071 告白の刻
「ナウラ様が魔族と通じているなどと本気でおっしゃっておられるのか?」
部屋の中が、後からやってきた男の怒号で凍りついた。
そこにいるのは寅井一茂ことヤンキー先輩ことミリオン動画男こと知らぬうちに大物ブイツーバーになった男こと聖剣の勇者ドーラ様だ。
若い頃の俺なら写メ撮って「ヤンキー先輩ちーっす」ってSNSにアップしていたかもしれないくらいのリアルレアキャラだ。いや、やらんけどね。前にプチ炎上して先輩に超怒られたしね。個人情報とか大事。マジで。
「黙れ。私が話している途中だぞドーラ」
「あ、はい。すいません」
あれ? 教皇様に怒られて、寅井くんがシュンってなったわ。
勢いで入って来たのはいいけど、上司にマジギレされてシュンってなっちゃってる。あーやっちゃったって顔しながら、ショボショボと自分の席まで歩いて力なく椅子に座ったわ。
というか、寅井くん見た目以上に歳食ってる? 三十かそこらぐらいな感じ? まあ、こっちにいるってことは多分苦労したんだろうし、フケ顔なのかもしれないしな。
「ドーラよ。よく聞け。そこにいる神託者殿を信用できるか否かではないのだ。アルゴニアス様の使いである確かな証拠をワシは確認しておる」
ローエン様がそう口にすると寅井くんが渋々という顔をして頷く。
「しかし、私にはあの方が、ナウラ様が裏切るなどという疑いがかかったことだけでも許せないのです。あの方はこの聖王国に必要な方だ。そこに一点の染みがつくことすらも私は許せない」
「それは私も同じ気持ちだドーラ殿。ローエン様からの言葉でなければ、神の言葉を送り届けてくれた者といえど、斬り捨てておったわ」
聖騎士団長のゴリラっぽい人が俺を睨みつけながら言う。確かライアンさんとか言ったな。つか、文句あるならアルゴに言えよ。俺はただの伝言役だからさ。
「申し訳ない。神託者殿、彼らのナウラへの信頼は絶大なのです。私とて父の言葉なくして信じるのは難しかったでしょう」
「いえ。当然だとは思いますけど……ね」
教皇様も父親からの話じゃないと信じないとか、ローエン様経由で話して正解だったな。場合によってはフルボッコだったかもしれないわ。
「故に我々はアルゴニアス様の意思を確認するためにも今回の件を実行せねばなりません。ここでの話は一切外に漏らさぬように」
教皇様がそう告げながら、苦い顔をしているライアンと寅井くんを睨みつけた。ここで漏らされたら全部終わるからな。
「それに仮に真実でなかった場合、ナウラが被った不名誉については我が名において濯ぐよう手を打ちましょう。何もなければ問題はないのです。貴方がたがそれを見届けることでナウラの容疑を払拭できましょう。そうですね、聖剣の勇者ドーラ?」
「……はい。確かにそれでならば」
ぐぬぬという顔しながらも、渋々と寅井くんが頷いた。
間違いであった場合もこの場の人間だけの問題で留められるのだからナウラさんが必要以上の不名誉を被ることはないのは確かだしな。自分たちは疑惑を晴らすための第三者としての参加……という落とし所であればライアンも寅井くんも納得せざるを得ないか。
結局この場で決まったことは明日の認定式にはナウラさんを参加させ、その間の主人が不在の聖門の神殿にローエン様、サライさんたち護衛とアルゴとの意思確認のためにリリムを突入させる……という流れで落ち着いた。問題児その1の聖騎士団長ライアンは当然教皇様の護衛に、問題児その2寅井くんは認定式に参加し状況を見極めるとのことだ。
まあ、それはいい。寅井くんがいきなりやってきたときにはどうしようかと思ったが、無事に会議も終わったわけだしな。
ただ会議が終わった後に俺が席に立つ前に、寅井くんが鼻息荒くして俺に近付いて来たんだよ。
「高須さんと言ったかな。君は異世界人だと聞いたが」
「ええ、まあ。そうなんですけど?」
なんだって? タカス? タカシと間違えてるのか?
まあ俺がタカシだって気付いても寅井くんは中学時代の同級生だって分かりゃしないだろうけどな。知り合いでもないしさ。それに今の俺は女だ。股間のプラーンプラーンしてるのがなくなったから、場合によっては男に興味を持ってしまうのでは? という可能性も考えていたんだが、どうやら大丈夫みたいだ。微妙にイケメン感出してるこいつにもときめきは感じない。俺は今でもおっパブでプランプラーンしているたわわをプラーンプラーンと目で追っかけて興奮できるだろうと確信できた。それだけは良かった。
と、そんなことを考えているとマキシムが俺と寅井くんの間に立った。
「ドーラ、君はタカシに近付かないでもらおうか。僕は彼女の護衛でね。敵意を持っているような相手をそばに寄らせるつもりはない」
いいぞマキシム。今のお前はちゃんと仕事をしているぞ。
「待ってくれ。誤解だマキシム。私は同郷の人間に挨拶をしようとしているだけだ」
「同郷?」
マキシムの問いに寅井くんがフサァっと髪を揺らして頷いた。
「ああ、人に吹聴したことはないんだが、私も実は異世界人でね。恐らくは彼女と同郷だ」
「え、そうなのかい?」
あれ、マキシムが驚いてる。知らんかったのか。というか周囲の人も……いや、教皇様は知ってたって顔してるな。どうやら寅井くんは今まで異世界人であることを隠してたみたいだ。
「しかし、今までそんな話を聞いたことがなかったんだけど?」
「一応教皇様は知っているのだけれどね。以前はヤワト民族の迫害が強い地域にいたので、こうして髪の色も染めて現地人に紛れ込むようにしていたんだよ。それで今まで特に問題もなかったので話もしてなかったんだ」
「なるほどね。まあ、ガチャ様に認められて勇者となったわけで、この聖王国所属でもあるんだから確かに問題はないわけだけど……」
マキシムがそう言って頷く。まあ、寅井くんが金髪なのは趣味だろうけどな。中学の時から金色好きだったし。つーか、鎧からマントまで金尽くしでなんかゴールドセイン……ええと、カミュ? みたいだわ。
「理解していただけたかな? 確かにナウラ様の件で私も思うところはある。けれども、あちらが今どうなっているのかも知りたくてね。同郷のよしみで今夜付き合ってくれないか?」
寅井くんが片目を瞑って髪をフサァってさせながらクイッと飲む仕草をする。うーん、寅井くんと飲み? けどなんか目の色がなぁ……こう狙われているような……
「あのー、もしかしてナンパっすか?」
「ふ、そういう側面もないわけではないが」
あっさりと認めるな。この手の扱いは慣れてるってことか。勇者ってのはモテそうだしな。さすがエクスカリバー寅井。そっちの剣もエクスカリバーってわけかい。けど俺は聖剣の鞘になるつもりはないし、ここはお断りを……
「駄目です。タカシは僕の……ものです!」
「ん?」
お断りをしたいと思っているのだけれど、マキシムくん。君、今なんつった?
「おやおや、高須さんは君の女だったわけか。なるほど、ただの護衛ではなかったのかい」
寅井くんの言葉に周囲がザワッとなった。まあ一部はマキシムの素性を知っているだろうしなぁ。あと俺の性別を知ってるのもいるしなぁ。というかさ
(おいマキシム。ここで何を言ってやがるんだ?)
(ごめんタカシ。でも僕ずっと考えてたんだよ)
何を?
(僕は勇者だ。勇者として、男として育てられた。だから今僕が子供を産むわけには行かない。君と付き合うわけには行かないと告げた)
うん、そうだね。実績1になった後すぐにさりげなく拒否ったよね、君。まあ俺としては別にいいんだけどね。あと、なんで男として育てられたのかは知らないけどね。まあ男の勇者のお前が|お腹を大きくしてしまったら《ラージポンポンしたら》みんなビックリするよね。うん、タカシにもそれは分かる。
(けど、発想を変えてみたらどうだろうかと思ったんだ)
ん?
(つまり君が男になった僕の子を孕めばいいんじゃないかと)
(ちょっと待て、どうしてそういう発想になった?)
コイツ、ナニヲ言ッテイルンダ?
(ふふ、はしたないと思わないでくれよ。僕だって君とのことをずっと考えてはいたんだ。そしてお父さんたちと会って、君が女になってやっと答えが見つかったんだ)
マキシムが顔を赤く染めて笑う。
(僕の気持ちはさ。やっぱり君に向けられていて、もう抑えられない。自分に嘘はつけないよ)
「いや待てマキシム。お前は今致命的に何かを間違えていないか!?」
「大丈夫だよタカシ。僕は勇者だ。それに男になった僕のモノはお父さんも「さすが勇者だ。男として自信をなくすほどの聖剣だ」と褒めてくれたよ。きっと君を満足させられると思う。安心して欲しい」
今の言葉のどこに安心要素があった? つーか、あの親父さん、息子さんになった娘さんの息子さんをご開帳したのか。あかんやろ、それ。
「だからタカシ、障害はもう何もないんだ。僕の子を産んでくれ!」
すごく男らしいです……じゃなくて、え? 何これ?
A.お前がママになるんだよ




