058 たわわなる対峙
「お久しぶりですねマキシム様」
「ナウラ様こそお元気なようで」
ふたりがにこやかに話している。ほほぉ。ナウラ様、ナウラ様ねえ。俺、その人の名前どっかで聞いたことある気がするわ。気がするっていうか、ちょっと頭が追いつかないんだよね。うん、どういうこと? そこのたわわな人がナウラ・バスタルトさんってマジで? リアリー?
「あら、タカシ様。いかがしましたか? 顔色がよろしくないようですが」
「ああ。彼は話していた相手がナウラ様だと知って緊張しているんだと思いますよ。ほら、タカシ。まったく君も結構ミーハーだなぁ」
「お、おう。そうだな。まさか四大司祭の方とは思わず、色々とその……なんかすんません」
ええと俺、さっき会ってるときに余計なこと口走ってなかったか?
大丈夫だよな? けど、本当にこの人がそうなのか。もっとゴリラっぽい黒いオーラ出してるオバちゃんだと思ってたわ。何なの、そのボリューム。まったくもってけしからん感じですが。
「謝られることなど何もございません。タカシ様がもたらしてくれた神託によって世界は救われるかもしれないのです。タカシ様にガチャ様のご加護と感謝を」
「いやぁ」
ヤバいな。美人で胸もあって優しく包容力が高い。うちのパーティにはオッパイが足りなかったということがよく分かるよ。ハァ……
「ちょっとタカシ、どこ見てるんだい?」
「あ、いや。なんでも」
「ふふふ、おかしなタカシ様ですね」
コロコロと笑う人ですなぁ。人の良さが滲み出てる感ありますが……いや、この人が俺らの敵? どうにも悪い人間には全く見えないんだけど。
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「なあマキシム?」
ナウラ様が去って言った後、俺はその姿が見えなくなったところでマキシムに声をかけた。マキシムが「なんだいタカシ?」と返してきたが、白々しいな。俺が言いたいことぐらい分かってんじゃないのか。
「なあ、マキシム。なんか、あの人さ。滅茶苦茶いい人そうじゃね?」
「うん、そりゃあそうだよ。あの方こそこの聖王国の良心とも言われている人だしね。彼女以上の人格者を僕は知らない」
なるほど。うん、俺の印象の通りだったわ。
「ただナウラ様がアルゴニアス様を亡き者にしようとしていると言ってるのは君なんだけどね」
そう言えばそうだったな。けど俺は悪くねえ。文句はアルゴに言ってくれ。
「まあ、それは置いといてな。実際に会ってみた印象があまりにもな。どう考えても悪い人じゃあねえよ」
「信じられないのは僕も同じさ。でもアルゴニアス様が言ったのは事実なんだろう?」
「そうだな。アルゴが言ったってのは確かだ」
あのチンドラが嘘ついてなければだけどさ。ただ、実際に襲われた身としてはアルゴを信じざるを得ないからなぁ。
「信じるよ。君がここまでの全部を企んで、神託を偽装し、僕を手篭めにして、デミディーヴァを倒して、ナウラ様をハメようとしているというのはさすがにね。ないと思うし」
「人聞きの悪いことを言うな。お前に関しては同意だったはずだ」
俺は土下座をしてお前に頼んだのだろう。いわば精神的にはマキシムの方が上にあったはずで決して被害者ではないと俺は主張する。まあ、覚えてないんだけどな。
「ふふ、君はずるいねタカシ。まあいいよ。とはいえ、あの方が……というよりも魔族が聖王都内で動くにはさすがに目立つだろうし、アルゴニアス様を今現在探索中なのだとすればあちらも探索に集中するんじゃないかな。神託も確認が取れてしまった以上、もう君からは離れたし君がどうなろうと関係ない。だから直接動いて僕らに害する可能性は薄いと思う。もちろん隙を見せなければ……の話ではあるけど」
そうだな。聖王都に着いてから今の所は何もされてないしな。
「元々が見せしめの為に君らを襲ったようだし油断はできないけどね。ただ、今僕らをどうこうするよりも霊峰を奪う方が優先のはずだ。それでこの街は崩壊するからね。あえて疑われる真似をする必要がない」
「この街が深淵に堕ちるだったか。結局それってどういう意味なんだ?」
「そうだね。タカシ、以前に僕が霊峰サンティアはセルフォト山脈の一部だったって話はしたよね?」
「ああ、来る途中の馬車の中でそういう話を聞いたな」
元々霊峰サンティアは幻想界ではなく現実にあった場所で、セルフォト山脈の一角だった……ってマキシムが言ってたっけ。それがどうしたんだ?
「その一角っていうのがそもそもここでね」
「ここ?」
「霊峰サンティアが幻想界に移った後の場所にこの聖王都ジェスタは建てられたんだ」
あ、そうなんだ。おや、じゃあここが元サンティアってこと?
「霊峰サンティアはね。幻想界入りしたとはいえ、場所を移動したわけではないんだよ。位相をズラしただけで、だから今聖王都はサンティアと重なり合っている……いわば表裏一体となっている状態なんだ。だから霊峰にガチャ様の力が満ちている限り、この聖王都もその影響下にあることになる」
「だから、ここは神聖な力に満ちているってわけか」
俺の問いにマキシムが頷く。魔力にも属性があって、神聖によった魔力がこの都市には満ちている……というのが今の俺なら何となく分かる。何しろ、俺の右腕が神聖属性をモロに出してるからな。なんというかマイナスイオン的な感じ?
「そういうこと。だから霊峰の守護竜であるアルゴニアス様が破れ、闇の側のドラゴンがサンティアを支配して闇の神の領域となれば、この都市の属性も反転する。急激な変化は一気に属性変換を加速させて魔都化し、瘴気に満ちて人が息絶え、魔物が跋扈する危険な領域と化す可能性は非常に高いと思う」
「それは……不味そうだな」
「不味いよ。だからこそアルゴニアス様が守護し、高司祭様方が護っているんだ」
聞けば聞くほどノンビリしている場合には思えない。今この瞬間にアルゴが殺されたら街が魔物に襲われるってことだろ?
「なあマキシム。そこまでヤバいなら、教皇様だっけか? お前も報告書渡したんだろ。その人に連絡取れなかったのかよ」
マキシムがこの聖城イスィに来たのは、俺の護衛だけではなく、デミディーヴァの件を教皇に報告するためだ。神託者の件とは違ってこっちは極力秘密にしておきたいらしくて、学都の神官長から受け取った報告書をマキシムが直接渡しにいったんだ。ま、神託者の件ダダ漏れでしたし正解だったよね、それ。
「いやぁ。流石に直接渡したわけじゃないし、話をする余裕もなかったよ。それに正直僕もナウラ様を裏切り者扱いして信用してもらえる自信はない」
「勇者でもか?」
「無理だろうね。現在もナウラ様が聖門を管理している以上、門を壊されたらアウトだ。相手は気付かれていないと考えているから、まだ強硬手段に出ていないんだからね」
あー、そりゃあ……手詰まりだな。
「結局はローエン様って人を頼るしかないってことか?」
「うん。ナウラ様はあんな人柄だし、周囲の方々からの絶大な信頼がある。勇者からの進言だとしても、証拠のない状況でどちらが正しいかを選ぶのであれば僕だってナウラ様を選ぶ。だからアルゴニアス様がローエン様を頼れと言ったのは正しい。彼の方は聖門の管理の前任者で、アルゴニアス様とも知己であらせられるわけだしね。今はサライがローエン様と会えるように話を進めてくれている。それを待って秘密裏に動くのが一番確実だろうね」
「急がば回れってことか。ま、お前が言うんならそうなんだろうよ」
マキシムは大体正しい。だが、急がにゃならんのも確かなんだ。早いとこ、そのローエンって人と会わないと……
「それとタカシ。明日、ちょっといいかな」
「ん、なんだよ?」
何かあるのか?
「実はね。この街に僕の仲間が来ているんだ」
「仲間? ええと、確か重傷を負って今別行動を取っているっていう?」
「うん。この聖王都は治療魔術もしっかりしているからね。僕もここに来てからサライに聞いて知ったんだけど、明日に会う約束をしてるんだよ」
マジか。いや仲間と会うのはいいけど……そうか。こいつも今は一緒にいるけど、信託者の護衛としていてくれているだけでずっと一緒にいるってわけじゃあねえんだよな。
「じゃあ明日は護衛を離れるのか。まあ、久しぶりに仲間に会うんならそりゃあ」
「ええとね。タカシも一緒にどうかなって?」
「俺も?」
久方ぶりの再会だろ。俺なんか混ざっても仕方ねえと思うんだが。いや、こいつにも世話になってるわけだし……そうだな。ちゃんと挨拶ぐらいはしておかないとな。
「分かった。明日だな。こっちももうサライさんの進捗を待っているだけだし、いいぜ。お前の仲間に会わせてくれよ」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ。うん、じゃあ明日はよろしく頼むよ。きっと君ならすぐに仲良くなれるはずさ」
仲良く……ね。お前が言うならそうなんだろうよ。それにこれが終わったらこいつともお別れだ。そもそもマキシムとは助っ人としてパーティ組んだだけで、今だって護衛で一緒にいてくれるだけなんだ。別れちまうのはちょっと寂しいけどさ。こいつは勇者様だ。俺なんかとは住む世界も違う。
「どうかしたかい?」
「いんや、なんでもねえよ」
だったら、俺たちだっていい仲間だったって胸張って別れるぐらいにはしておきたい。こいつの仲間ともきっちり仲良くして、こいつが最後に少しぐらいは残念がる顔をさせてさよならしてやろうぜ。なあ、俺?




