063 和の道
最悪である。マキシムの幼馴染をマジ殴りしてしまった。しかもガントレット『神罰の牙』に竜腕のパワーが乗ったカウンターだ。そこに魔族討伐ガチャで手に入れたスーパーレアのスキルジェム『カウンター』二個もセットしてあって、オマケに神弓の未来視でタイミングもぴったりあったことで完全に決まったわけだ。
うん。ぶっ飛び方が尋常じゃなかったし、正直死んだかと思ったが一応アルトは生きてた。曲がりなりにもあいつも聖騎士だ。なんかファンタジーの力で死ななかったっぽいくてヒナコちゃんに病院に運ばれていった。
そして、問題はその後だ。流石の俺もね。これはヤバいと思った。これ以上拗らせるのはいかんと理解していた。だから俺は恥も外聞もなく必死でマキシムの親父さんの説得をしたんだ。
ここにきた経緯や今の状況はマキシムの威嚇によって止められたが……それはそれで仕方がない。マキシムも護衛中の留守を狙われたり、護衛中に俺らを橋から落とされたり、結局俺らを聖王都の騎士団に救出されたりしてる。ぶっちゃけ客観的な評価だとこいつ護衛能力なさすぎって感じだからな。その分、神経質になっているんだろう。
ただ、それ以外のことは真摯的に説明した。昨日のことというのも親父さんの話を聞いてなんとなくだが理解もできた。記憶にはないが、どうも持っていった金以上に飲んでいたのは親父さんが奢ってくれたかららしい。なるほどな。奢られた分を全部酒にしたのか昨日の俺は。まあ、ともあれ親父さんには話せることは全部話した。これで全部解決だ。
「ほぉ。酔った勢いで土下座で頼み込んで人の娘に手を出した挙句、金貨400枚も借りて、それなのに金が手に入っても返すことはせず、ついでに昨日の酒場でのことについては酔っ払って全部記憶にございませんか。なるほどな。ああ、大体分かった。君という人間を完全に理解したよ。私は」
あれ、おかしいな。正直に全部話して誤解は解けたはずなのに何ひとつとして問題が解決している気がしない。
「大丈夫だよタカシ。借金のことなら僕は分かってる。僕だけは君が返してくれるって信じてるからね」
僕だけってことは、親父さんは信じていないこと前提ですね。
いえ、分かります。俺でも信じるのは無理です。けれども神託者限定ガチャがあるからお金はすぐには返せません。はい。
「その男がどうしようもない人間だということは分かった。しかし、アルトを一撃で倒す実力はある。そのガントレットはウルトラレアの神罰の牙のようだが、それだけでアルトをどうにかできるわけもないか。見かけによらず実力の方は確かというわけだ」
「そうだよ、お父さん。こう見えてもタカシはすごいんだからね」
止めなさいマキシム。お前は踏ん反り返るな。父と和解せよ。平和に生きたいんだ、俺は。
「それにしてもマキシム。お前、いくらなんでも土下座されたからっていうのはどういうことなんだ? さすがにそれはないだろう」
まあ、ないな。
「言いたいことは分かるよお父さん。けれど、僕だって簡単に許したわけじゃないんだ。タカシは酔って呂律も回らないような辛い状況にありながら懸命に頭を下げて、真摯に僕にお願いをしたんだよ。血が出るほどに床に頭を付けて真剣に乞われたんだ。あんなに必死な人の姿を僕は今まで見たことがなかった。だったら勇者としては受けるしかないじゃないか!」
「受けるなよ!」
「なんでタカシが怒るんだよ!?」
いかん、思わず叫んだわ。いやいや、だけどマキシム。それはお前が悪いだろ。ほらお前の親父さん、自分の娘の貞操観念が恐ろしく緩かったことにショックを受けてるぞ。なんか「土下座で……え? ええ?」って呟いてるじゃん。あ、頭ブンブン振ってる。なんか顔を強張らせてマキシムに視線を戻したけど、ちょっと涙目だ。
「わ、分かった。そのことは後で、後で話そう。そうか。男勝りというよりもそっちの考えも男的に……ハァ。サライの言っていた通りか。私の教育が悪かったんだな」
めっちゃ深い溜息吐いてるな。分からんでもないが。
あと拗れた原因はサライさんか。ま、これまで出会った人間でここまでのことをチクれる人ってサライさんしかいなかったけどね。ただ俺もゲロぶっかけちゃったしこれで貸し借り相殺だ。命拾いしたな。
「分かった。勇者として受けたということだな。困った人間は見過ごせなかった。お前はいつも通りに行動しただけというわけなんだな」
「そうだよ。僕は勇者だからね」
「そうか。お前とは勇者について改めて話し合う必要がありそうだが、ここまでの話を聞いた上でマキ、改めてお前に尋ねる。お前とその男、タカシと言ったな。ふたりはいったいどういう関係なんだ?」
どういうか。確かに俺とマキシムの関係ってなんなんだろうな。
「タカシは、そうだね。戦友で、今は……護衛対象もかな。ただ、この護衛の仕事は僕だけが請け負ったものだから詳細はお父さんにも言えない。特にお父さんがタカシと協力できそうもないのならなおさらだね」
そう言って睨み返すマキシムに親父さんも視線を背けない。
ふたりの間の空気が重い。
「ふむ、そうか。お前が責任を持って請け負った仕事だというならばそれは聞くまい。しかし、これだけは聞かせてくれマキ。その男はお前の大事な人なのか?」
「だ、大事? うーん。大事といえば、そうだけど……恋人とかそういうのとは違うよ。僕は勇者だもの。そういうことにかまけていられないことは理解しているよ」
おっと、いいぞマキシム。そうだ。そういうことだぞ。親父さんに言ってやれ。俺らは清い、良い関係ですってな。少しだけ親父さんの顔も変わったな。となれば、ここでひと押し入れておくか。
「なあ、親父さん」
「誰がお父さんだ!?」
ヤベエ、めっちゃ睨まれた。親父さんダメ。お父さんダメ。じゃあザイカンさんね。
「あー、いえね。ザイカンさん。マキシムが言っている通り、別に俺とこいつは特別な関係じゃないんですよ。それに今回の仕事が終わったらちゃんとマキシムをお返しするつもりでしたしね。なあマキシム。俺たちゃここでお別れってことになるんだよな?」
「え? いや、僕はタカシと別れるつもりはないよ」
ん? どういうこと? この件済んだら普通はお別れだよね?
「それは……どういうことだマキシム。お前はその男と特別な関係ではないのだろう。シム家は代々ガチャ様に仕えてきた一族。そしてガチャ様の使徒とも言える、最高位『勇者』にお前は選ばれたのだぞ。その責務をお前は忘れたというのか?」
ザイカンさんの問いにマキシムは首を横に振った。
「忘れているわけがないじゃないか。けれど、だからこそこれから先の未来を越えるために、僕にはタカシが必要なんだ。闇の神の力が活性化しつつある今、タカシを守ることは勇者としてするべき責務だ!」
俺を守る?
「本当だったら、今日タカシを連れてきたのはお父さんたちがタカシと仲良くなって、一緒のパーティになりたいって思えればって……そう考えたからなんだよ」
うーん、それはどうだろう。サライさんにチクられた時点で俺の好感度マイナスに振り切れてるっぽかったからなぁ。どうあってもいい出会いにはならなかったと思うぞ。
「ただお父さんたちがそれを認めないというのならば、僕はパーティを抜ける。例えタカシが認めなくとも僕はタカシについていくつもりだ」
「それは認めんぞマキシム。色に狂ったか!?」
「違うよお父さん。でも、そう思われても構わない。僕は僕の信念を貫き通す。お父さんたちと別れることになったとしても僕が選ぶのはタカシの進む道だ。これが僕の勇者としての覚悟なんだよ!」
マキシムが毅然とした顔でそう宣言し、ザイカンさんが膝から崩れ落ちた。不味い。これじゃあマキシムとザイカンさんが決裂し……
「ぐぬぬ、マキ」
「何?」
「分かった。お父さんが悪かった」
あ、日和った。




