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039 巨獣は暗き霧に潜む

 咆哮がその場に木霊した。

 神の薬草を食べたチンドラの全身から放たれる波動が空気を振動させてる。こりゃあトンでもないな。俺やリリム、マキシムのときともまた違う、もう一段階上の何かに……そんな風に思えてしまうほどの気配を目の前にいる巨大なドラゴンが放っている。


『グォォオオオオオオッ』


 そしてチンドラが叫び声をあげるとワイバーンたちが一斉に飛び退いた。そりゃあ、この殺気を当てられりゃあそうなるか。

 横にいる俺の方も立っているのがやっとなぐらいだ。巻き込まれたら紙みたいにちぎれ飛びそうな……というか俺、この場にいるのちょっと不味いんじゃないか?


「なあ、神竜様? 俺、もう退がっていいんじゃないっすか?」

『うるせえ。『すぐに終わらす』から黙って見ていろ。響け、我が咆哮。我が昂りよ!』


 そう言ってチンドラが喉袋を膨らますといっきに銀の炎を吐き出した。それが広範囲に広がって飛んでいたワイバーンたちを次々と消し飛ばしていく。おいおいマジかよ。たったひと吐きで空が銀色の炎に包まれて、あの群れが全滅しちゃったんだが。なんだよ、それ?


「おお、やるな神竜さ……ま?」

『クライヤーの悪竜めッ!』


 ん、なんだ。終わったんじゃないのかよ。

 ワイバーンを倒したチンドラ様が一番高い山の方を睨みつけて叫んでるぞ。妙に立派そうな岩山だが、よく見るとその頭頂部は黒い雲に覆われて隠れているな。あそこに何かあるのか?


『霧の中で見ているな悪竜め。分かっているぞ』


 しかもチンドラ様、喉袋に思いっきり力を集め始めやがった。

 全身から搾り取るように魔力を集中させてるのが俺でも分かる。全身がビリビリと震えてる。こりゃあ、ヤバ


『デブ竜が、このっ、死に失せろぉぉおお!』


 次の瞬間、白いレーザー光線がチンドラ様の口から放たれた。

 おそらくは銀の炎を収束させた一筋の光の柱。それが山に向かって直進して……けれども空中で何かにぶつかって巨大な爆発が生まれる。


「うわぁああ」


 おおぉぉおおお、ヤバい。見えない壁にぶつかったレーザーの衝撃ですさまじい暴風が吹き荒れてる。真下の森なんていくつも竜巻ができて木々が舞ってるぞ。天変地異かよ。けど山の黒い雲も吹き飛んで中からやたらでかい化け物の姿も見えた。なんだあいつ? 妙に胴体が丸くて醜いが、あのトカゲ顔からしてあれもドラゴンか?


『ォォオオオオオオオオオオオ!』


 どうやら不可視の壁を作っているのは奴らしいな。けど、神の薬草の効果でパワーアップしているチンドラ様のレーザーは強力だ。壁が防げていたのはほんのわずかな時間だけ。


『死にさらせぇええ!』


 チンドラ様の叫びと共に見えない壁は砕け散って、レーザーが黒いドラゴンの右肩を穿ったのが見えた。そしてそいつは咆哮しながら山を覆う黒い雲の中に再び退がっていく。


『チィ……逃したか』

「いや確かに死んではいなさそうだけど……けど、チンドラ様の勝ちだろ。ありゃあ」

『あん? 誰がチンド……ぼ』

「ぼ?」

『ボゲェエエエエエ!?』


 うおぉぉおおお。こいつ拒絶反応が出てんぞ。ヤバい。

 身体中の至るところからキラキラしたあんかけ汁が噴き出してる。


「うわぁあああ。やっべぇえええええ」

『ぐぉぉおおおおおお』


 嘘だろ。こいつガチャの神様の御使いなんだろ。だったら、なんで耐えきれねえんだよ。ああもう、ヤバい。チンピラドラゴンのぶっかけ汁を全身に浴びるとか冗談じゃねえ!? 退避! 退避だぁあ!




  **********




「卵だ」

「卵ですね」


 そう、卵なんだ。

 あの戦いの最後に俺はその場を逃げた。

 爬虫類のものだろうと男のあんな汁を浴びるのは絶対嫌だったからな。いや、だったらメスだったら良かったかといえばノーではあるが。

 まあ、それはそれとしてチンドラ汁は少しだけ足にかかったが、加速のスキルジェムを使って加速したのでどうにか逃げきれた。

 それからしばらくはまるで噴水みたいにチンドラ汁が噴いていたが今は一応止まっている。ただ、終わったあとにあのチンドラの姿はなくて、代わりにドロドロチンドラ汁の中心に卵らしいものがひとつ残されてた。やっぱり卵だよな、アレ?


「なあリリム。俺、あの場所まで行きたくねえから取ってきてくれねえ?」

「え?」


 嘘でしょ!? って顔するなよ。

 あいつ、お前さんの信仰対象の御使い様なんだろ。俺はたんまり残ってる汁に足を突っ込みたくねえし、転んだら悲惨なんてもんじゃないし、俺がトラウマになったら悲しいだろ。その点、お前なら信仰の力があるから大丈夫だ。


「なあ、リリム。ほら、あれって神竜様なんだろ。つまりは神様の御使い。だったら別に汚くはないよな。神様の眷属で天使族の神官さんとしてはむしろ転げ回って全身をドロドロにさせてキャッキャしたいはずだろ?」


 俺の問いかけにリリムがすごい顔をして唸っている。どうやら信仰と生理的嫌悪の境を行ったり来たりしているようだ。けどあのチンドラ、確か自分が死んだら俺ら元の場所に戻れない的なことを言ってたよな。あの状態って大丈夫なんかな? やっぱりアウトかな?


「分かりました。神竜様の汁なら、い……イケます。取ってきますよ」

『いいや、その必要はねえよ』


 リリムが悲壮な顔をしてようやくやる気になった途端に右腕から声が聞こえてきた。なんだ。せっかくリリムが乗り気になったのに邪魔しやがって。この声、チンドラだな。生きてたのか。あ、卵が浮かんでふらふらしながらこっちにやって来てる。


『まったく酷い目にあった。クソッ、負荷がデカすぎる』

「ええとチン……神竜様?」

『また妙な呼び名を口にしようとしやがったな。まあ今はいい。あとでしばくが』


 え、しばかれるの嫌なんですけど。


『なんだ、その顔は? この姿はな。休眠状態のときになるもんなんだよ。俺の体は元々神力が込められていたからな。そこにさらに強力な神力を流し込まれたせいで、負荷の限界を超えて破裂しちまった。まあ、すぐにとはいかないが元には戻れるから心配するな』


 マジか。さすがにヤバいと思ったが、これ一応セーフか。良かった。


『まあ、それはそれとしてだ。和んでる時間なんてねえ。早くここから逃げるぞ』

「え、今ワイバーンもその親玉っぽいのもひとまずは倒したんじゃないのかよ。ワイバーンの核石も回収したいんだけど」

『バッカか、お前は。それどころじゃねえ。ほれ山を見ろ』


 山って……さっきのでっけえデブドラゴンがいたところだよな。って、あれ? なんか黒雲の中で紫の雷がバチバチ放電してる。なんだ!?


『さっきのはデブ竜はな。俺の巣であるサンティアを奪ったタチの悪い悪竜だ。一応一太刀は浴びせられたが、さっきの一撃では倒しきれなかった。今見えるあの紫の放電は奴の怒りそのものだ。憎悪の波動を感じるだろう? ブチ切れてやがるのさ』

「あ、ああなんとなくはヤバげってのは分かるけど」


 底冷えするような怒りのような感覚を受けているってのはなんとなく分かる。あのデミディーヴァに近いものがあるな。おっかねえ。


『だろう? とはいえ、ヤツもあの一撃を喰らったから当分は動けない。ただ代わりに配下のドラゴンたちが動き出しているはずだ』

「あ……あの、ここサンティアなんですか?」

「リリム、その名前を知ってるのか?」


 俺の横のリリムがやたら驚いた顔をしているが、サンティア? 聞いたことはないけど、もしかしてここって有名な観光地か何かなのか?


「はいタカシ様。霊峰サンティア。幻想界にあるガチャ様の神域のひとつです。けれど霊峰に入るには聖王都にある転移門が必要で、入ることが許されるのも高位の司祭や勇者様など特別な方のみとうかがっています。あれ、ということはあなた様はまさかアルゴニアス様ですか!?」


 誰?


『おい娘、説明はいいからさっさと逃げるぞ。このまま死にてえのか』

「あ、いえ。分かりました。タカシ様?」

「分かってるって。さっさとズラかった方がいいみたいだな」


 山の上にかかってる黒雲の中から鳥の群れっぽいのが確かにこっちに向かって飛んできているのが見えてる。アレが全部ワイバーンってんなら絶対に手に負えねえし、確かに逃げた方が良さそうだ。

 しかしさ、なんだろうな。俺たちゃ一体何に巻き込まれたんだ?

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