055 暴かれた過去
「神竜の盾……しかもこれはアルゴニアス様の顔を模したものだ。ねえ、サライ?」
「ええ。私もこの聖王都に住んでいるから何度かお呼ばれしたことはあるけど間違いないわね。この四本角の曲がり具合が完全に一致しているもの」
俺が部屋の中で神竜の盾を横倒しに出して(イメージしながら出せばいいらしい)見せるとふたりが驚きの顔を崩さずに盾をしげしげと眺めていた。角の形ねえ。ここまでに会ったドラゴンってみんな似たり寄ったりの爬虫類顔だったけど、そういう差異があるもんなのな。
「こいつはさ。アルゴにもらった神意の黄金符で出したもんなんだよ」
「神意の黄金符……ガチャ様やガチャ様の眷属が選ばれし者に与えることがあるというガチャの結果を確定させるアイテムだね。僕はまだ見たことがないけど」
「意外だな。お前もないのか?」
「勇者だからってもらえるものでもないしね。この聖王都内でも実際に見た人なんて数えるほどしかいないんじゃないかな?」
そういうもんなのか。ということはやっぱりレア度以上にレアなアイテムなんだろうな。ちょっとお得感が出てきた気がする。
「とりあえず、ふたりとも確認はしたな? だったらもう仕舞うぞ。あんま表に出しておきたくないんでな」
俺の問いにふたりが頷いたので、すぐさま神竜の盾をカードに戻した。
締め切った部屋の中だから誰に見られているわけじゃないんだけどな。どういうきっかけでバレるか分かんないし、うっかりナースがうっかり入ってきて、うっかり先生に話して、その先生がうっかりナウラの主治医だったりするかもしれない。
「それはそれとしてさ。状況は分からないけどタカシ、アルゴニアス様を呼び捨てにするのはどうかと思うんだけど」
「んー、あいつが自分でそう呼ばせたんだからいいんじゃね?」
本人公認だからな。チンドラ呼ばわりしないだけありがたいってもんだろ。
ん、なんかマキシムが難しい顔してるな。
「どうしたよマキシム?」
「うん……ねえ、タカシ。ということはタカシはアルゴニアス様に実際に会ったことがあるんだね。その、まさかタカシ。君は聖人だったりするのかい?」
「何それ?」
聖人ってのはこっちきに来て初めて聞いたな。
聖者ってのは来る時に話に出てたけど。
「何それって……あのね、タカシくん。闇の神に自身を奉納した者が魔人と呼ばれているのは知っているかしら?」
「ああ。マキシムが戦ったっていう相手だろ。ん、魔人に聖人……もしかしてガチャの神様の側の魔人が聖人ってことなのか?」
サライさんが頷いた。合っていたらしい。
「一緒にするのは不敬だけどね。まあ、そういうこと。けれど、その反応じゃあ違うみたいね。アルゴニアス様と親しげでその歳……となれば、過去にガチャ様に奉納された者ではないかとマキシムは考えたのでしょうけど」
まあ、異世界人です故。で、なんでマキシム狼狽えてるんだ?
「だ、だとするとどういうことだい? いや、それよりも君がアルゴニアス様に近しい人間だったということはだよ。ただの討伐者だったなんてあり得ないし。もしかしてここまでのことは全部予定通りだったのかい? となるとデミディーヴァのときから……ま、ま、まさか君は僕に近付くために……僕の体をあんな風に弄んだ? あんな忘れられないことを、毎日夢にだって見るようなあんなことを一晩中かけて何度も何度もしたのに……それも全部狙ってやったっていうのかタカシ?」
「ち、違うぞマキシム。そいつは誤解だ。全部偶然だから。こいつを手に入れたのだって前の町でだし」
いやいや、そんな計画的なモンじゃないからね。覚えてないけど。というか本当に俺、マキシムに何したの? 相当なことをやらかしてるっぽいんですが本当にどうにか記憶戻ってくれませんかね!?
「カルタゴの町で? そんな素振りは……いや、そうか。僕が町長の家に行って分かれたあとか」
「お、おう。分かってくれたか。そういうことだ。本当だったら元々はお前にこいつを出すところを直接見てもらって話をしようとしてたんだけどな。って、泣くなよ。おい」
対応に困るぞ。なんか情緒不安定過ぎないか、この勇者様は。
「そうなんだ。うん、良かったよ。タカシのアレが計画的なものだったらちょっと僕は立ち直れなかったかもしれないから。綺麗だって言ってもらえたのなんて初めてで……本当に、嬉しかったんだからね」
「綺麗って、別に男装してようがお前は美人顔だしそのまんまでも普通に綺麗だろ。だから泣くなよ。いや、本当にさ。って、なんで笑う?」
「ねえタカシくん」
「は!?」
あ、そうだった。サライさんもいたんだった。ただ、なんか全く心の底から笑っていない感じの笑顔でこっちを見てて怖いんですけど。
「私はね。一応この子の素性も知っている人間なんだけどね。というか昔は家族同然の付き合いをしてたこともあるわけ」
「ははぁ……え?」
「でね。お母さんがわりだったこともある私は今、すっごく聞き捨てならないことを耳にした気がしたのだけれども?」
ああ、そうか。マキシムと勇者仲間だもんなぁ。そりゃあ別にマキシムが女だって知ってる人間だって他にもいるはずなわけで、サライさんはそれ以上にマキシムと深い繋がりのようで……さっきマキシムの口走ったことは何か大きい誤解を生んだ可能性は高いな。
「ち、違うんだよサライ。タカシとはそのときだけの関係だし、それだけなんだ。僕は勇者としての使命を忘れたわけじゃない。いや、勇者として僕は彼の願いを無碍にはできなかったから、それに受けたってだけで」
「願い? ちょっとタカシくん、あなた一体何したのよ?」
「えっと。ど、土下座した?」
ヤベエ。素直に答えちゃった。めっちゃ睨まれてる。
「それ、どういうこと? もしかしてマキシムに土下座してやらせてくれって頼んだってこと? それでマキシムは受けちゃったってこと? 嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ。でも、タカシを責めないでよサライ。今はもうそういう関係じゃないんだ。護衛と護衛対象の間柄で……あとはお金も貸してるけど」
「お金? ちょっとマキシム、この男にお金まで貸してるの?」
止めてくれマキシム。もう喋らないでくれ。ほら、サライさん。メッチャ睨んできてるじゃん。まるで俺が悪い人みたいじゃんか。
「ねえ、タカシくん。借りたお金っていくら?」
「金貨、よ……400枚です」
「ふふふ、大金ね。ねえタカシくん、サライお姉ちゃんちょっと気付いちゃったんだけど」
「は、はい」
「あんた、そんな借金抱えてるのにさっき気軽にガチャってたわよね?」
「はっはっはっは」
「笑ってごまかさない」
いやいや、違いますよ。ちゃんと目処あってのことだから。
「いや、ほら。神託者に選ばれれば大金が手に入るって話だろ? そっちで返そうと思ってたんですがぁ……」
「金貨400枚」
「は?」
「金貨400枚よ。報酬って」
「は?」
「その上に神託者限定ガチャがあるのにあなたは我慢できるの?」
え、嘘だろ。マキシムに金を払ったら俺の手持ちはワイバーンの換金分しか……いや、待てよ。今回の件も報酬だからリリムに十分の一は払わないといけないんじゃないのか?
「ま、マキシム?」
「え……う、うん。大丈夫だよタカシ。そんな顔しないでね。僕はいつでもいいから」
さすがマキシムだ。
俺が何も言わなくても分かってくれる。そう、返さないというわけじゃないんだ。ただ少しだけ待って欲しいだけなんだ。あ、アルゴの報酬もあったっけ。あれでどうにかなるのか?
「ハァ。あのねえ」
あ、サライさんいたんだった。しかもすっごいため息吐いてる。
「色々と言いたいことはあるけど……今は止めておくわ。この子、予想以上にハマるとダメな子だったのね。マキシム、あとで色々とお話しあるから。それにアルトたちだってここにいるの知ってるわよね?」
アルト? まあ、そりゃあ勇者様だしな。聖王都でも知り合いが多いのか。
「さっき聞いたよ。まあ、呪いの件を考えればこっちの方が確かに治療は早いけどさ。でも話なんて僕にはないし、アルトも別に関係ないでしょ。あーいや、分かった。タカシのことを誤解されても嫌だしね。ちゃんと話はしておいた方がいいね」
止めてくれ。ロクなことにならない気がする。
「分かったわ。じゃあ、それはあとでしっかりと話し合うとして……タカシくん、ともかく話を続けてくれる?」
「あ、ああ」
あとで話するの? このまま、なかったことにならない?
ハァ、まあいい。ともかく、アルゴの件を話さないとな。




