093 呪いの萌芽
あらすじ:
生ロケットパンチがお相撲さんにインパクトで負ける。
あと元号が変わった。
スモウ。
それはドヒョーと呼ばれるサークルの中で互いの肉体をぶつけあって闘うことで白の神ガルディチャリオーネへの奉納を行うヤワト族に伝わる神事のひとつであった。
ヤワトの国が失われて久しいが、その神事は口伝として受け継がれ、この聖王国にまで流れついていた。それに目をつけたのがナウラ・バスタルトである。
彼女は四大司祭のひとりとして次代の教皇を目指しており、それを成すために己が肉体で神威を体現せねばならなかった。だからナウラが失われつつあったその古式の神事を受け継ごうとしたとしても何ら不思議ではなかった。ただナウラがスモウを取るには致命的な欠陥が存在していた。
それは体重である。
スモウトリがその体型を維持するための秘匿技術チャンコはすでに失伝しており、彼女は独自に己の身を鍛え続けるしかなかったのだが、なぜか体重は増えなかった。
規則正しい生活、適度な運動、食事においても適切な量しか食べぬ彼女の鍛錬はその身を引き締めるばかりで体重を増やすには至らなかったのである。
けれども今日この日、彼女はひとつの転機を得た。
デミディーヴァが本性を現したにもかかわらず、完全に乗っ取られたナウラの意識は残されていた。それは自らの手によって仲間の命を奪うという光景を見せつけ、ナウラの心を折るためであった。彼女の中にある希望を殺し、肉体のみならず心をも乗っ取ろうとしていたのだ。
そして聖騎士団や司祭たちが倒れ、教皇の最後の一手も耐えられた。もう駄目だとナウラは思った。これで世界は終わりなのだと。
けれども、奇跡は起こった。
神託者が与えた神の薬草。それがナウラの中を駆け巡り、彼女の身体の内より神の力が溢れ出てきたのだ。それはナウラの中にいたデミディーヴァ『クライマー』の存在を弾き出すほどの、否、破壊するほどの強烈な光の奔流。故に彼女はその場でシコを踏み、振(神)動によって、影に潜んでいたデミディーヴァの神核石をも打ち砕いた。
「どすこい!」
裂帛の気合を込めた声が教皇の間を木霊する。
神の薬草によって得られた神力はナウラの肉体を豊穣なる大地母神の如きものへと変え、彼女の中で培われてきたスモウの技と合致するに至る。それはナウラ・バスタルトの復活、ヨコヅナの誕生、デミディーヴァ『クライマー』との決着がついた瞬間だった。
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「終わった……のか?」
神の薬草を食ったナウラさんがデミディーヴァの黒いオーラを吹き飛ばした。同時にメチャデブったみたいだが、リリムのときとは違う品のあるデブり方をしている気がする。育ちの違いが出ているのだろうか? なんだろう。今までの神の薬草の効果とはちょっと違うような……
「デミディーヴァを浄化したみたいだね。さすがはナウラ様だ」
マキシムが近付いてきた。どうやら死慈郎たちはデミディーヴァを倒したのと同時に消滅したみたいだな。アレも続けて倒さないといけなかったらどうしようかと思ったんだが。
「さっきは助かったぜマキシム」
「ふふ、礼を言うのは僕の方さ。君がデミディーヴァを倒さなければ全てが終わっていた。僕にできたのはただ少しばかりの手助けだ」
そうは言うけどな。マキシムも今は自分の身体を引きずってる。
見た感じ斬られた跡はないけど、何かしらのダメージは受けたみたいだな。何しろ自分も戦っている最中に俺の援護をしたんだ。その隙を狙われてやられたんだろう。
「つってもそっちもちょっとフラついてるぞ。無事だったのは良かったが、あまり無茶はしないでくれよ」
「善処しよう。それにしても」
そんな俺の視線をそらすようにマキシムがとある方へと目を向けた。そこにいるのはまん丸くなったナウラさんだ。
「ナウラ様はすごいね。僕のときとは違う。その身に神の力を留めているようだ」
「ん、どういうことだ? お前だって、使いこなしていただろ」
マキシムの場合は体型も変わっていなかったし、そう考えればナウラさんよりもマキシムの方がすごいんじゃないのか? まあ、確かにナウラさんはリリムのときと違って落ち着いてる感じはするけどさ。
「僕の場合はゴッドレアの剛力の腕輪を持っていたが故に神力の扱いに慣れていただけだよ。それでも僕は耐えきれずに神力を吐き出してしまった。けれどもナウラ様の内にある神の力は安定している。あれはもう彼女自身の制御下にあるよ。多分だけど、僕たちが使ったときのように時間制限で動けなくなることもないんじゃないかな」
なるほど?
神の力を宿して安定もしている。それって神竜のアルゴがそんなだったような。というともしかしてナウラさん、まさかあのまま変わらないってことは……
「まあ、ナウラ様の状態も気になるけどそちらはあとで本人に聞くとしてだ。まだ戦いが終わったわけじゃないよタカシ」
「ああ、分かってる。元々はあっちが本命だったんだしな」
窓の外、聖門の神殿が黒い煙をあげてる。
あの神殿から行けるガチャの神様の神域、霊峰サンティアをどうにかできたからあいつらはここに来たって言ってたよな。だったらリリムは? チンドラは? さっさと助けにいきたいところではあるんだが……
「けど、今の戦力でやれんのか?」
「そこも含めて教皇様に相談をしてくるよ。ナウラ様次第だろうけど。タカシの方も動ける準備だけはしておいてくれるかな」
マキシムがそう言って教皇様や司祭様方のところに向かっていく。
ただ教皇様は腕一本無くしているし、現在衰弱している。寅井くんとダルシェンさんは無事だけど、聖騎士団に司祭たちもボロボロだ。俺も手札はほとんど使っちまったな。竜水の聖矢は爆裂の神矢と違って回収できたんでまた射てるけど……魔力だってほとんど残っちゃいない。
対して相手の方は最低でもアルゴが結構なダメージを負わせた闇の神側のドラゴンがいるはずだ。アレの回復がどの程度進んでいるか分からないけど、正直今の状況じゃあリリムたちを助けて撤退するしかないんじゃないかね。神の薬草もないし。
「ともかく、まずは聖門の神殿に行って様子を見るしかないか」
『くく、それをお前が気にする必要はない』
「な?」
か、身体が……動かない? 目の前に黒い石のカケラが浮かんでる?
おい、マキシム。ちょっと……駄目だ。背を向けたままあっちに行っちまう。なんでだ。俺の目の前にデミディーヴァの神核石のカケラがあるのに、なんで誰も気付いてないんだ?
『反転と転移……我が力は……残念ながらまともに戦うよりはこうした暗殺向けなのよな』
暗殺? 砕けて消滅したと思ったのは転移? それに……声が響いてくるこの神核石のカケラからはこいつの気配がない。いや、あるにはあるが邪悪だと感じない。これが気配を反転させてるってことか。
『何もかも……そう、何もかもお前が原因なのだろうな。騙されたぞ神託者よ』
いいや、まったく騙してはいませんよ。それに俺だけの力で勝ったわけじゃないし、みんなの勝利なんだから俺だけ恨むのは筋違いじゃないかなぁ。
『いかにあの神巨人の水晶剣を得たとはいえ、マキシムがサンダリアで生まれたデミディーヴァを殺したというのはいささかの疑問があった。あの天使の怪物が殺ったのかとも思ったが……なるほど、先ほどの薬草の力だな。つまりは貴様の神の薬草は一度使っても再度復活するのだろう。それにどれほどの期間が必要かは分からぬが、捨て置けぬ。我らを殺す力など認めぬ』
あー、一日で復活しますよ。これもバレたらヤバいんだろうな。というか今でも十分にヤバいし、身体も動かねえ。いや、右の竜腕ならなんとか……クソッ。掴むところまで届かねえか。
『その腕、我が力を受け付けぬか。厄介だな。これでは最後の力でも貴様を殺しきれるかは分からぬではないか』
そうですね。だから諦めてくれませんかね。もう勝負はついたと思うんすよ。
『ならば、妾にできるのは貴様の中にある呪いを増幅する事ぐらいだ』
ん?
今なんつった?
『分かる。分かるぞ。貴様、恨みを抱いた者の怨念をその身に秘めているな』
呪い? なんの話だ? いや、どっかで聞いたような……ちょっと待て。それはまさか
『ははは、怯えたな。貴様にも心当たりがあるようだ。確かに弱き呪いだ。このままでは貴様を殺すには至るまい。だが神である妾ならば……この最後の力で』
おい、ちょっと待て、お前は勘違いをしてるぞ。確かにそれは呪いっちゃー呪いかもしれないが違う。そういうんじゃないんだ。
『貴様の呪いを増幅し、死すら生温い地獄に突き落としてやろうぞ』
や
「ヤメロォォオオオオオオ」
「た、タカシ!?」
うぉおお、なんだ!?
黒い雷が、俺の中から放出されて
『擬神殺しに災いあれ。世界を再び正しき形に戻すために』
目の前の神核石のカケラが砕けて、俺の身体が黒く染まって……ぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!
『永劫に呪われよ神託者!』
そして、俺の意識は黒い闇に包まれた。
タカシ
職業:弓使い
称号:擬神殺し・竜殺し・神託者
状態:女体化(性反転呪術『エクセス』によるもの)




