089 牙を隠し、獲物を狙う
あらすじ:起死回生の逆転劇(される方
(どうにも……よくないようだな)
教皇シグマ・オーラントは苦々しい顔で教皇の間を見渡した。
状況は最悪の一言に尽きる。彼らは神託者タカシの情報提供により四大司祭のひとりナウラ・バスタルトの裏切りの可能性を知り、神託者の認定式を利用し裏切りをあぶり出そうと画策した。しかし、それは大きく裏目に出てしまった。
ナウラの裏にいて、彼女を操っていたのはかつてドーラとナウラたちが討伐したデミディーヴァ『クライマー』であった。さらに状況からすれば教皇たちの計画は漏れていたようで、それを逆手に取られた形ともなってしまった。
(まったく、これが聖王国の中枢とは笑えてくる)
自嘲気味に教皇が笑う。
操られていた勇者ドーラは救助され、勇者マキシムも合流した。デミディーヴァ『クライマー』以外の闇の眷属たちもすべて倒した……はずだった。けれども今この世界でもっとも神の威光を受けているはずの教皇の間は穢され、死んだはずの闇の眷属たちは復活し、この場にいた聖騎士団も司祭たちも半数以上が倒れている。まったくもって最悪の失態だ。
(私は歴代の中でも最もハズレガチャの教皇であろうな)
ハズレガチャ。教皇が己をそう蔑む。爆死とは言わない。この時代の勇者も司祭も聖騎士たちも決してハズレであるとは教皇は思わない。すべてがハズレだったわけではない。ただ己が教皇ガチャという時代の趨勢を決めるガチャの中でハズレであっただけなのだと彼は考えていた。
とはいえ、そんな弱気も当人の心の内でのわずかな時間の間に出た迷いでしかない。戦いは続いている。そして終わってもいない。
「教皇様……我々は一体どうすれば」
「狼狽えるな。こちらには勇者が三人、私に四大司祭もいるのだぞ。そうそうたる面々であろう。寧ろ、今こそが機であると心得よ」
「は、ハハァッ」
数秒前の己の心中とは真逆の言葉を口にする教皇の言葉に聖騎士が平伏する。
そして聖騎士たちがデミディーヴァへと突撃し、そこに教皇や司祭たちが補助魔術をかけていく。神聖魔術には攻撃用の魔術も存在しているが『極限の神罰』などの上級魔術でなければデミディーヴァにはダメージは与えられないし、相手の行動を阻害するような魔術はデミディーヴァのような相手には通じない。
であれば、今現在のように騎士団に付与魔術をかけて戦わせることがデミディーヴァに対してもっとも効果的な戦術だった。実際に先ほどまでは戦況は拮抗していたのだ。
(復活したばかりで未だ力が回復していないと思っていたが)
もっとも相手も教皇の間の力を削ぐ方に注力していただけであった。
かつて勇者ドーラはクライマーの討伐に成功しているが、それは入念に準備に準備を重ねた上で、最上の仲間たちとともに戦った結果だ。決して、こんななんの用意もない状態で戦える相手ではない。
(ただ希望はある)
教皇がとある一点を見た。そこにいるのはひとりの元男だ。マキシムとともに魔族と戦っている神託者がそこにはいた。
(報告の通りであれば、彼こそが……しかし)
神託者はマキシムと何かしらのやり取りはしているようではあったが、ゴッドレアのアイテムを使う様子はなかった。情報漏洩の危険があったために今の状況が終わった後に改めて尋ねる予定であったが、神託者はデミディーヴァにも通じるゴッドレアのアイテムを持っているはずなのだ。
(彼はいつ手札を切るつもりなのだ?)
何かしらの条件があるのか、或いは使用できない理由があるのか。
いざとなれば教皇にもデミディーヴァに『抗する手段』はある。しかしそれも一度限りのもの。そのため、今はまだ戦況の見極めを続けていくしかなかった。
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「ヤツらは僕らが引き受ける。頼んだよタカシ!」
「へいへい。やるしかねえんだろ。クソッタレ」
マキシムがゾンビ化した死慈郎たちに向かってひとり駆けていく。またライアンは聖騎士たちを何人か連れてティモンやザクロムを相手に戦っていた。どうやら復活怪人らしく以前よりも能力は落ちているようだけど……それで今の俺の担当はデミディーヴァってわけだ。ま、当然俺だけじゃあないけどな。
「やるぞ、ドーラ!」
「ああ、雑魚はマキシムが抑えてくれている。だったらやらざるを得まい!」
そんで俺の目の前では騎士団たちとともに銀の炎に包まれて戦う寅井くんとダルシェンさんがいた。ふたりは今、神竜の盾から出たセイクリッドブレスを纏って戦っている。なんでも神竜の吐く銀の炎『セイクリッドブレス』は神の御業の一端なんだそうだ。神聖魔術に『セイクリッドフレイム』って攻撃魔術もあるが、ブレスはその原型で勇者は身に纏って戦えるんだと。寅井もアフロヘアのままではあるが熱がってはいない。
『なるほど、神竜の盾を使う神託者の助力か。先ほどからどうにも目障りだ』
げ、こっち見やがった。俺、ただの雑魚っすから。お気になさらず。
「おいおい、そっち見ている余裕あんのかよ」
「私が再び封印してくれる!」
ふた振りの戦鎚を持つダルシェンさんと聖剣を振るう寅井くんがデミディーヴァに左右から挟む形で攻撃を仕掛けていく。仲良しなのか、上手く連携が取れているみたいだ。
『その炎は厄介だが……それ以上ではない』
そう口にしたデミディーヴァの全身を覆っている黒いオーラが触手のように動いた。ありゃ操られている時の寅井くんが出した攻撃に近いか。
「先ほどよりも力の密度が上がっている。それでも斬り裂けるが……」
「数が多いな。チッ、どんだけパワーアップしてんだよ」
ああ、どちらの攻撃も届く前に無数の触手の手数に押されて跳び下がった。そこに入れ違いで司祭たちの加護を受けた騎士団も追撃していくが、デミディーヴァの黒いオーラ触手を何本か斬り裂いたがそこまでだ。次々と騎士たちが貫かれ、斬り裂かれ、弾き飛ばされる。
「駄目だ。さっきとは別物だ」
「だったら魔術だ。ホーリーランス、撃てぇえ!」
『ふん。すでに貴様らの出る幕ではないと知るがいい』
騎士団が一斉に魔法の槍を放った。寸分違わぬ威力で、まったくズレのない見事な攻撃だ。けど、それらは黒いオーラの中に入った瞬間に吸い込まれるようにジュワッと消えていった。というか今、光の槍が一瞬黒くなったよな。あれってまさか反転させてから吸収したってことか?
「神聖属性でも魔術は敵に力を与えるだけだ」
「であれば近接戦で削れ!」
『虫どもが、煩わしい』
次の瞬間にデミディーヴァから黒い波動が発せられて、周囲の騎士が一気に吹き飛んだ。ヤバい。これ、勇者はともかく聖騎士じゃあまるで勝負になっていない。
そんな相手に俺も挑めってんだからマキシムも大概無茶なことをいうヤツだよな。
「けど、やれなくは……ないか?」
いや、自惚れてるわけじゃあねえよ。確かに相手はヤベエ。俺なんか聖騎士相手だってアイテムなしで素で殴り合えば負けるだろう。けど、あの黒いオーラはセイクリッドブレスで削れるし、勇者ふたりはあいつに届く。あいつの動き、攻撃を視て読めば……きっと届く。何しろデミディーヴァはまだ気付いてない。俺の未来視も、神の薬草も……だったら、
「勝てるさ」
多分……きっと、頑張れば、恐らくな。




