになれたからね」


ルージュの力が抜けた笑顔に思わずドキリとしてしまう。からかいに慣れた分こういう自然体なところを多く見せられるようになって、僕はいつもどきどきしている。


「そ、そうだね……。でもあんまり遅いと変化があるかもしれないから、五日後とかどう?」


「まあ一日で帰ってこれるし、それでいいかな。その前日は装備を整えるついでにお買い物とか行こうじゃないか」


「うんーー」





それから僕達は難しい話を止めて、楽しく笑いながら喫茶店でのひと時を楽しんだ。





「はぁ、美味しかった」


「また来ようじゃないか」


僕達は店を出て宿屋へと向かう。ルージュは念願の喫茶店にご機嫌のようだ。


手を繋いでカラナ通りを歩く。手のひらの熱はとても温かいーー



「ん、なんの看板だろう?」


途中にある広場に、行きは見なかった看板が立っていた。周りには人だかりができている。

こういう看板は政府とかからのお触れなんだけど……。



〈ギュリシュエラ人間種国家から奴隷の獣人が脱走。初めに見つけたものには報酬としてギュリシュエラの大貴族から褒美が与えられる。但し、その獣人は戦闘能力が高いため冒険者以外は決して交戦しないこと〉



「ギュリシュエラって南にある国だよね?」


村出身のためあまり地理に詳しくない僕。


「そうだね。未だ奴隷制度がある野蛮な国だよ……」


珍しく口が悪くなったルージュの顔は、なんだか暗かった。ただ、一瞬目を離すといつも通りの微笑で、僕は気にしないことにし手を引いて歩き出した。







「ブックマークよろしく……」

「ん、ノルディス?」

「わぁっ! お、驚かせないでよ」

「なにをぶつぶつと言っていたんだい?」

「いや、ちょっとルージュの真似をしてみただけだよ」

「……?」

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