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059 惨劇の前夜

「仲間……ねぇ」


 聖王都にも酒場は当然ある。どれだけ神に祈ろうとも、規律を作ろうとも、人の心はやはりアルコールを求める運命にあるらしい。まあ、飲みたいときは飲めるってのは幸せだ。今はひとりで……だけどな。サライさんはついて来てくれたけど護衛だからと店の外で見張りをしていて、リリムはまだ寝ている。マキシムは年齢だか規律だかで飲めないらしいんだが、懐が寂しいだろうからって気前よく酒代を奢ってはくれた。酒代くらいはさすがに俺も持ってるってのにお節介なヤツだよ。まったく。

 まあ、いいさ。今はひとりになりたい気分だったし、どうも気持ちが落ち着かないんだよ。原因は多分、明日にマキシムの仲間と会うからだろ。なんかさ。ちょっとナイーブになってんだよな。


「ハァ、分かってはいるんだけどな」


 心がざわつくのは仕方ない。

 しゃーねえんだ。マキシムは俺やリリムと違う選ばれた人間ってヤツなんだ。最近じゃあ打ち解けたとはいえ、俺はあいつに比べりゃ大した人間じゃあない。格ってのが違う。自分で言ってて虚しくなるけどな。

 今も護衛として一時的に一緒にいるだけで、マキシムはいずれあいつに相応しい仲間たちの元に戻っていく。そんで魔王や闇の神とも戦い続けていずれは世界を救うんだろう。そんで俺の方は……そうだな。この騒動が終われば元の世界に戻る手段を探しながら、最初にしていたみたいに狩り暮らししてガチャ引いてで暮らしていくんじゃないかな。

 分かっちゃいるんだが……なんだろうな、この気持ちは。


「クソッ。オヤジ、一杯くれ」

「あいよ兄ちゃん。しっかし、しけた顔してやがんな。そんなツラで飲んで酒が不味くならないのかい?」

「うっせえ。気持ちの方が不味いから酒で薄めてんだよ」

「は、酔いだけじゃなく口も回るのかい。まあ、そっちのイケ顔の兄ちゃんに比べりゃあ随分とマシなツラではあるけどな」

「ん?」


 ありゃ、カウンターの隣に如何にもイケメンって顔のヤツとおっさんが座ってるぞ。全然気付かなかったなぁ。それに確かにどんよりとしている。どっちもかなり参ってるって感じだな。何があったんだか。


「申し訳ありません。こんな辛気臭い顔の人間が隣ではお酒も不味くなるでしょう」

「あーいや、特に気にしちゃいないさ。ただ、確かにこの世の終わりみたいな顔してんなアンタ。飲み過ぎか?」


 見るからに女がよって来そうなイケメンフェイスだし、今の一言だけでも礼儀正しそうってのは分かるんだが……その、今は随分とショボくれた顔だな。


「すみません。少しだけショックなことがありまして。うう……」


 飲みながらボロボロ泣いてるし。イケメンが周りに配慮することなく泣ぼろ泣きしてるってことは、よほど辛いことがあったんだろうな。イケメンなのに。


「おいおいアルト、そんな顔しているんじゃあない。私たちはまだマキと会ってもいないんだぞ。今日は仕事だったが、明日には会えるんだ。それなのにお前が今からそんな有様でどうするんだ?」

「はい、ザイカン叔父さん。すみません。一番辛いのはあなただというのに」

「マキ?」


 イケメンとその横のおっさんは親戚か? で、そのマキってのと明日会う予定なのか。んー、よく分かんねえな。というかアルト? どっかで聞いたような……んー、駄目だ。酒が回って上手く思い出せん。


「申し訳ない。見ず知らずの人の前で醜態を晒してしまい」

「いやいや。酒場なんだ。ここはそういうことが許される場所ですよ。なあオヤジ?」


 俺の問いにバーのオヤジが頷く。それを見たザイカンっておっさんが苦笑しながら頭を下げた。


「すみません。マキというのは私の娘のことでして。その、明日に久方ぶりに顔を見せることになったのですが、ちょっと問題がありましてね」

「はぁ。娘さんと……問題ですか?」


 なんだか込み入った話になりそうだが……部外者が聞いていいのかね。


「はい。ここしばらくは娘と離れて暮らしておったのですが……その、娘が悪い男に引っかかってしまったようでして」


 って、話し始めたよ。しかもドロドロな話だよ。ああ、そういうことかい。この人がマキって娘のお父さんで、そっちのイケメンは親戚? そんで恋人なのかな? そんで、ふたりで飲んでる仲ってことは親公認の関係ってわけだよな。あー分かってきましたわ。つまりはこういうことか。親元から離れた娘が別の男にしっぽり騙されて、そんな娘をふたりで明日説得しようってわけか。そりゃあ酒も飲みたくなりますわ。


「ザイカン叔父さん。マキは……まだ……その、ちゃんと話を聞くまでは」


 イケメン、嘆いてるなぁ。こんな顔がいいのに負け組かぁ。

 なんだか急に親近感湧いて来たね。まあ、俺は実績1の勝ち組なんだけどね。


「アルト、そうは言うがな。少なくとも話を聞いた限りでは、こっちも腰を据えて考えないといかんだろう」

「そんなに酷いんですか?」

「ハァ、正直私の育て方にも問題があったのでしょうね。あいつはそういうことへの耐性が無さすぎた。将来的には娘にはこっちのアルトと……と思っておりましたし」


 その言葉にイケメンから大粒の涙が溢れていた。よっぽど好きだったんだろう。痛々しい。


「なんでも、酒場で会った相手に酔った勢いで言葉巧みに騙されて言い寄られて、その……身体を許したそうでして」


 踏み込んだことを言うおっさんだな。一応娘のプライバシーだぜ?


「そいつは御愁傷様です。けど、どうなんですか。それでも娘さんの選んだ相手なんじゃあないんですか?」


 酒場で酔った勢いでナンパされてしっぽりアバンチュールしちゃったわけか。けどなぁ。それだけで騙されただの、悪い男だの言うのも過剰なんじゃないか。娘さんだって合意の上だったんだろ。


「ええ、そうですね。私とて娘を信じたい気持ちはあります。けれども娘はいいように使われて、今だってそいつと一緒にいて……それに金をせびられてもいるそうなんです」


 あちゃあ……そりゃあ、あかんな。金が絡むとロクなことがない。先輩もそう言ってたし。


「金貨四百枚ですよ。娘には金銭の面でそれほど不自由はさせてはいないと思っていましたが……それでも見ず知らずの男に貸すには大き過ぎる」


 確かに、そりゃ酷い。それって俺がマキシムに借りた金額と同じだぞ。金を返す予定がある俺はともかく、それはちょっとあり得ないだろ。


「返す返すとは言いながら、手に入れた金を湯水のように使ってしまう相手らしいんです。そんな男が今も娘と一緒に……あるいは娘の金で今日ここで飲んでいるかもしれないと思うと……くっ」


 あー、もう見えてきましたわ。いいとこのお嬢さんが男にハマって根こそぎむしられそうって状況か。そりゃあ人生転げ落ちてますわ。そういうのってこっちだと多分、娼館に通わされたり性奴隷とかで売られちまうんだろうな。

 いや別にそりゃあ俺の世界でも同じだったか。

 けど……まあ、まだ間に合うよな。こんなに親身になってる身内がいるんだ。それで救われないなら世の中が間違ってんだ。

 ただ、ふたりはまだ気持ちが浮わついてやがる。そうなるとちと厄介だ。突っ走って娘さんに再会して勢いだけで批判なんざしたら、こじれなくていいことまでこじれちまう。そう、昔の俺みたいに……な。


「ま、しゃーねえな」


 面倒だが、乗りかかった船だ。こうなりゃ俺が一肌脱いでやるしかないんじゃねえかな。

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