077 崩壊の序曲
あけおめ!
ギィンッ……と金属音がその場に響き渡った。
どこからその音が発生したのか? そんなの決まってる。目の前のクソ侍の刀と俺の右腕の神罰の牙がぶつかった音だよ。
けど、今何を視たんだ俺は?
「我が秘剣をガントレットで弾いただと?」
「テメエぶっ飛べよ。アーツ・シルバーハンマー!」
「ぬぅっ!?」
チッ、この距離で神罰の牙のアーツを避けやがった。つか、今ブレて消えたな。ここに突然現れたことといい、妙な能力をもってやがる。
「こいつ、死慈郎か?」
マキシムも戦闘態勢に入っているが、驚いた顔してるな。
こいつは確か源内死慈郎とかいう元ヤワト人の魔人だな。聖王都に向かう途中の橋でマキシムが戦って倒しきれなかったやつだ。
でも俺の方が驚いたぜ。何しろ、どう見てもさっきマキシムの首が飛んだのを見たからな。いや、本当に大丈夫か? 実は取れちゃったけど、頑張ってくっつけたとかないか? いや、ないな。何考えてんだ俺は。
「ありがとうタカシ。君が守ってくれなければ僕は死んでいたかもしれない」
「ははは。頭が宙を舞ってたかもな」
いやー、自分で言っといてなんだが冗談じゃねえ。確かに俺は今マキシムの頭が飛んだ姿が見えた。あんなリアルなの、こんなときに想像で見えたりするのか? けど、それよりもなんで敵のひとりがここにいて、こんな部屋の中でアーツを発動したのに警備の兵が入ってこないんだよ。確か入り口にはふたりいたし、通路にも何人か巡回していたはずだ。おかしいだろ。
「ほぅ、ザクロムを倒した神託者。今のを止めたか。これは侮っていたかな」
「ザクロム?」
「お前たちに倒された魔族の召喚士だ」
ああ、あのリリムの部屋に勝手に入ってきた失礼な変態か。リリムのどすこいアタックで倒されてた気がしたが、どすこい?
「なるほど。天使の化け物を操るテイマーのようなものかと思えば……面白いな。こちらの動きを察知したわけでもなくこの刃を弾いたと。貴様『何を』視ている?」
「なんの話だよ。つうか、てめえが来たってことはこちらのことは筒抜けってわけだよな。やってくれるじゃねえか」
「そういうことだね。事態はかなり深刻のようだ」
そうさ。マキシムも分かっているよな。
これってつまりナウラさんをはめる意図がバレてたってことだろ。どっから漏れたんだよ。ガバガバじゃねえか聖王国。
「なんの話をしているのか知らぬが……そうか。もしかするとお前たちはこちらの計画を『知っていた』ということか?」
「ハァ? 今更惚けてんじゃねえよ」
この状況で誤魔化す意味なんてねえだろ。ん、ねえよな?
「そういうつもりではないが。なるほど。俺も用事が済んだことだし、食い残しを処理しようとここに赴いただけなのだが。もしかすると存外にこちらも知らぬうちに追い詰められていたのか」
「お前、何を言って……ッて、なんだ爆発音?」
「ちょっとタカシ、外だ!?」
「ハァ?」
いきなりすげえ音がしたと思ったらなんだっ……て、どういうことだよ。どこかの建物が煙を上げてる。おいおいおいおい、ちょっと待て。あっちって確か聖門の神殿だろ。なんで爆発してんだよ。リリムがいんだぞ、あそこには。
「おい、源内死慈郎。お前は今用事が済んだと言ったな」
そうだ。マキシムが言ってた。こいつ、まさかリリムを……いや、だったらさっきの言葉はおかしい。こちらの動きなど知らないような。なんだ。俺とこいつの認識がズレてる。じゃあ何がズレてるんだ?
「左様。我が役割は終えた。故にこれからすべてが変わる」
「「!?」」
今、何かがあった。ああ、このザワリと全身が総毛立つような感覚。不味い。震えが止まらない。こいつを俺は知っている。
「タカシ、今のって」
「分かってる。こんなの忘れたくたって忘れらんねえよ」
ああ、そうだ。覚えがあるぞ、この気配。この絶対的で圧倒的で絶望的な感じ。こんなのこっちに来て該当するようなのはひとつしかねえ。あのダンジョンで感じた闇の神の……
「お前たちがどこまでを知っているのかは分からんが、こちらの用意は今朝方にすべてが終わっている。そして、そんな良き日に始末すべき相手が『揃っている』。まるで我々を闇の神が祝福しているかのようにな。愉快な話じゃないか」
「貴様、まさか!?」
今の話って、つまりこいつらは神域の制圧を完了したってことか。チンドラは何をしてやがるんだよ。リリムだってあっちにいるんだぞ。ああ、クソ。頭ん中がゴチャゴチャして考えがまとまんねえ。
「察するにお前たちはナウラ・バスタルトを捕らえるために認定式を早め誘い込んだのだろうな。それは時間が限られていることも知っていたということだろう。いやはや、面白い状況だ」
「何が面白いってんだよ?」
「簡単な話だよ。お前たちは我々の意図を超えて、我々のために動いてくれたということだ。ありがたいことだ」
「だから、つまりどういうことだってんだよ!?」
「タカシッ、教皇の間に行って」
「おいマキシム?」
マキシムがカードから重神剣グランと重神の円盾グラムスを出して、俺の前に出た。それはつまり、こいつはお前が引き受けるってことか。
「源内死慈郎、答えろ。お前を喚び出したのは誰だ?」
「魔人の主人を問う意味はあるかな勇者マキシム?」
ニタリと笑った。チッ、余裕かよ。
「おいマキシム。ここはふたりで倒してから教皇の間に行くべきじゃねえのか?」
「駄目だよ。僕ならひとりで大丈夫だ。それよりも多分デミディーヴァが出現した」
ああ、そうだろうよ。考えなかったがこの心臓を掴まれているような感覚は間違いねえさ。しかもこれから俺たちが向かう予定だった教皇の間にいるっぽい。もう気配を隠す気もねえってことか。
「神域が奪われたのだとすれば、今は教皇様の身を優先しないと不味い」
「どういうことだよ?」
「今教皇の間にはこの国でも最高の戦力が揃っている。でもデミディーヴァ相手じゃ分が悪い。さすがに亜神相手の装備は整ってないはずだからね」
ああ、クソ。言いたいことは分かったよ。対抗手段は俺が持ってるってことだろう。
「だったら、それを崩せるとすれば君しかいない」
神の薬草。そいつを使えってことだ。
「ハッ、デミディーヴァの存在を知ってその男を向かわせるか。やはり何かあるわけだ」
「クッ」
睨むんじゃねえよ。ビビるだろ。こっちは本当に一般人なんだぞ。しかも今はか弱い乙女だぞ。作りが違うから膀胱を抑えられる自信がねえんだから勘弁してくれ。
「タカシじゃない。お前の相手はこっちだ。おぉぉおおおおおっ!」
お、マキシムが仕掛けたけど、あの野郎、やっぱり陽炎みたいに避けやがるな。でも……
「タカシ行って!」
あいつが離れたから入り口までの道が開いた。だったら行くしかねえか。
「ちっ、気を付けろよマキシム」
「分かってるさ。僕は勇者だ」
頼んだぜ、本当に。
「ふむ。あるいは神託者の方が食いごたえがあるかも……とも思ったが」
「その勘は正しいかもね。でもお前は僕で我慢してもらおうか。どうせ僕相手でも食いきれないはずだけどね」
「であれば試してみよう。魔人、源内死慈郎。推して参る!」
背を向けて走り出す俺の後ろで戦いが始まった。
そして、外に出ると護衛の兵士がみんな斬り殺されてた。となれば、やったのはあいつか? クソッ、教皇さんらは大丈夫なんだろうな。




