052 醜悪なる神の化け物
さて、状況を整理しよう。
聖王都に向かう途中で馬車を橋から落とされた俺たちはマキシムとも離され、追ってきた魔族と対決。リリムさんはいつも通りに役立たずだが、魔族が召喚した黒イノシシは倒して残りはあいつひとり。よし俺頑張ってる。
「神竜と人間の浅ましき交配種。なるほど、臭いわけだ」
で、あいつイキってるけど顔に余裕がなくなってきてるな。最初から上から目線のドヤ顔だったけどさ。さっきからずっとあいつの中での俺の評価爆上がりしてるし、こいつは強敵だぜ感をバリバリ感じるんだよ。
それに微妙に距離をとってるのはちょっとヤバめと見たからか。離れれば矢の距離……と思ったんだが、どうも射っても弾かれるイメージが浮かんでくる。ありゃあ、なんか仕込んでるな。
「射らぬのか?」
「考え中。変なもん張ってるだろアンタ」
「やはり見えているのか。竜眼……忌々しい眼を持っていることだ」
カマかけだが、やっぱりそうらしい。
多分だけど見えない障壁みたいのがあいつの手前に張られてるな。矢除けと違ってどうもアレは抜けないみたいだ。あの距離で障壁を張って攻撃を弾きながら、召喚を使って一方的に打ちのめすってのがあいつの本当のスタイルなんじゃないか。
けど、どうする? 爆裂の神矢やトライアローと組み合わせりゃ力任せに抜けるかもしれないが、確実性を考えるなら神の薬草を……
「な、なんですタカシ様?」
あ、見てるのバレたか。
いや、けどな。俺考えたんだよ。今俺が神の薬草を使って魔族を倒したとしてもその後に俺が倒れた場合、それはそれでピンチなんじゃないかなってさ。
結局ここから崖を登れる手段もないし、倒れた俺をリリムに任せた場合、下手すると俺は動けないままここで野垂死にしそうだろ。となれば、食べるのは俺じゃなくてこいつだ。
「なあ。リリムや、リリムさん。お前、薬草食わねえ?」
「は?」
やべえ。めっちゃ睨まれた。転がされてボロボロのはずなのにすごい圧を感じる。でもくじけるな俺。こいつを説得できれば勝確になるんだ。
「いやさ。このままだと俺ら、あいつに勝てるか分かんねえだろ? けど俺が薬草食った後に倒れた場合さ。お前、俺運んで崖の上まで登れんの?」
「そ……そうですけど、けど?」
「それにさ。お前だってあいつに一発くれてやりたいだろ?」
「……うう」
うむ、少し揺らいだな。死んでも嫌だとは以前に言っていた気がするが、今は状況が状況だ。さすがにあの魔族は上級竜ほどの脅威度は感じないし、筋肉天使化すりゃあサクッと倒せると思うんだよ。リリムもそれは分かってるし、さっき突っ込んで簡単にノックアウトされたことで自責の念にもかられているはず。ついでにホテルでの恨みもある。
「おい、お前たち。何を話している?」
「すみません。ちょっと取り込み中で」
人が重要なこと話してんのに割り込んでくるなよ負け確の人。ほれ、リリム。神の薬草ですよー。ほーれほれ。食べてー。
「貴様、ふざけてるのか? 出でよ火爆蟲」
なんだ? 三匹の虫が魔族の頭上に出現したぞ。
そもそもアイツ、カードも出してないでどうやって召喚してるんだよ?
『タカシ、あれ危険』
あーマジか。ライテーが言うならそうなんだろうな。
だったら落とす。まずは一匹! イメージ通りに狙って……当たった。って爆発した!?
「当てただと。そのへっぴり腰で?」
うっせえ。へっぴり腰だろうが当たりゃあ正義だ。しかしあの虫は爆裂の神矢と同じ類のヤツか。近付かれたらヤバいな。クソッ、他の二匹も飛んできてる。
「タカシ様!?」
「分かってる。だったら二本で射ち落とせば」
いや、二本同時は無理だ。イメージでも狙いが定まらねえ。だったらまずは一匹。よし、命中した。
「ほぉ、高速で飛んでる物体に当てるか。エルフでも難しいのだがな。しかしもう一体はどうする?」
「こうすんだよ。出ろボルトスカルポーン。悪いが組み付け!」
俺の指示に従ってポーンが駆けて、飛んでくる虫に飛びかかって掴んだ……と同時に爆発した。ああ、どちらも消し飛んだか。やっぱりかなり強力だな。
「ほぉ、召喚体を犠牲にしたか」
クソッ、頼りになるヤツが爆散した。召喚体は一度倒されると、喚び出すのに時間がかかるってのに。けど、今の手はもうあいつも使えないだろ。だったら、今度はこっちの番だ。
「ふん。防ぎきったか。しかし、続けていくぞ。出でよ火爆蟲」
「うっそだろ!?」
あの虫がまた出てきたぞ。一度召喚したのになんで?
「タカシ様。あの男は本物の召喚師です。契約次第ですが、恐らくは虫系統ですし魔力が尽きない限りは召喚数の上限がないのかもしれません」
マジかよ。途端にピンチだな。こうなりゃ、アレ相手に手札で使えそうなのは……
「終わりだな」
「出ろ爆裂の神矢。そんでもう一丁」
矢を二本喚び出した。間に合えよ。
「どうする? まさか二本で射ってどちらも当てられるとでも?」
「そいつは無理だが、こうすんだよ」
俺は虫に向かって同時に爆裂の神矢を射る。
もちろん狙いあってのことだ。爆裂の神矢は当たれば爆発するが、俺の召喚体でもあるわけで。だから魔力のパスで繋がっている俺の任意に爆発させることも可能なんだ。よし、今だ。
「空中で距離を取りながら爆発させただと!?」
イメージでも飛んでる虫を二匹同時に当てるのは無理。けど、イメージで爆発半径ギリギリを見て虫全部にダメージを与えられる場所で爆破することはできる。誘爆して虫どもが爆散していく。イメージ超便利。けど、やっぱりか。
「お見事。さあて。次はどう凌ぐかね?」
また虫が出てきた。三杯目のお代わりか。もう無理。ポーンなし。爆裂の神矢なし。神竜の盾で燃やす? 取り回しが難しいし保つとも思えねえ。後のことを考えている余裕ももうない。というわけでだ。もう待つ時間はねえぜリリム。
「どうするリリム? お前が食わないんなら俺が食うぞ。そうなると倒してもここから出られるかは分かんねえけどなぁ」
「ううううう、仕方ありませんねえ。ホント嫌なんですけど。けど」
あ、この子。まだ悩んでた。けど、やってくれそう。じゃあお食べ。
「む? 貴様、何をして」
「タカシ様、ちゃんと終わった後の面倒をお願いしますよ」
任せろ。おし、俺が渡した神の薬草をリリムが喰ったぞ! リリムさんが薬草を飲み込んだぁあ!!
「あ、ぁああああああああ!」
そして叫んだぁあ!
モリモリと筋肉が膨れていく。いいぞリリム。見事なマッチョダルマだ。やったなリリム。すげえキモい。それに武神の法衣はフリーサイズだからマッチョ天使でもマッパじゃないぞ。ついでに虫もリリムが放出したなんか凄いオーラで爆散していった。いやぁあ、凄え。マジバケモン。
「貴様。なんだ、その化け物は!?」
そして魔族の方は顔が青くなってるな。うん。ありゃあ、完全にビビってる。
まあ分からんでもないけどな。ぶっちゃけあの状態のリリムさん、マジで怖いし。けど本当にヤバいのは戦闘後なんだ。アレこそ化け物だ。今から吐かないように心を強く持っておかないといかんな。心臓叩いとこう。
「クッ、天使族があのような醜悪で哀れな姿に変わっただと! 神の力を用いて斯様な化け物を生み出したとは……なるほどな。このままでは終末は止まらぬと察して形振り構わぬようになってきたわけか。ああ、これではどちらが魔なのか分からぬなガルディチャリオーネ!」
なんかゴチャゴチャ言ってるけど、そういうのいいし。このままやっちゃえリリム……て?
「え?」
『滅びの光を罪人に墜とせ、極限の神罰!』
上空に何か巨大な力が溜まってく?
これってもしかして、あのウルトラレアの最上位スペルじゃね?
「させるかぁああ! 顕現せよ魔神の腕。滅びを導くその手を掲げよ」
対抗して魔族も何かを喚び出し始めた。うわ、なんだよ。あの魔族の方も全然実力隠してたっぽいぞ。どっちも魔力が大き過ぎて、暴風が起きてやがる。あ、ヤバい。
『ポォォオオオオオオ!』
「うぉぉおおおおお!」
次の瞬間だ。魔族の頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がってその中から出現した黒い腕が天に伸び、遥か上空より落ちてきた白い光がそこに落ちて……そして俺が爆風に巻き込まれて木の葉のように宙を舞った。




