004 汝、神の声を聞け
俺の人生は今やどこに転がり落ちているのも分からぬカオスな状況にあった。
気が付けばSNSが大炎上し、家バレし、どこかのヨーロピアンな場所にいて、神殿でガチャをして、現在では雲の上で幼い少女と会っている。
一体どこから夢なのか。生放送直前辺り……いや、るみにゃんアナザー7枚が出た直後だと嬉しいんだけどなぁ。
ともあれ俺の前には妙な気配を漂わせている少女がいる。ただその正体についてはなんとなく分かっている。本能的なもんがそいつが神様だって教えてくれている。
「妾は白の神、或いは施しの神とも呼ばれておる。名はガルディチャリオーネ。施神教の主神にして、そなたにはガチャの神と言った方が分かりやすいかのぉ」
ガチャの神様? そう言われると恐ろしく胡散臭い。
「これ、胡散臭いなどと思うでない」
あれ、心の声に反応された。なんなの? やっぱり夢なの?
「ふん。妾は神じゃ。心の内ぐらい読み取れるわ。それにガチャの神というても、そなたが認識しているガチャという概念とは必ずしも同じというわけではない」
「同じじゃない?」
首を傾げる俺にガチャの神様が頷いた。
「そなたは元いた世界から逃げ出したいという意志を受け取った旅立ちの神アザスによって、この世界へと召喚されたのじゃ。その際にそなたには認識を書き換える神の技が施されておる。妾に属する文明の言語に翻訳がされておるわけじゃが、ここまでにもそなたは元の世界のものとは違う文字や言葉を理解できていたじゃろう?」
理解できていた? 確かに全く気にしてなかったけど、神殿内でも言葉や文字が分からなかったという感じはなかったな。つまり旅立ちの神様の力ってヤツで俺はこの世界の言葉が話せているっていうことか。
「そういうことじゃな。ほれ、例えばこのカードがあるじゃろ?」
「あ、俺の雷霆の十字神弓!?」
空中に浮かんだままだったはずだけど、いつの間に奪われたんだ?
「これ、奪うとは人聞きの悪い。このカードは妾と人間の契約の証じゃ。故にそなたのものでもあり、妾のものでもある。これにはそなたらが妾に対価を奉納する代わりに、妾の力を貸し出すという契約が働いておる。ガチャというものは言ってみれば人と神が行う契約じゃ。それで、これを見るのじゃ」
ガチャの神様がカードに書かれたウルトラレアのURの文字を指差した。で、それがなんなんだ?
「そなたの認識ではこれはUR、ウルトラレアという意味となっておるようじゃ。しかし正しくはこういう文字なのじゃよ」
「お、なんだ? 変な文字に変わった?」
URと表記されている場所が歪んで、まったく覚えのない象形文字のようなものが出て来た。雷霆の十字神弓の表記もアラビア語? みたいな文字に変わっているな。つまりはこれが翻訳される前の文字ってことか。
「ふむ、多少は頭が回るようじゃな。この表記はすでに滅びた文明のものなのじゃが、上手い具合に翻訳されておるようじゃ」
なるほど。意味さえ通じていれば、それに書き換えてしまう力が働いているわけか。確かに意味が分かるならそれで良いっちゃいいんだけど、そんなことが俺の頭の中で起きてるってのは変な感じだな。
「そしてタカシよ。妾がここにきたのは他でもない」
ガチャの神様の視線に俺はゴクリと喉を鳴らした。
その目の奥底はとても深く、こちらの内側のさらに深いところまで覗かれているような気がしてならない。多分、実際に見られてるんだろうな。神様だしな。
「元の世界のガチャでウルトアレアを七連続で引き当て、さらにはこの世界に来たわずかな時間でガチャから二度続けてウルトラレアを引き当てた。人の言葉で言えば、持っている……というところか。そなたはなかなか興味深い」
少女が俺に興味……なんて、冗談も言えない目力が目の前のガチャの神様にはある。気をぬくと押しつぶされそうで、全く違う存在なんだって否が応にも分かっちまう。
「ふ、そう怯えるでないわ。妾がここに来たのは言ってみれば保護の一環じゃ」
「保護?」
「そうじゃ、観察するだけならばこうして会う必要もないのじゃが、異世界よりここに訪れた者は大抵が早死にする。しかしなかなか見所のあるそなたをすぐに死なせるのも惜しいと思うて、妾がこうして足を運んだというワケじゃ」
「む……というと、何かしてくださるわけで?」
ただ見にきただけならそんなこと言わないよな。ちょっと期待していいのか?
「ふふ、現金なヤツじゃな。まあ、想像通りじゃよ。そなたに従者と加護をくれてやる。言葉は通じるにせよ、この世界の常識のないそなたがひとりで生活するのは辛かろう。その上に雷霆の十字神弓を持っていることでも知られれば、利用されて使い潰されかねん」
ほぉほぉ、なんだかえらく物騒な話が混ざっているような気がしたけど、従者ってのはお手伝いさんみたいな感じかな。
「有り体に言えばそうじゃ」
「そいつはありがたい。で、どこにその従者さんがいるんです?」
俺が周囲を見回すが、そこは雲の上で、いるのは俺とガチャの神様だけだ。
「ふむ、それはそなたの魂が肉体に戻れば分かることじゃろう。では、顔も見たし言うべきことも言った。それではそろそろ妾も帰るのでな」
「あ、そうなんですか?」
できれば、もう少し話をして色々と教えてもらいたいものだけど、神様だし忙しいんかな。
「そうじゃな。妾も暇ではないし、今回は特別じゃよ。だが、そなたが妾の期待通りの男であればいずれまた出会うこともあろう」
それってどういう意味で……ん? ガチャの神様が指を北の方に指した? なんだアレ。北の先に濃い紫がかった霧が漂っているのが見える。
「ほれ、見えておるじゃろ。邪悪なる意志を。強固な悪意を」
「なんです。アレは?」
それは、ひどく恐ろしいもの……のように感じられる。何か人間の負の感情を煮詰めたような、そんな汚濁のような何かだ。アレは。
「なかなか良い感覚をしておるな。あれは混沌の海と闇の神クライヤーミリアムの神力が混ざり合ってできた造魔の霧じゃ。ヤツは現在活性化しつつあり、世界の危機を産み出し続けておる」
「えっとぉ……それって、なんだかひどく重い話に聞こえるんですけど」
世界の危機とかさ。なんなのそれ?
「実際に人の身ではとても重い試練が今も起きておるし、そしてこれから先も起こり続けるじゃろう。場合によっては人類の全滅もあり得る状況じゃ」
「マジっすか?」
「うむ。十分に可能性はある。そうなればまた世界を始源よりやり直させねばならんし少々面倒なことになるんじゃがなぁ」
全滅とかマジで? どうなんの、それ?
「ほれ、そう惚けた顔をするでない。そなたは異世界から来た旅人。妾もそなたにどうにかせよとは言わぬし、そなたが気にかけねばならぬことでもない。これはこの世界の者たちが自分たちで解決すべきことじゃからな」
あ、そうっすよね。俺って普通の社会人ですし。調子乗ると炎上しちゃうしね。うん、まあ世界を救えとか言われなくて良かった。
「けれどもそなたには力を与えた。故にそれを使ってそなたが自らの意志で選択するのであれば止めはせぬし、怠惰に生きるも、逃避するのでも構わぬ。ただ、お前のすべてを妾は見せてもらう。覚悟しておくが良い」
「へ? うぁ!?」
落ちる? ガチャの神様の言葉が終わった直後、俺の足元の踏んでいる感覚がなくなって、身体が雲から落下して、そして一気に下へと……
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「は?」
気が付くと俺は神殿の中の部屋にいた。
「ああ、お戻りになられましたねタカシ様」
「あんた!? あれ?」
目の前には天使の少女がいる。けど、こいつジョバっていたはずなのに、床には何もなく、濡れてもいない?
どういうことだ。だがわずかなアンモニア臭は確かにしていて……
「ハ? どうかしましたか?」
こ、こいつ……可愛らしく首を傾げやがったが、目が笑っていない。
聞くなと全力で目力だけで訴えてきやがる。クッ、これがプレッシャーか。いいだろう。聞かないでおいてやろう。怖いから。
「そんなことよりもタカシ様。どうやらガチャ様にお会いになられたようですね」
「ガチャ様? ああ、ガチャの神様のことか」
「ええ、この施神教の主神にして、創世神の一柱でもあらせられるガルディチャリオーネ様のことです」
創世神。結構な大物だったんだな。あれ、けどこいつなんで知ってんだ?
「なあアンタ、なんで俺が神様と会っていたって知ってるんだよ?」
「それは、たった今神託がありましたから。そして私はタカシ様の導き手となるようにとガチャ様よりお言葉をいただきました。これがその契約書です」
「お、なんだそりゃ。ええと、導き手?」
少女が出した妙な紙には確かに俺の名前とか契約内容とかが色々と書かれている。
「はい。タカシ様は無垢なる旅人、俗世を知らぬ赤子の者であるとうかがっております。そして、ガチャ様の眷属たる天使族の私はあなたを正しきガチャの道へと導かねばならぬと」
「ええと、つまりあんたが神様の言っていた従者ってヤツか?」
「はい。私は天使族のリリムと申します。これよりあなたの従者を務めますので、どうかよろしくお願いしますね」
そう言ってお漏らし神官少女は白い翼を広げて挨拶をしてきた。
なるほど、さっきガチャの神様が言った従者がこいつってわけか。天使族ねえ。あれ、そうなるともうひとつくれるって言ってた加護の方はどうなってんだろう?