表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/154

064 失われた聖剣

「あら、戻って来たようね……って、なんて誰?」

「よぉ、サライさん。いやまあ、色々あってな」


 うん。やっぱりそうなるよな。

 俺もちょっと困惑中。若干胸が張って、そんで股間にあるはずのものがない。

 髪は少し伸びたのか? まあ、どうでもいいけど……ハァ。

 結論から言うと俺は『女』になった。


「お父さんの仕業だよ」

「ザイカンの? どういうこと?」

「いやさぁ。とりあえず、あの親父さん……いや、ザイカンさんの説得には成功したんだよ。ただなぁ」


 結局のところ、ザイカンさんは娘可愛さに折れた。強気だったあの親父は馬鹿親で、一度日和ってからの手のひらクルクルはネジ切れるほどだった。それとマキシムが俺を必要としている理由はひとつだ。


『お父さんも知っているでしょ。僕は剛力の腕輪に神の力を宿している。だから『闇の神に対抗する』勇者としては最弱なんだよ。これまではそれでも良かった。けれど、駄目なんだ。僕にはタカシがいないと駄目なんだ』


 マキシムが必要としているのは神の薬草。神巨人の水晶剣でダメージこそ与えられるようにはなったが、デミディーヴァを打倒し得る切り札である俺を手放せないとマキシムは考えていたんだな。うん、愛とかじゃなかった。分かってたけど、マキシムは清々しいまでの実利主義者だ。俺をどう思っているのかはともかく、こいつの行動指針はこいつ基準の勇者として……ということを前提としているようだ。そこら辺結構危うい感じがあるけどな。


『だから一緒にいるためなら、僕は君が望むことならなんだってするよ。勇者としてだけど……どんなことだってしてみせる!』

『ん、今なんでもするって……?』


 それで続けてのあの一言は余計だったね。別にエッチいことを考えてたわけじゃないよ。いや一瞬考えてたけど『こいつが欲しけりゃ一発やらせな』とかね。それもう完全に鬼畜さんじゃないですか。さすがに健全な一般市民である俺にはハードル高すぎますよ。だからすぐにハッとなって口を閉じたんだけど駄目だったね。

 急激に顔色が変わったザイカンさんが出した妥協案がこれだった。そう、あの親父。神官戦士のくせに俺に呪いをかけてきやがったんだ。


「女にしちまえば悪さもしないだろうってさ。だからって本当に女にするか?

 マジで?」


 さすがファンタジーだな。なんでもありだよ。俺の聖剣を消しちまうとは。

 あー、スースーする。あるべきものがないってのは落ち着かない。


「性別変換のカースジェム『エクセス』を使われたわけね。なるほど」


 魔術ではなく呪いのジェム。そいつをザイカンさんが持っていた理由は簡単だ。マキシムの性別がバレそうな時に使ってたんだよ。そりゃあバレないよな。実際に男になってたんだからさ。


「呪術はかかると厄介よ。対象者の魔力を吸い上げるから永続的だし、外すのも簡単じゃない」

「神官戦士のお父さんなら外せるけど……仕事が終わってちゃんとこっちの事情を説明できるようになるまでは解呪しないって約束してるんだよ」


 ようは貞操帯代わりってわけだ。高位の司祭や呪いを浄化するスペルかスキル持ちならどうにかなんだろうけど、呪いを解除したなんて見りゃすぐ分かる。外したって時点であっちも約束を破ったって言えちまうわけだ。


「仕事が終わってっていうと護衛でしょ。そんなにはかからないでしょうけど、そうなると神託者認定式はどうするのよ? いきなり性別が変わってるって不審がられない?」

「そっちは大丈夫だと思う。こっちにはタカシの身元を隠すためって大義名分があるからね。まあなんとかはなるよ」


 マキシムがそう言う。どうもマキシムは俺が女になったこと自体は気にしてないみたいだよ。ザイカンさんの提案を受けた時に俺は軽く抵抗しようとしたが『タカシなら問題ないさ』ってあっさりと返しやがったからな。

 反対するタイミングも逃しちまった。


「あの……どなたか来てらしたので……あら、マキシム様戻ってらしたんですね」


 って、リリム起きてんじゃん。ベッドの周りについてたカーテンから顔出してきたよ。んー、顔色はまだちょっと良くないが以前に比べれば全然マシだな。


「ええと……それで、そちらの方はタカシ様の……妹さん?」

「本人だ」

「は? どういう趣向です?」

「俺が聞きたい。つか、お前。身体の方は大丈夫か?」

「はい、ご迷惑をおかけしました。いえ、けど本人? 本当に?」

「マジだ。マジ。つか、それより今回は闘神の法衣を身に付けてたからマッパじゃなかったぞ。前回気にしてたみたいだからな。最初に起きたら教えておこうと思ってな」

「あの、そういうこと言わなくていいんで。ハァ、本当にタカシ様なんですね」


 睨まれた。けど、カードから出した装備は基本、本人のサイズに自動で合うように調整されるからな。前回、リリムは服が破けてマッパだったことをひどく気にしてたから親切に教えてあげただけなんだけど……いや、睨むからこれ以上は言わないけどさ。


「ともかく、タカシ様もお帰りなさい。マキシム様にもご心配をおかけしました」

「いや、君が目を覚ましてくれて良かったよ。体の調子はどうだい?」

「はい。以前は目が覚めても全く起き上がれませんでしたが今はそうでもないです。体が少し慣れたのでしょうか?」


 確かに前回も起きるのに三日かかったが、起き上がるのには一週間もかかった。見た目ももっと酷かったし、今みたいにまともに動けるような感じじゃなかったんだよな。これは耐性がついて来たってことかね?


「ま、リリムが復帰できて何よりだ。こっちはこっちで大変だったんだけどな」

「その姿を見れば分かりますが……」

「大変ね。それでタカシが女になると言う条件で納得したと言うわけか?」


 サライさんの問いにマキシムは首を横に振る。


「とりあえず保留かな。今のタカシの事情の一切は基本秘密だからね。話せる状況になったら、ちゃんと話せること話して今後のことを決めるって。それにアルトはタカシがノックアウトしたからよく分かんないしね」

「なるほどねえ。その姿からして話がこじれたんじゃないかとは思ったけど、え? ……タカシがアルトをノックアウトした? え? ええ?」


 驚いてるな。まあ、なんか凄い聖騎士さんらしいからね、あいつ。


「はい。ぶっ飛ばしました。マキシムの幼馴染をこの拳でぶん殴りましたよ」

「本当に君があのアルトを? マキシムがキレて暴れたわけじゃなくて?」

「失敬だなサライ。誓って言おう。僕は手を出していないし、タカシにも非はない。悪いのは話をまともに聞かなかったアルトなんだからね!」


 ザイカンさんは最後に折れたからまだしも、アルトに至ってはいきなりキレて俺に襲いかかってきたって構図なわけだからな。今マキシムの中でアルト株が大暴落中だ。あのイケメン、可哀想に。まあ、自業自得ではあるんだけどさ。あいつの立場から考えると男としては最悪の状況すぎて、本当に胃がシクシクする。


「けど、なんで? いや、そもそもタカシがどうやって?」


 あー、その顔はこのもやし野郎がそんなことできるわけねーだろって顔ですね。


「カウンターだよ。拳でね。こうビュンビュンって」


 マキシムがそう言って拳を振るった。そう、俺がしたのはカウンターだ。それもスキルや竜腕で上乗せされた強力な一撃だった。


「カウンター? ああ、なるほど。そういえばタカシ、あなたカウンターのスキルをふたつ手に入れていたわね。けど、こんなすぐに使いこなすなんて。アレ、タイミングがとても難しいのよ。二枚重ねだと、より狙いがシビアになるせいで難易度は格段に上がるし。スキルとの相性が良かったのかしら?」


 へぇ、あのスキルってそういうもんだったんだな。けど、俺には神弓の未来視的な能力があるからな。すでに視えているタイミングに合わせるのなんて楽勝だったよ。ぶっちゃけこの組み合わせヤバいかもしれない。


「いや、本当に何をしているんですかタカシ様は?」

「俺にもよく分からん」


 リリムが困惑しているが、俺にもよく分からんし、とりあえずは後回しになったので、今はいいのだ。


「ハァ、ともかくあとでザイカンにはフォローしておくわ。アルトのことも気になるし」

「頼むよサライさん。それに大体の問題はあんたの煽りのせいだったと思うぜ。ふたりとも最初っから俺を敵視してたしな。アルトなんか泣きながらいきなり殴りかかってきたんだぜ」

「そう言われてもねえ。嘘は言っていないし、盛ってもいないわよ。少なくとも自分の目で確かめる……という程度の判断力は持たせていたはずなんだけど、どこで見誤ったのかしら?」


 よく分からんが昨日酒場でなんかあったらしいしな。つかサライさん、あの酒場にいたはずなんだけどな。特に反応なかったってことは気付いてなかったんだろうな。まあ、色々と不幸なすれ違いがあったってことなんだろう。まったく酒は飲んでも飲まれるなだよ。


「ハァ。まあ、いいわ。それで、私の方はローエン様と会える目処をつけてきたわよ」

「お、マジでか?」


 サライさん、ザイカンさんの件はともかく仕事はできる人だ。


「実はうちの旦那が護衛の任務についていてね。さっき連絡があって会うって伝えてきたわ」


 って、出来レースじゃねーか。サライさん、あんたそんなこと言ってなかったじゃん。


「なーに、そんな話聞いてないって顔してんのよ。護衛情報なんて漏らせるわけないでしょ。あっちからオーケー出たからようやく今言えたのよ」


 ああ、なるほど。マキシムの護衛の件みたいなものか。それに旦那って……確かこの人って勇者だったよな?


「なあ、サライさん。勇者って結婚出来んのか?」

「当たり前じゃない」


 そう言ってからサライさんがマキシムを見て「ああ」と口にした。その様子にマキシムが真顔で「僕は二つのことが同時にできるほど器用じゃないしね」と言葉を返してきた。んー、そうなの。まあ、個人の自由だしな。俺には関係ねえし。


「サライ様の旦那様というと……タカシ様、その方は戦鎚の勇者ダルシェン様ですよ。この聖王国では聖剣の勇者ドーラ様と二分する実力者と言われている方です」

「はっはっは、うちの旦那も有名だからね。けど、ドーラに勝てるかっていうとどうかとは思うけどね」

「旦那なんだから贔屓目に見るかと思ったが、そうでもないんだな」


 俺の言葉にサライさんが肩をすくめた。


「強いってだけならダルシェンも負けてない。ただドーラは『ちょっと』違うからね。ま、それはいいわ。それと会うには条件があるって返されたのよ」

「条件?」

「ええ。ローエン様に会うのはあんたひとりだってね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ