066 神託者vs勇者
「来たな……ってあんたがローエンさんってわけじゃあないよな」
ほぉ。とぼけた顔した女がとぼけたことを言ってきおったな。ローエン様は御年六十三で俺はまだ三十代だ。どう考えても別人だろうが。
まあ、いい。サライから話を聞いた通りの雰囲気だが……性反転呪術かかってるのが分かりやすいな。見た感じ、女装よりはやや女らしいというところだ。
「俺の名は戦鎚の勇者ダルシェン。お前がタカシだな?」
「ああ、そうだけど」
間違いないようだ。
まあ、見た目が凡庸なのは仕方ない。ガチャ様からお言葉を承ることは凡百の者でも稀にある話だ。実際神託者ってのは偶然に近い形でガチャ様が漏らしたお言葉を聞いたってのが多いわけだからな。このタカシってのは異世界人らしいし、ガチャ様の目にとまってたまたまお話を受けられただけ……という可能性は高い。
「ダルシェンってことは、あんたがサライさんの旦那さんか。いやぁ、あの人には世話んなってます」
勇者よりもサライの旦那であることを先に気にかけたな。
勇者という称号を気にも留めていないのはマキシムと一緒にいたからか。サライの評価は低いがただの愚痴に近かったし、正直当てにはしていない……さて。
「こっちも話には聞いているぜ。意識が飛ぶくらい酒を飲んであいつの頭にゲロぶっかけたらしいな」
「はい、マジすんません。気を付けます」
わはははは。サライに聞いたときにはさすがに噴いたが、見れば見るほど普通の男だな。戦士って柄ではまったくない。けど実戦で鍛え上げられた風ではないが、妙に身体は引き締まってはいる。
「それにしてもここに来る前にザイカンたちと会う予定だったと聞いていたんだが、その様子じゃあちゃんと話し合えたのか?」
「え? はあ……まあ」
ん? 歯切れが悪いな。まあ、ザイカンも親バカなところがあるからな。口論にでもなったのかね。ウチはまだ子供もいないし、ザイカンの気持ちはあまり分からんが……手塩にかけた娘がこうも覇気のない男とデキたのなら怒り心頭も仕方なしか。アルトもショックだろうが、正直男なら先に手を付けられた方が間抜けなのよ。とっとと手を出しておかないからそうなる。
「ふぅん、どうやらあまり楽しくはない出会いだったようだな。まあいい。それで、サライから話は聞いている。ここに来たのはローエン様への面会を希望していたからってことだったが、話の内容はなんだ?」
「話? いや、悪いけど直接ローエン様に伝えないと拙い内容だ。こっちも遊びできてるわけじゃあないんでさ」
ふん、俺を前にズケズケと物を言う。多少は骨があると見るべきか。
やる気はなさげだが物怖じしないところは悪くない。であれば一興。やってみるか。
「って、おいアンタ。なんで構えてんだ?」
「そうだな。理由はある。お前、デミディーヴァをマキシムと一緒に倒したらしいな」
そう、問題なのはまずそれだ。
神託者の件とは別にマキシムから極秘裏に教皇様へと送られた報告を俺も目にしている。俺も勇者だからな。確認の内容はデミディーヴァをマキシムひとりで倒せるか? ……だ。もちろん無理だ。アレは勇者ひとりでどうにかなるものじゃない上にマキシムは神の剛力の腕輪持ち。そもそも倒せる手段がねえ。
ただその場には仲間がふたりいたそうで、そのひとりが先日に聖王都の近くで凄まじい威力の『極限の神罰』を放った使い手であるらしい。ガチャ様のデミディーヴァかと考えた司祭もいたぐらいの威力だ。そいつがマキシムと共にデミディーヴァと戦ったってんなら、まあ分からんでもない。だが……問題はこいつだ。どう見ても勇者や使い手と並ぶ人物には見えないんだが、教皇様は使い手ではなく、こいつの方を重要視していた。つまり、こいつには何かがあるってわけだ。
「その話って教皇様じゃないと知らないんじゃないのか?」
「こっちも勇者だ。デミディーヴァの件であれば話も聞かされる。だが、こちらとしてもローエン様の護衛を任されている身だ。デミディーヴァとやり合ったほどの力量の男をスンナリと通せるほど仕事を怠慢している身でもない。武器を取れ。まずは立ち会い、その刃の色を見定める」
「は? 馬鹿言ってんじゃねえぞ。勇者に勝てるわきゃねえだろ」
腰抜けとは言わんが、あっさりと拒否したな。まあいい。
俺がするべきことは変わらない。
「俺は古い人間でな。一度この戦鎚を通して測らないと信用できないのさ」
「マジかよ」
「立ち会わないなら通せんな」
「えーと、殺さない?」
なんだ、その質問は? まるっきりやる気がないわけでもないと。
「約束しよう。そちらは全力で来い。その腕、試してやる」
「ハァ……じゃあ、分かったよ。ライテー、出てこい!」
ほぉ、雷霆の十字神弓を出したか。しかも人型の精霊付きに……ッ
「ぬうぅぅりゃぁああああああ」
は? こいついきなり爆裂属性の矢を射ったぞ。
「おいおい、戦鎚を回転させて防いだ? マジかよ」
マジかよじゃなかろうが。こんなところでそんなもん使うって、全力で来いとは言ったが……いや、言ったのは俺だ。仕方ない。しかし、それでも俺には届かんが土煙で前が見えないか。
「まあいいや。今だ。来いサンダースカルポーン。ライテー、ルークにプロモーションだ!」
『ラーイ!』
なんだ? 煙の中から巨大な影が? こいつはまさか……
「巨人の召喚体だと!?」
土煙の中から出て来たのは雷を纏っている骨の巨人騎士だ。持っているのは戦斧と、竜の頭部の彫刻が飾られた巨大な盾か。
「ぬりゃああ……くっ」
チッ。戦鎚での攻撃を巨人な盾で防がれた。
「燃やせ神竜の盾!」
盾に付いている竜の頭部の顎が開いて銀の炎が飛び出しただと?
しかもその竜、見覚えがあるぞ。くっ、戦鎚の回転で防ぐにも限度がある。仕方ない。
「出ろ双翼の光盾。俺を守れ」
俺は隠していた自慢の盾を展開した。こいつは背に装着し、両腕を自由にした状態で使える翼の形をした盾だ。危なかったな。
「翼が生えてる盾か。やっぱりいやがった。今まで見えなかったのに。それにセイクリッドブレスを弾いただって?」
光属性に神聖属性は効力が弱い。それに光と同化して不使用時は姿も隠せる俺の手札の一つだ……が、『やっぱりいやがった』? どうやって気付いた? それに力の戦鎚のみでやり合うつもりだったんだが、こいつまで出させるとは……む? タカシ、あいつはあの巨大な騎士の上に乗って……なんだ? 矢がみっつ?
「飛べトライアロー!」
ありゃあ、やばいな。
「弾き返せフォースハンマー!」
危ねえ。打ち消せたがアーツを使っちまった。
しかし、なかなかの威力の魔法の矢だ。こっちはアーツを使ったのに、あれは神弓のアーツじゃないな。こりゃあ、見誤って……ぬ、なんだ?
タカシが巨人騎士から離れて、盾も逆方向に自走しとる!? あの前足の飾り。俺の光盾と同じで動くのかよ。しかもキッチリ俺を取り囲んだ。ああ、まったく。こいつは予想以上にやる。楽しくなってきやがったな、おい。
「どうよおっさん。これで詰みじゃね?」
「なるほどな」
神弓で構えているのはさきほどの爆発する矢。盾からはセイクリッドブレスに、正面は巨大な戦斧持ちの巨人騎士。召喚体へのダメージは気にする必要がないし、俺が巨人騎士と組み合った瞬間に左右から矢と炎が来るわけだ。
よく考えているよ、まったく笑いが込み上げてくる。
「確かに俺はお前を見誤っていたみたいだな」
「え、なんでもっとやる気出した顔してんの?」
おいおい、もう終わりなんて顔するなよ。こっからだろ、面白いのはよ。
それにしてもなるほどってところだ。マキシムと共にデミディーヴァと戦ったという話は嘘ではなかろうよ。使う武器は雷と神聖属性。いつの間にか取れてるガントレットの中の右腕も神聖属性の魔力を感じる。こいつは完全な魔に対して特化してやがるのか。となれば俺も本気で……『ゴッドレア』の方の戦鎚を出すか。
「ダルシェン、戯れはそこまでじゃ!」
って、やべぇ。ローエン様が来ちまったわ。




