079 邪剣の勇者
「こいつは最悪の状況だな」
おっと、思わず口に出ちまった。けれども仕方のないことじゃねえかな。この場にいるほとんどのヤツはそう感じているはずだ。本当に、なんでこうなったんだかな。
「ダルシェン殿。ドーラ殿が」
「分かってる。あいつは俺が押さえる。お前らは教皇様方をお守りしていろ」
教皇の間は今、混乱の真っ只中だ。外から覚醒した魔族が襲撃しただけでも大ごとなのにナウラ様の身体にデミディーヴァが顕現しやがった。そのうえに……
「あの馬鹿。油断しやがったな」
本当に最悪だ。ドーラが敵に操られてやがる。
あの馬鹿は調子に乗りやすいし、変なところで隙も多いが実力だけは確かだった。デミディーヴァを討伐した実績は伊達じゃない。悔しいがあいつの力は俺の数歩先をいっている。
「ナウラ様……やはり俺は間違っていなかったんだな。騙されていたのはあいつらだったってことか」
『無論。妾を滅しかけたそなたとて今は愛おしく思うておるよドーラ』
「ありがとうナウラ様。あなたは私が守ります!」
会話が成立してねえ。完全にデミディーヴァに洗脳されてやがるじゃねえか。それに聖剣が黒くなっている。真逆の性質。恐らくは反転して邪剣化している。いや、待て。以前に聞いたことがあるぞ。ドーラとナウラ様が倒したデミディーヴァは確か『反転のスキル』を使っていたはずだ。
「じゃあ、こいつはまさかクライマー? 死んでなかったのか!?」
『ほぉ、妾の名を口にするとは。そこの間抜けとは違ってそちらの勇者はなかなかに頭が回るようだ』
「ふっ、よしてくださいよナウラ様」
お前、褒められてねえよ。多分間抜けってお前のことだよ。
しかし、ヤツの神核石はナウラ様が厳重に封印したはずなんだが……となると、もしかするとナウラ様はその頃からあいつに憑かれていて、俺らは欺かれ続けていたってことか。まったく、間抜けはドーラだけじゃあなかったな。どいつもこいつも、俺もあいつもここまで節穴だったってことだ。けどな。
「けどなクライマーさんよぉ。ここに突撃するたぁ少々はしゃぎ過ぎじゃあないか」
『ほぉ』
「ぐぁああっ」
おっと、ライアンがやったな。
あの上位魔族を斬り飛ばして壁に激突させたか。さすが聖騎士団の団長だ。
この教皇の間は聖なる力に満ちている。聖騎士団はその中でならば、通常よりも大きな力が使えるうえに、今は教皇様の加護があって、四大司祭様や高司祭様方の聖盾の術にも護られている。デミディーヴァがいようとこの状況ならば勝ち目はある。
『おやおや。ザクロムが存外にやられておるな。情けなくはあるが、この聖なる気に満ちた場所では致し方なきことかな?』
笑ってやがる。余裕のつもりか。だがいつまで続くかな?
「そりゃあ、そうさ。ここはお前らにとって毒霧の中にいるのと変わらねえはずだ。低級の魔族なら入っただけで焼け死ぬんだぜ。最初っからてめえらに勝ち目なんてねえんだよ」
俺は力の戦鎚と『神』力の戦鎚を取り出した。
双翼の光盾と合わせた戦鎚の二鎚流。それが俺の本来のスタイルだ。
タカシと戦った時には見せる前に止められたからな。ここで発散させてもらうぜ。そんで最後まで立っていられれば、俺も擬神殺しの勇者様ってわけだ。勇者としちゃ最高の称号、ここで貰い受ける。
『そう、本来であればその通りだろう。であれば、そんなところに妾たちが何の策もなしにやってきたと思うたか? それとも自殺願望を満たすために来たとでも?』
「何だと?」
『策あっての、勝算あっての横暴だと……なぜ思わぬ?』
クライマーが手を頭上に伸ばした。なんだ? 何をしている?
『答えは単純だ。妾がなぜ今までこの地に潜伏できたか? なぜナウラ・バスタルトに潜んでいると気付かれなかったか? なぜ聖剣の勇者ドーラを操れるようになったか?』
「お前!?」
掴んでいるのか。この部屋の力場そのものを!?
まさか、こいつは……
『はは、気付いたか。これよりそなたらにとってここは毒に満ちた場となろう』
「なっ」
嘘だろう。この部屋全体が反転していく。聖なる気が瘴気に変わっていく。ここまで大規模に反転させられるのか、デミディーヴァってのは!?
「ぐぁああああ」
「司祭様!?」
悲鳴があちこちから聞こえる。ああ、そうか。司祭様方が崩れ落ちているんだ。あの方々はこの場の力を取り入れて聖盾の術を強化していた。それが反転した闇の瘴気に変わったことで拒絶反応が起きて崩れたってことか。
『くく、はははははははは。のたうち回っておるな。あの女の手駒どもが』
「さすがクライマー様でございます」
「お前。ティモン・ニードだったか」
ナウラ様の従者。こいつは確かデミディーヴァ討伐後にナウラ様付きになったはずだ。となれば、こいつも敵か。
「左様です、勇者様。此度は我らが主人クライマー様が再び世に出るための催しを企画していただき感謝いたします。お代はあなた方の命でいかがでしょうか?」
「抜かせよっ」
この場でも神力に護られた勇者なら戦える。否、こういう場だからこそ俺たちは戦える。なのに……
「ダルシェン、血迷ったか」
「血迷ってんのはテメエだ。ドーラ」
クソッタレ。ドーラが邪魔に入ってくる。ヤツの持つ神威の聖剣キャリヴァンはガチャで手に入るものでもユニークと呼ばれるもの。手に入れられる者はただひとり、手に入れた時点で勇者と認定されるような最上位の聖剣だ。それが反転し邪剣となっている。厄介極まりねえ。
『任せる。妾は教皇を喰らおうぞ』
「はい。ナウラ様」
「はいっ、じゃねえよ。惚けてるんじゃねえぞドーラ。お前の聖剣は何のためにあるんだ!」
「無論、己の信念を貫くため」
「かっこいいこと言ってる場合じゃねえんだよ」
チッ、隙がねえ。強いのに容易に操られやがって。馬鹿のくせにともかく強え。こっちは双翼の光盾で守りを固めながら、左右からの戦鎚で攻撃を仕掛けているのに、こいつは剣一本で容易に防ぎやがる。それどころか、こっちを殺さぬように気をつかってもいやがるな。
「ライアン。こっちは動けない。教皇様を守れ」
「分かっている。分かっているが……」
ああ、糞。あっちはあっちで上級魔族とぶつかってこう着状態か。教皇様には聖騎士団と四大司祭様たちがいるから少しは保つだろうが……どうする? マキシムかサライがいれば、まだ対処もできるんだろうがサライは聖門の神殿だ。すべてが仕組まれているとすれば、あいつも今はきっと何か攻撃を受けているんだろう。それにマキシムだ。あいつが気付いていないはずがねえ。それなのにこないってんなら……
「おや、扉の方を見ましたか。けれど残念。味方は来ませんよ。腕輪の勇者マキシム様ならば我が方の魔人に今頃は斬り殺されている頃でしょうから」
「チッ、あっちもやっぱり仕掛けていやがるか。ということはサライたちもだろうな」
「サライ? さて……どうですかね」
ん、反応がおかしい。なんだ? 何か認識にズレがあるのか。
「ドーラよ。クライマー様を一度は討伐したそなただ。そこの勇者などに負けるはずもないな」
「ああ、ティモン。当然だ。俺は真なる勇者だぞ」
「いや、本当のバカだなお前は」
駄目だコイツ。早く何とかしないと。
「黙れダルシェン。今お前たちはナウラ様を謀り、教皇様をも騙そうとしているのだぞ。恥を知れ!」
「その教皇様、今テメエの後ろで絶体絶命のピンチに陥ってるんですけどね」
「大丈夫だ。俺がいる!」
「お前がいるからピンチなんだよ!」
「俺の腕を信じてないのか?」
「信じてるからピンチなんだよ!」
「ふざけたことを抜かすな」
「そりゃこっちのセリフなんだよ!」
ああ、クソ。だからコイツと絡むのは嫌なんだ。
なまじ実力があるから手に負えねえ。しかし、どうする? クソッ。強ぇえんだよな。まともに剣を習ったのは聖剣を得てからって話だが、ふざけたことに今じゃ聖王国最高の剣士だ。
元々勇者ってのは最適解を導き出す存在だ。そして聖剣キャリヴァンってのは先天性の勇者の資質を、後天的に与える剣だ。神造の勇者製造器。だからこそドーラの勇者としての力の起点は聖剣で、それが邪剣となってしまうとこうも容易く操られてしまう。
「目ぇ覚ませよ。このままだと何もかも失っちまうぞ」
「言葉は不要。己が信念に従って剣を振るえダルシェン!」
「ホンット馬鹿だなテメェ」
不味い。どうする?
存在自体がふざけているくせに、まったく歯が立たねえぞ。
教皇様がピンチだってのに動けねえ。もう一手、あとひとりでもいい。均衡を崩す誰かが
「誰かいないのか? クソォオオオッ!」
そう俺が叫んだ時だ。外から扉が打ち破られて、雷纏う骸骨の騎士が骨の馬とともに飛び込んできたのだ。そしてその背中には……
「タカシか!?」
直後に巨大な雷の矢がドーラに直撃した。
※次回から主人公視点に戻ります。




