006 魔を滅ぼし供物を求めよ
さて、状況を整理しよう。
俺は悲しいすれ違いにより色々と残念なことになっていたが、気が付けば異世界にいた。そこではガチャで武器やアイテムが手に入り、俺は見事にウルトラレアの弓を入手。神様とも出会って天使の女の子を従者にもした。そして、今は魔物の退治に向かおうとしている。
ハハハ、チョット何ヲ言ッテイルカ分カラナイデスヨネ。
「黄昏た顔をして、どうしたんですか?」
「いや……まあ、気にしないで。ちょっと疲れたんだよ」
後ろを付いてきているリリムに対し俺はそう返す。
気疲れというより実際に疲れてる。何しろ俺がさっきまでいたロウトの街を出てからもうすでに四時間も歩き詰めで、しかも森の中を移動中だ。これは現代人の申し子たる俺には少々厳しい運動だ。心なしかリリムも疲れている顔をしているのは何故だろう。こいつ、こっちの人間だし迷いなく俺をここまで連れ出してるんだから慣れてるはずだが?
で、俺がこんなところに何しにきたのかといえば魔物の退治だ。
リリム曰く、街から徒歩で二時間かかるこの森の中にはゴブリンがよく出現するらしいんだと。大地から吹き出す造魔の霧によって魔物ってのは何度でも生み出されるから、いくら倒してもいなくならないらしい。
造魔の霧ねえ。確か世界の危機だって神様も言っていたし、ヤバイもんなんだろうなぁ。まあ、俺が心配しても仕方ないけどさ。にしても……
「いないな」
「見通しの水晶に何か映りませんか?」
リリムの問いに俺は首を横に振る。
俺が持って覗いているのは、スーパーレアである見通しの水晶だ。
この水晶を通して見ると、魔力の反応を感知して光が表示される。俺自身から出ている色は青で、リリムは綺麗な金色の光を放っている。種族によって色が違うらしくて、魔物は紫色の光が出るそうだ。
もっとも今のところ魔物の反応なし。木の上や根っこのところとか鳥や虫の小さな生き物の反応は見えるんだけどな。
ああ、いや……あっちにちょっと紫色っぽい光が見えるな?
「なあリリム、あっちだ。反応がある」
「お、やりましたねタカシ様。じゃあ、とっとと倒して戻りましょう。野営する準備も軽くしかしていませんし、時間的に結構厳しくなってきましたよ」
うん、確かにな。正直言って、こんなところ気軽に来るもんじゃないと思うんだ。ロクな準備もせずに登山しているような感じじゃないか。そこんとこ、どうなんだろう?
それになんか、この見通しの水晶の反応が妙にでかいな。
「こちらでよろしいんですか?」
「うん……そうだと思うんだけど」
おお、近い近い。本当にだんだん大きくなってきた。お? おお?
「なあリリム。ちょっと聞きたいんだけどさ。ずいぶんと反応が大きいっぽいんだけど、どう思う?」
「大きい? いや、どうと言われましても……何も見えませんよね」
「ああ。おっと、森を抜けた?」
「いえ、待ってください。崖です」
リリムの警告を聞いて、俺はその場で踏み止まった。
ガラリと足元の石が転げて崖底に落ちていく。ああ、危ねえ。下に落ちたら助からないな。だって……だってな。なんか『下にいる』しな。
「なあリリム、これヤバいかも」
「タカシ様? あのぉ、なんか唸り声が聞こえてるんですけど」
「あー聞こえちゃったかぁ。そうなんだよ。下になんかいるんだよねえ。ドラゴンっぽいのがさぁ」
「ハ?」
いやぁ、ヤバい。ヤバいんじゃない? どうなの?
あ、リリムの顔色がすごく悪い。こりゃあ駄目だわ。マジでピンチだわー。あーやっちまったわー。死ぬわー。
「ちょっとタカシ様!? ドラゴン? ドラゴンって言いました? そんなの反応で分かるでしょう!?」
「知らねえよ。大きい反応だから近いのかなって思ったんだけどさぁ」
こっちは素人だよ。説明不足なんだよ。チクショオ。
グォォオオオオオオオオオン!
あ、ヤッベえ。炎を吐いてきやがった。けど崖の下からだから顔を引っ込めれば当たらないな。おお、崖に阻まれて炎が壁みたいに上へと噴きあがってる。
「不味いです、タカシ様。さっさと逃げましょう」
「え? けどウルトラレアの弓で倒せないのか。すごいんだろうウルトラレア?」
「馬鹿ですか貴方は。ウルトラレアでも使い手がノーマルじゃあ大した力も出せませんよ。このお馬鹿」
「悪かったな、ノーマルで。じゃあ、お前の流水の槍でサクッと倒してくれよ」
「無理です。無理って……キャアアアア!?」
うぉおお、炎のブレスが近付いてきた。ヤバい。こりゃあ死ぬ!?
よし早く逃げよう。そう思った俺はリリムと一緒に踵を返して一目散に走り出した。
けど、あいつも登ってきたか。ああ、完全にこっち見てるじゃん。追いながら木をバリバリって折ってるし。なんなの、あいつ!? あと俺の横で走っている天使っ娘! お前、戦わんのか?
「なあリリム。お前、神様の眷属じゃないのかよ? 天使ビームとか出せよ。羽根手裏剣でもいいから」
「なんですか、それは? 無理ですよ。私ずっと神殿勤めでしたし。ゴブリンだって一匹も倒したことありませんし。こういうの初めてなんですよ」
おい、ちょっと待て。まさかの素人宣言。そんなんで俺をここまで連れて来たのか。導き手とはなんだったのか。なんも考えてなさそうな装備でここまで来たと思ったら本当に考えなしだったか。ダメだこいつ。不良品だ。
「ああ、この駄目天使………みたいな顔してますね。確かにそう思われても仕方ありません。けれども私、神殿の中で安穏と暮らしてたごくごく一般的な天使族の女なので本当に大したことできませんよ。流水の槍も運良くゲットできただけで全然使ったことありませんし」
うわぁお、ひどいカミングアウトだな。
「クソォ。そんなんでよくこんな森に連れてきたな。お前馬鹿だろ」
「スペックデータだけで考えればゴブリンなんて楽勝なんですよ。ドラゴンじゃなければって、うぃい……近付いて来たぁ!?」
あ、駄目だな。木が全然障害になってない。だったら、ええい。ままよ。俺は雷霆の十字神弓を構えて雷の矢を射った。
グガァッ
「当たった。けど、あんま効いてる感じしないな」
「だから言ったでしょ。いくらウルトラレアでも今のタカシ様はアーツだって使えないんですから」
アーツ? 必殺技だったっけ? って、ぎゃああああ!?
また炎のブレス吐きやがった。ヤバいぞ。炎がやばい。逃げないと。早く走れよ俺の足! お、あれ? マジで速くなった?
「足が光ってる?」
「スキルです。神弓に加速のスキルジェムを二つセットしてたじゃないですか」
「ああ、そういや付けてたな」
雷霆の十字神弓にセットされてる加速のスキルジェムが俺の意思に反応して発動したんだ。これなら逃げ切れるか?
「ちょっと待ってくださぁい。置いてかれたら死んじゃいますよ。私、死んじゃいますから」
あーもう、仕方ねえな。この速度ならドラゴンも撒けるか。だったらどうにかなる? さすがに女の子を囮に逃げたら夢見が悪いしな。
「おい。ドラゴン。こっちだよ」
俺は再度雷の矢を射って、迫るドラゴンに当てていく。
しかし本当にまっすぐ飛んでいくな。雷でできてるから重さもないし、放物線を描かずに直線に飛んでいくから狙った場所が外れない。いや多分なんかの補正も入ってるんだろうけど……集中して狙うと刺さるイメージが頭の中に浮かんで、その通りにピッタシ当たる。すげえな、この弓。
グォォオオオオオオ
おっと、あいつの意識がリリムから俺に変わったか。あとはどうにか撒ければ……てか、なんだこの音? バサァってまさか!?
「おいおいおいおい、飛びやがった。こいつ飛べんのかよ!?」
いや、元々翼はあったけどさ。デカいし普通無理だろ。反則じゃんか、あんなの。けど、ある意味ではチャンスかもしれない。薄い翼ならダメージも通るはずだ。当たれ! 当たれ!
グギャアアアアア
通用しているな。もっと、もっと。おっし。落ちる! けど……
「こっちに向かってくんのかよぉぉおおおっ」
ドラゴンが俺に向かって落ちて来る。不味いだろ、それ。
「がぁ!?」
おおおお、落ちやがった。土塊が正面で爆発したように降ってくる。落下の直撃は避けられたけど、衝撃で転げて……テェ!?
「つぅ、嘘だろ?」
俺が転げた先にあったのは大木だ。しこたま身体を打ち付けたし、それに、こりゃあ木の欠片か。足に刺さって血が出て……背中も痛くて動けないし。マズいな、どうしよう。
グガァアア
ドラゴンは……ああ、そりゃあそうだよな。怒ってるよな。
けど、俺もこんなところで死んではいられないんだっての。しかし痛いな。どこかまだ夢の続きなんじゃないかって思ってたんだけど、これはさすがに違うか。やっちまったな。
ああ、ドラゴンの口から炎が溢れてる。さっきのアレを出すんだろうな。けど身体が動かなくて……いや、そういえばアレがあったな。虹色の枠のあのカード。
「薬草、ゴッドレアのこいつ」
俺はカードケースの一番上のヤツを取り出した。神の薬草、まだ効果も分からないが、ともかく身体を動けるようにするにはこいつを使うしかねえ。俺はこんなところで死んで……