第一話 「幼い魔王は頑張りたい」
どうもくゆです。
地球ではないとある異世界ーー
そこでは、遥か太古から勇者率いる人間族と魔王率いる魔族の争いが続いていた。
人間族は自分たちの持つ「数」と「知恵」を駆使し、魔族は「個々の強さ」と人間族にも負けずとも劣らない「悪知恵」を最大限に発揮し。
幾度の勇者と魔王の世代交代が行われ、皆は多くの友を失うこと数千年。遂に百年前、長きに渡る戦争に終止符が打たれることとなったーー
「リア、どうして余のダンジョンには冒険者が来ないのだろう……」
ひんやりした空気の満ちる小さな部屋の中に人影が二つ。
仰々しい赤と黒のマントを羽織った金髪の男の子と、濡れたよう艶やかな長い黒髪を流し、黒のワイシャツとスカートに身を包んで整然と立つ女性。
「始めたばかりなのですから、当然ですよ」
床と壁すらも土でできた部屋の中、唯一の家具と言える椅子ーーこのみすぼらしい部屋に存在することがおかしいくらい豪華ーーにしょぼくれたように座る男の子に、女性は微笑みを持って言葉をかける。
「十一日経って五人なのだぞ? このまま収入がなければ余達は……」
「偉大な魔王の血を引く坊っちゃまなら、きっと先代を超えるダンジョンを創れますーー」
リアと呼ばれた女性は優しく男の子の頭を撫でた。
約百年前のこと。
人間族と魔族は未だ熾烈に争いを続けていた、訳ではなかった。
その数百年前から徐々にお互いの生活圏の棲み分けを行なっていたのである。
その原因となったのは、魔王の世代交代による変化だ。
元々勇者と魔王という存在は、人間族と魔族の中で特別強力なチカラが宿った個体のことである。生まれたその瞬間に化け物に近しいチカラを宿し、人間族であれば魔族、魔族であれば人間族への対抗の先導者となる。
チカラが宿る条件として「性別が雄であること」や、「種族に力の持ち主がいないこと」が挙げられる。つまり、勇者、魔族が死ねばまた新しいその存在が誕生するといった仕組みだ。
勇者、魔王のチカラは誰に宿るか分からない。言い換えれば、誰もがなる可能性があるということーー
そう、人間族と魔族の戦争が鎮火したのもそのためであった。
勇者の世代交代は二十から三十年、魔王は二百年から三百年に一度が普通である。
しかしとある魔王が殺しを好まない性格で、勇者も戦うことをせずに永く生き延び、世界にはしばしの平和が訪れたのだ。
その結果、人間族は戦争が再び行われることを恐れるように、平和を愛するようになる。
民衆からの声に、安定を得始めていた各国の首脳は話し合いをしーー
「坊っちゃま、もう一度ダンジョンについてのおさらいをしてみましょう。まず、ダンジョン自体どういうものなのかは知っていますよね」
「うむ。父上が魔法で編み出した、魔王城のコピーのようなものだろう?」
暗い部屋で、リアが椅子に座る男の子の前に膝をつき向かい合う。
「その通りです。もっと詳しく説明しますと、ダンジョンは、先代が百年かけて秘術によってできるダンジョンクリスタルを使用して生み出すことができます。十日前のあの青い結晶ですよ」
「おお、あれがダンジョンクリスタルなのか!」
「はい。結晶の種類は三つあり、青が小型、赤が中型、紫が大型のダンジョンを生み出すことができ、私達が使用したのはその青結晶ですね」
「ふむふむ」
熱心に頷く子供に、リアは目を細めて手ほどきを続ける。
「ではダンジョンの管理者が出来ることを三つ言ってみてください」
「うーむ……。魔物や罠、宝箱の配置に、冒険者から利用料金を貰えることは分かるが、あともう一つが思い出せん」
「二つとも正解です。最後はダンジョンの強化、編成ですけど、思い出せました?」
「ああ、そうだったな。だけど具体的にどんなことができるんだ?」
男の子が難しそうな顔をして首を傾げた。その可愛らしい様子は、豪華な椅子と衣装とのギャップを感じさせる。
「順番に行きましょうか。
まず、一つ目の【編成】についてです。【編成】では、主従関係ーーその構築方法は様々ですーーを結んだ魔物、作成または購入した罠、それと宝箱を[ダンジョン中のどこに設置するか]を決めることができます。ここで重要なのは、魔物と罠は[倒されるか破壊されてても一定時間で復活すること]。一度主従関係を結んだ魔物はダンジョンに設置されると、ダンジョンの中だけに限り不滅の存在になるのです。罠も同じく、管理者が設置することにより何度でも使えるようになります。宝箱だけは違いますけど......。
次に【収入】についてですーーって坊っちゃま、寝ちゃダメですよ!」
リアの話を聞いているうちに船を漕ぎ始めた男の子に、リアはパンパンと手を鳴らす。その音に男の子は顔を上げて、
「ね、寝てないぞ。だいじょう……ふわぁ……」
弁明すると思いきや大欠伸をかました。
「もう、坊っちゃま……。ちょっとこっちに来てください」
スカートについた土の汚れを払って立ち上がったリアはそのまま壁際まで歩いていき、男の子に手招きして自分は壁を背にして腰を下ろす。下が地面であることは全く気にしていない。
「ん……?」
男の子は誘われるがままにリアの方へ向かった。
「はい、ここに座ってください」
リアは足を伸ばし、太ももあたりをぽんぽんと叩く。それが意味するのはつまりーー
「り、リア、余はもう子供じゃないぞ!」
「いえ、話の途中で寝てしまう坊っちゃまはまだ子供です。それに久し振りの二人きりじゃないですか。また昔みたいに坊っちゃまを抱っこさせてください」
「……話の間だけだぞ?」
渋々とゆっくりリアの太腿に座った男の子。いくら女性とはいえ、大人であるリアは男の子をあっさり乗せてしまう。
少しの間お尻を動かして位置を調整した男の子を、リアは男の子の肩から腕を回して抱きしめる。
「なっ……!?」
「すいません、でもちょっとだけ……」
リアの大きくも小さくもない胸が男の子との間で潰れ、その感触に身を強張らせた男の子は思わず固まってしまう。
(な、む、む、胸がーーーー!!)
年にして九歳。僅かだが女を意識し始める年齢なのだろう。男の子が身動きを取れないまま数十秒後、リアはゆっくりと力を抜いた。
「こほん。話を戻しましょうか」
そして何事もなかったことのようにレクチャーを再開する。
「あ、ああ……」
ただ、男の子はまだドキドキが治らないようだが。
「今度は寝ないでくださいね?
ーー【収入】は、ダンジョンに入ってきた冒険者から利用料を自動で貰うことができる機能です。殆どのダンジョンはこれにより成り立っているといっても過言ではありません。
利用料はダンジョンの様子により自動で決まります。例えば、魔物の強さや数、それに広さなどですね。また、算出された利用料から一割の値上げ、それから好きなだけの値下げも可能です。これは管理者の好きなように[ダンジョンの利用者の質]を絞ってたり広めたり出来るようにという狙いがあります。
利用料はダンジョンの入り口の看板に自動で表示され、利用者がダンジョンに入った瞬間管理者の手元に入ってきます。ちなみに管理者はダンジョンの情報やお金を全て管理部屋のパネルで操作、閲覧することができます。この部屋でいうとあれですね」
そう言ってリアが指差した先には、この明かりのない部屋をぼんやりと照らす小さなパネルが壁に埋まっていた。
「パネルについてはまた今度お話ししましょう。
さて最後の機能【編集】は、お金や素材を消費してダンジョンを強化することができる機能です。強化といっても本当に様々です。代表的なものは、階層を増やすこと、壁や地面の材質強化、ダンジョン内での支援効果と弱体化効果、地形変化などなど……。他にもあるのですが、それはやっていく中で覚えていきましょう。
とまあ、管理者、つまり坊っちゃまはこの三つの機能を使えるわけです。ここまでは大丈夫ですか?」
「うむ! それで、どうすれば冒険者が増えるのだ?」
頭を撫でられながら男の子はその先、つまり先ほど落ち込んでいた原因の解決方法をねだる。
「それは坊っちゃまが考えなきゃいけません。今おさらいしたことを使えば、坊っちゃまならきっと分かるはずですよ」
「むむぅ……」
男の子が顎に手をあてて考え込む。その目には数分前の眠気など無く、真剣に命題に取り組もうとする鋭い輝きがあった。
(こんなに大きくなって……。坊っちゃま、リアは幸せです)
リアは、赤ん坊の頃から数年間自分の子同然であった男の子の成長した姿を見て、心の底からの笑顔を浮かべる。その目尻に小さな涙の雫が溜まっていることは、誰も知ることができないーー
約一分後、男の子が目を見開いて、勢いよく振り向く。
「リア、分かったぞ! 冒険者達は目的があってダンジョンに来るから、その[目的である魔物や宝箱を設置して呼び込めばいい]のだな!?」
慌てて目を擦ったリアは、どうだ、と言わんばかりの表情の男の子に対し満面の笑みで返す。
「よく出来ましたね、坊っちゃま。今私達のダンジョンに全くと言っていいほど人が来ないのは、魔物の一体もいないからだと分かりましたか?」
「うむ! リアのおかげだ!」
「いえ、私はあくまでお手伝いをしただけですよ」
「リアはこれからも余のことを助けてくれるか?」
「勿論です、坊っちゃま」
「ありがとう」、と言った男の子の顔はどこか大人びていて、それがリアに守らなければという義務感をもたらす。
「ふわぁ……。余はもう寝たい……」
男の子は子供らしいあくびを一つ。話が終わったことで張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、男の子にどっと睡魔が襲いかかった。
「今日はこのまま寝ていいですよ。椅子は寝るのに適してませんから」
「うむ……」
リアに肩から腕を回されるも、それが眠たい今は温もりとなったのか男の子は逆にその手を握って瞼を閉じる。
すぐに小さな部屋にはすーすーという寝息が立つようになった。リアは自分の手に触れる命の熱を感じながら、僅かなパネルの光に煌めく玉座に目をやる。
(先代、坊っちゃまはすくすくと育っていますよ……)
リアは今は亡きかつての魔王の姿を思い浮かべ、しみじみと感傷に浸る。
玉座の肘掛に刻まれた「125代目魔王カスタロフ・クラディール」、パネルの片隅に浮かぶ「始まりのダンジョン 管理者:レヴィアストル・クラディール」という文字が暗い室内に妖しい輝きを放っていたーー