036 見知らぬ大地
時間は少しだけ遡る。
俺たちが向かう予定だったガチャリウム聖王国。そこはあのガチャの神様を崇めている、施神教の信仰の中心とでもいうべき国だ。
リリム曰く、四百年前の神話戦争の際にできた国だそうで、教皇と教皇を補助する四大司祭が治めているとのこと。施神教を信奉している他の国々とも繋がりが深く、闇の神の影響が現れた際には聖騎士団を派遣したり、各国の勇者の調整を行って対処したりもするらしい。
だから今回の件もサンダリア王国内で起きたことではあるけど、闇の神の分体であるデミディーヴァが出現したのだから基本的には聖王国の領分にもなる。調査や確認は聖王国も行うし、俺の神託の件でも基本的には聖王国に知らせる義務があるって話なんだよな。まあ、ここまでの話はすべて施神教の信者経由で聞いているので学都があったサンダリア王国が実際にどう判断してるのかは知らないけど。
ともあれだ。そういうわけで俺たちはそのガチャリウム聖王国に向かうことになったわけだが、サンダリア王国からガチャリウム聖王国までは結構な距離がある。
普通に馬車で移動していたら何ヶ月もかかっちまうし、海を渡る必要もあるらしい。
なので学都より南にあるイシュタリア遺跡の転移門を使って手っ取り早く訪ねることになったんだ。
転移、つまりは瞬間移動。ずーっと馬車の旅かと思ってたけど、そういう便利なもんもこっちにはあるんだよな。なんでも各国には聖王国が管理している転移可能な遺跡がいくつも存在しているらしく、だからこそ闇の神への対処も迅速に行えるし、扱えるのが聖王国だけなので他の国に利用されることもないんだとか。
ただ転移門で移動可能な定員は大人ふたりと少ない。
ここまで使った馬車は転移門のある遺跡に置いておくことになり、まずマキシムと付き添いの神官さんが転移門をくぐり、それから俺たちも続けて入ることになったんだ。
で、辿り着いたのがここだった。
俺たちは今山々に囲まれた森の中にある遺跡にいる。その遺跡は先ほどまでいたイシュタリア遺跡に似ているし、転移門も確かにはあるのだけれど、どう見ても長い間人に使われた形跡がない。数十年は誰もきてないような……いやもっとかもしれないな。建物は風化しているし、雑草もぼーぼー生えてるし、人の気配がまったくないんだよ。
「なあリリム。ここが目的地ってことはないよな?」
「あるわけないじゃないですか」
「……だよなぁ」
やっぱりそうだよね。うん。しかしさ。だとしたらどうしたもんよ?
「じゃあさ。一応、これ転移門なんだろ? だったらこれ使って戻ることもできるんじゃないか?」
「そうですね。扱い方を知っていればですけど」
「お前、操作できないの? 神官ってことは聖王国に属してるみたいなもんなんだろ?」
俺の問いに「無理ですよ」とリリムが即座に言葉を返してきた。
「転移門は魔術ではありませんよタカシ様。これはかつて存在したイシュタリア文明の技術の一端であって、使用方法も聖王国の技術者しか知りません。だからこそ、聖王国が遺跡を独占できているという事情がありますから」
うーん、そういえばそんなことを聞いた気もする。
そっか。じゃあ、どうしようか。
「だったらさ。待ってれば助けが来る可能性ってあるか?」
「私たちが正しく転移されていないと分かれば、マキシム様たちも必死で探してくれるでしょうけど……どうでしょうか? この遺跡自体はもうずっと放置されているようですし、ここに飛ばされた理由がそもそも分かりませんから」
ですよね。一応期待はしておくものの、ダメな場合も想定しておかないと不味いか。
「確かにな。となると自力で脱出することも考えておくしかないか」
「それが賢明だと思います」
「だな。じゃあ、ちょっと待って助けが来なかったらひとまずは動いてみよう。案外近くに人里があるかもしれないし」
俺の提案にリリムが頷く。
なので二時間ほどその場で待っていたんだけど結局転移門に反応はなかったし、俺たちはとりあえず書き置きだけ残して遺跡から外へと伸びている石畳の道を進んでみることにした。
けど、いくらか進んだけど周囲はずっと山続きだ。人里どころか人の気配もないな。ああ、シンドイ。大体なんで俺たち、ここに転移したんだろう。ゴッドレア持ちだからってんならマキシムも来ているはずだし、もしかすると俺が異世界人だからか? なんかのフラグ立てちゃったのか? そうであって欲しくはないな。ああ、それにしても疲れた。乗り物欲しいな。ザキルの鎧馬とか手に入れてぇ。アレいいよなあ。馬かぁ。いや……そういえば……
「うーん」
「どうしました?」
立ち止まった俺をリリムが訝しげに見ている。
だが、ちょっと待て。今すっごくいいアイディアが浮かんだんだ。
もしかすると移動手段、どうにかなるかもしれないぞ。
「ちょっと試してみるか。出ろライテー、それとボルトスカルポーン!」
俺の指示にカードから神弓を持ったライテーが出て、ボルトスカルポーンも召喚される。
召喚兵士ボルトスカルポーン。こいつのランクはスーパーレアだが、同ランクの同族であるルーク、ナイト、ビショップよりも戦闘力が落ち、特徴らしい特徴もない普通の兵士の召喚体だ。ただ、こいつには他の召喚体にない能力『昇格』があることはデミディーヴァとの戦闘で分かってる。
そう、こいつは雷を吸収することで別の召喚体に変化することができるんだよ。
「そんじゃあライテー、ポーンをプロモーションさせたいんだけど」
『タカシ、クィーンは無理』
うん。実は前に確認はしてるんだが、そういうことらしい。
賢者の時間のときはできんだから何か条件があるらしいけど、クィーンには今の俺じゃあプロモーションできないみたいなんだよな。
「そっちは分かってる。ナイトで頼むわ」
『ラーイ』
俺の頼みにライテーが頷くとポーンに何やら指示を出してる。
ライテーは他の魔導器に宿る精霊に命令することもできる便利なやつだ。
後は俺がアーツのサンダーレインをポーンに与えれば完成だな。
「そんじゃあライテー、サンダーレインだ」
『イケる。射れタカシ』
イケるか。そんじゃあ射るぜ。
よいしょっと。この矢は魔法の矢だ。なので俺の召喚体に刺さってもダメージはないわけで……
「矢が刺さったポーンを金色の雲が覆って、雷がバチバチいってますね」
リリムのそう口にした通り、ポーンを中心に発生した金雲は内部で雷を発生させて、それを吸収したポーンが昇格していくってわけだ。これはリリムも知らなかった能力だが、デミディーヴァ戦で俺はそれを把握して使っていたからな。今の俺でもできるのは道理だ。
「あ、タカシ様。骸骨の騎士様と骸骨の……馬!?」
そして、そういうことなのだよリリムくん。デミディーヴァとの戦いでクィーンが呼び出したナイトは馬に乗っていなかったが、それは部屋が狭くて必要がなかったから出さなかっただけ。けれども本来のナイトは馬付きの召喚体なんだ。
で、結果は見ての通り。プロモーションしたナイトと共に骨の馬も喚び出されて出現している。放電こそしているが、味方には影響がないので俺が乗っても大丈夫なはずだ。
「ナイト。悪いけど俺を乗せてくれるか。で、お前には馬を引いて先導してもらいたい」
俺の言葉にナイトは文句も言わずに頷いて、骨馬を降りて手綱を手に取りながら前に出た。見た目が骸骨で怖いし文句でも言われたらどうしようかと思ったが、召喚体は基本従順だそうだからな。俺の指示にしっかり従ってくれている。良かった。
「あ……あのぉタカシ様、私もお願いしていいですか」
「ああ、大丈夫だろ。ほれ、こいよ」
現地人なのにリリムは体力ないからな。
うん。リリムとふたりで乗っても特に問題はない。骨馬の鞍も結構良さげなものだし、あまり疲れることもないだろう。
「じゃあナイト。進んでくれ」
そして俺の指示に骸骨の鎧騎士が頷くと、骨馬と共に歩き出した。
ああ、俺はすでに乗り物を手に入れていたんだなぁ。これで移動問題は解決だ。見た目が怖いって以外は。
「魔力は大丈夫なんですか?」
「前の戦闘でまた増えたっぽいし、特に問題はなさそうかな?」
リリムが心配そうな顔をしているが、実際無理をしているわけではない。
神の薬草を再度使った影響で身体が色々と強化されているんだ。繰り返し使えばとんでもないことになりそうだけど効果があり過ぎて逆に怖い。そう何度も使いたいもんじゃないし、身体に無理もかかってそうだから過度な使用はしたくないな。
「ハァ、タカシ様ほどの魔力があれば私もあの魔術が使えるんですけど」
リリムがため息をつく。前回のガチャでこいつが手に入れたウルトラレアのスペルジェム『極限の神罰』。あれは強力過ぎて今のリリムじゃ魔力不足で使えないからな。初期レベルで最大MPを超えた魔力消費量の最強魔法を覚えたようなもんだ。せっかく手に入れても今は戦力にならない。
「そうだな。今のお前には宝の持ち腐れだな」
「ぐぬぬ」
唸ってる。けど仕方ないさ。事実だし。
まあ今回の件が済んだら、解決できるようなアイテムが手に入るガチャでも探してみるかな。神様との契約もある以上、勝手にいなくなったりはしないだろうし、解雇もできない。だからリリムは基本俺の戦力として組み込んでいくしかない。投資もやむを得ない……が、成長すれば強力な魔術が使えるのは確実になった。無駄にはならないだろう。
「とりあえず、こいつがいればあの遺跡まで戻るのもそう時間はかからないだろうし、なーんも見つからなかったら一旦戻るか?」
「そうですね。もしかすると助けがきているかもしれないですし。ただ何かしらの目処は立てたいですね。それと問題は食料です。保存用の干し肉なら一応ありますけど持って二日でしょう。水は竜水の槍を使えば出せますけど」
水が手に入るのはありがたいな。けど、帰る手段がなかったら本格的にやばいか。いや、けど俺には神弓がある。
「なあリリム。一応俺も狩りぐらいはできるとは思うんだけどさ」
雷霆の十字神弓には『意識を集中してイメージをしっかりと持てば、狙い通りに当たるという能力』がある。
だったら木に止まってる鳥を射るぐらいは普通にできるだろう。後はそれを料理できるかってことだけどそっちは俺には無理だ。狩りで手に入れた鳥を自分で食べるなんてそんな野性味あふれた経験にはトンと縁がないからな。
「お前、料理とかできる?」
「ええ、それはまあ。大した腕前ではありませんけどね。ひと通りのことは教えられていますよ」
おお、そいつは心強い。大した腕前ではないと己の分を弁えている辺り、最低限の腕は保証されている感じがするぞ。下手に自信があるよりは好印象だ。
「だったら、ひとまず日が暮れる前に鳥を射っておこうかな。ほら、あっちから群れできてるみたいだし」
そう。実はこの道の先をいった空に鳥の群れの姿があったんだ。あれだけ鳥がいるなら、狙わずに射っても普通に当たりそうじゃないか?
「そうですねえ。けど、タカシ様。あれ、なんかおかしくないですか?」
うーん、そうね。なんというか大っきいかな。前にもこんなことあった気がする。
それにアレ、鳥というか爬虫類というかドラゴン的な? うん? ドラゴン? あれってドラゴン? ふぁ、なんでドラゴン?
「ちょっ、ちょっと、なんですかアレ!? 無数のドラゴンがこっちに向かってきていますよタカシ様」
分かってる。おいおい、マジかよ。巨大な銀色のドラゴンと大量の黒い翼竜がこっちに向かって飛んできてやがるぞ。まさかアレ、俺たちを狙ってるのか? ふざけんな。俺のエンカウント、なんでドラゴンばっかなんだよ!?




