040 裏切りの司祭
「後ろどうだ、リリム?」
「はい。見る限りはこちらに来てる様子はありませんね」
「だよな。うん、姿は見えない。どうにか撒けたみたいだ」
ハァ……ドッと疲れた。
あの黒い空飛ぶ群れが近付いたのを見たときは血の気が引いたが、追いかけられていないし、場所までは把握されていなかったみたいだな。あー良かった。
で、俺たちはあの場からクィーンに召喚してもらったナイト二騎に乗ってすぐさま逃げたわけだけど、もう召喚は解除されちゃったし早馬もここまでだな。
何しろチンドラから魔力供給が絶たれた今だと自前でやりくりするしかないわけで、つまりこれ以上はもう俺の魔力もガス欠なんだよ。これで追いつかれたら今度こそお終いだった。
そんで、ここはあの最初にいた転移門の近くか。結構移動したもんだが……
「ライテー、悪いけどお前もそろそろ戻ってもらいたいんだが……そういやこいつの精霊とかはいないのか?」
この右手に装着したガントレットの神罰の牙、一応アーツが使えるようになったんだけど精霊が出てきたりはしないのかね?
『顕現できる精霊は原則ひとり。主武装がなる。ライテー、タカシの一番』
ムンッとライテーが胸を張った。そうだな。お前が一番だよライテー。
そういえばそんなことを前に聞いたような気もする。それでライテーも神弓と共にカードに戻ってくれて今度こそ落ち着いた。
あいつが出てくるのも少しばかり魔力が必要で、普段ならともかく今はそれを与え続けるのもキツかったからな。しっかし、アレだけ戦って成果は核石ふたつか。ショボ。
『まったく、あの状況でよく持ってこれたな』
俺が手にした核石を眺めていると右腕から声が響いてきた。チンドラ……じゃなくて確かアルゴニアスとかいう名前だったっけか? こいつ、卵の状態でもまだ生きているんだな。
「ええと、アルゴニアス様?」
『アルゴでいいぞ人間。俺らは戦友だ。けど結局その腕といいお前は何なんだよ?』
腕の声と共にリリムの抱えている卵が震えている。
本体はあっちで、腕から聞こえている状態は電話の子機みたいなもんなんだろう。ただ、なんだって言われてもなぁ。実際に見てもらう方が早いか。
俺はひとまず神罰の牙を解除して、剥き出しの竜腕を卵に向けた。
『ほぉ』
アルゴが感心したというような声を出してきた。
卵だけど見えてるのか。どういう原理なんだか。
それで俺の右腕は変わらず銀色の鱗が装甲みたいに並んで生えていて、虹色の光を帯びている。これ、寝るときには毛布被せないと眩しいし、綺麗だけどやっぱり派手過ぎなんだよなぁ。
けど、サイズこそ違うけど見た目はドラゴンのときのアルゴとまんま同じだな。
「神竜っぽい腕ってのは言われてるんだけどさ。あんたと話せるのは多分この腕のせいだろ?」
『なるほどな。神竜の血を引く竜人かとも思ったが、先祖返りでもここまで見事な変異はあり得んわな。サイズは人間のものではあるものの、ほぼ完全な神竜の腕じゃあねえか。まさかお前、人サイズの神竜の腕を移植したのか?』
「しねえよ。そもそも神竜って呼ばれるドラゴンと会ったのもあんたが初めてだし」
俺の言葉にアルゴが『ふぅん?』と唸る。
「俺が以前にあの神の薬草を食ってドラゴンを倒した時にドラゴンの血が混じったまま腕を再生させたらこうなったんだよ」
『ハッ、竜の因子を取り込んだってことかよ。ヤバイ真似しやがる。しかし神竜と会ったのは俺が初めてなんだろ。戦ったのがただのドラゴン相手じゃあそんな状態にゃあならねえはずだが?』
そうだな。確かに最初は真っ黒だったからな。
「これは二回目に神の薬草を食ったときにさ。負荷を抑えるために神力をこの腕に集中させたんだよ。そうしたらこうなった。意味分かるか?」
『ああ、そういうことかよ。確かにそりゃあそうなるのも道理だわ』
「どういうことだ?」
『なんつーかな。ドラゴンってのは環境に合わせて進化しやすい生き物なんだよ。で、俺ら神竜ってのは姐御の加護を直に受けとって進化したドラゴンだ。お前はその俺ら神竜とまったく同じ手順を踏んだわけだから、そうなるのは当然ってわけだ』
当然なのか。姐御……つまりガチャの神様だよな。ということはゴッドレアのカードみたいに加護を受けたドラゴンが神竜ってことなのか。って、ちょっと待てよ。
「おい、アルゴ。そうなると神様の加護を受けているのに、あんたは薬草の力に耐え切れなかったってのかよ?」
『うるせえよ。しゃーねえだろ。加護だぞ加護。俺の体には元々姉御の加護がタンマリ詰まってたんだよ。その上に追加でスッゴイ濃いのが補充されたんだから、耐えきれずに破裂もするわ』
んー、そういう理屈なの。つまり元から神の薬草を食ってた状態みたいなもんだったのに、さらに増量したから限界突破して崩壊しちゃったってわけか。しかしなんでこいつ、偉いドラゴン様っぽいのにこんなにガラ悪いんだ?
「ところでアルゴニアス様、現在どのような状況なのですか?」
そんで、ここまで黙っていたリリムがついに耐えきれなくなったのか口を挟んで来た。
「この地が霊峰サンティアだとすると……聖王都からしか通じていない場所に我々がいることも、あの巨大な悪竜が霊峰にいることもとてつもなく異常事態であるように思えるのですが」
リリムの問いにアルゴは少しばかり間を置いた後に『まぁな』と口にした。
『そうだ。メチャクチャ異常事態だ。簡単な話がこの神域はあの闇の神の使徒である悪竜に占拠されたんだからな。畜生が。俺も不意を打たれてなけりゃあ、返り討ちにできたんだが』
「闇の神に神域がって……よく分かんねえけど、それすごくヤバいんじゃないか?」
『ああ、ヤバい。最悪の一歩手前だ』
あ、ハッキリ言われた。ヤバいのか。そうか。
『だからこそ俺も最後の力を振り絞って同胞に助けを求めたわけなんだが……やってきたのがお前らだったってわけだ』
「こっちもいい迷惑だったんだが」
『うるせえ』
えー。実際ここまで善戦したんだから超褒められてもいいと思うけどね。そう思ったらアルゴが『とはいえだ』と続けて口にした。
『正直、お前らが来てくれて助かったわ。俺の仲間がもう一匹来たところで並みのヤツじゃあ、あの悪竜相手には太刀打ちできねえ。だから、ま、感謝はしてるぜ』
あら、ツンデレってますわチンドラ。ツンドラ?
『んだよ、こら。その目はなんだ?』
「ああ、いえ。 別に」
カンが鋭い。さすが神の力を授かった竜だな。まあこのチンドラの好感度がブッ千切っても困るんだけどな。ガラ悪いしな。
「しかし、アルゴ様を倒すほどの悪竜とは」
『不意打ちのせいな。正面からやりゃああんなデブに負けやしねえ』
よほど悔しいのか卵が赤くなってる。
「そうですか。そうですね。神竜様が負けるはずありませんし」
『あったりめえよ』
うーん、そうは言ってもな。正直、普通にやってアルゴが勝てたのかは怪しい気がするぞ。何しろ神の薬草で回復した上におそらくは普段よりも超強力な一撃を放ったのに倒しきれなかった相手だろ。あの悪竜が少なくともアルゴと同等以上なのは間違いないだろうな。
「しかし、だとしても聖王国に救援は呼ばないのですか? 先ほどは同胞に助けを求めたと言いましたが」
『むぅ』
リリムの正論にアルゴの言葉が詰まった。
確かにそうだな。リリムの話じゃあ、ここから聖王国の王都に行けるんだよな? だったら救援ぐらいすぐに呼べると思うんだが。
「神竜様のお力には及ばないまでも高司祭様も勇者様も聖騎士団も聖王都にいるはず。彼らの助力があれば、そう一方的な状況にはならなかったのではないでしょうか?」
そのもっともなリリムの問いにアルゴが唸り声をあげた。
『ぐぬぬ……助力か。そいつは無理だ』
その声には怒りが込められているのが分かった。
何しろ俺の腕がビリビリ震えているからな。このおっさん、メッチャ怒ってる。
『何しろ、あの悪竜を呼んだのは聖王国の四大司祭のひとりだ。裏切られたんだよ、俺ぁな!』




