034 覚悟
※今回のタカシ君はいつもよりもちょっと頭がおかしいです。
嘘だろ。信じられない。こんなことがあっていいものか。
口から出るのはそんな言葉ばかりだ。これがアメリカゲームならジーザスとシットを連呼してるところだ。本当に、本当に酷い。ああ、もう死にたくなってきた。ヤバイヤバイヤバイ。
目の前にあるのは薬草、薬草、薬草の山。恐るべきことだ。クソガチャ。そう俺は今クソガチャに立ち会っている。
「タカシ、大丈夫かい?」
「問題ない。成果がないわけじゃない」
大丈夫だマキシム。結果はゼロじゃない。スーパーレアの爆裂の神矢というサモンジェムが手に入っているんだ。それは弓専用で、通常サモンジェムというのはスロットにはさせず三枠のひとつを消費して使うものなんだが、こいつは弓のスロットにセットして使う特殊仕様だ。
広範囲の爆発を起こす召喚矢……つまり強い。
自爆させるようなものだから一度出すとしばらくは使えないが、その分威力は高いからな。使えるぜ。メッチャ使えるぜ、多分。まあ、それはいい。ただ九十回引いて他のほとんどが薬草というのは……さすがに……1600万円分をほぼ無為に溶かしたというのは……あまりにも、あまりにも……
「ここまでエゲツない引きは久々に見ましたな。恐ろしい」
「タカシ、顔色が悪いよ。大丈夫かい?」
「問題ない。続けていくぞ! 残りは単発に切り替えてやってやる!」
今は良くない流れがこの場を支配している。だから俺は刻んでいく。良くない未来を回避する……つもりだったのだが……結果は黄金剣、神竜鋏、黄金の薬草、薬草、薬草。駄目だ。回避しきれない。
黄金剣はハイノーマルで換金用か。神竜鋏はスーパーレアで神属性の竜鋏で続けては爆裂の神矢が二枚め。ああ、悪くはない。だがあとは……不発か。
クソッ、終わった。終わっちまった。俺の2000万のガチャがこんな無様な結果で終了してしまった。こんな終わりなのか。俺の2000万がこんな……あ、ああああああぁぁあ。
「ご苦労様、タカシ。最後まで希望を捨てない。そういう君は好きだよ」
「ふっ、笑ってくれよマキシム。この引きをよ」
視界が歪む。水が溢れている。悲しいなぁ。もう俺の手には何もないんだ。
「そんな顔をしないでタカシ。確かにウルトラレアは出なかったけどスーパーレアはみっつ来たじゃないか。特に爆裂の神矢が二枚はいいよ。雷霆の十字神弓との相性は抜群だし、十分に君の力になる良い引きだった。君は負けちゃいないさ」
「そうかな。そうだな……ああ、そうなんだろうな」
勇者様が言うんだ。そうなんだろうよ。でなければ、俺の2000万が……あ、ああ……駄目だ。涙が止まらない。後悔が心の奥底から湧き上がってくる。
「で、では。私も行きますねタカシ様」
「ああ、頑張れよ」
そうか。次に挑むのはリリムだったな。まあ、見ていただろ。百回引いてこれさ。ガチャってのはさ。魔物なんだよ。俺には、お前の目の前で巨大な魔物が顎を広げて待ち構えている姿が見える。けどなリリム……
「お前が希望を捨てなければ、いつかきっと……あ?」
リリムが投げた十連の壺から虹色の光……だと?
ふっざけんな。まさかあれってウルトラレアか!?
「お、おお。スペルジェム、それもあれは極限の神罰ですぞ。使い手も限られている恐るべきスペルですぞ」
「さらに二枚めも一緒に引いてる!? 最初の十連で……来たよタカシ。リリムさんがやったんだ」
な、ななななな、なんだと。あいつ、まさか俺の運を喰った?
それになんだ。あの艶っぽい顔は。恍惚って感じのアレは最初に会ったときに見たような……そうか、あいつジョバってるんだ!?
「極限の神罰、ゴッドレアにも届こうかというUR+++とも言われている極大魔術のひとつだ。今回のピックアップよりも遥かに強力なカードだよ。彼女はどうやら『持っている人』のようだね」
マキシムのリリムを見る目が変わったか。だが、こいつは気付いていない。
よく見れば分かる。肩の震えではっきりと理解できる。確か前回もウルトラレアが二枚出た時に起こっていた。それにしては下腹部の方は濡れていないが、なにか少し厚みが……
「フゥ」
そうか。こいつ、まさかオムツを。オムツをしているだと!?
「二枚とはすごいですな」
「ええ。魔術の杖は……竜水の槍があるなら代用はできるか」
けれども、ジョバるのはウルトラレア二枚のとき。
まさか、リリムは最初からこうなることも覚悟して挑んでいたということか。
覚悟。そうだ。それが俺には足りなかったのか。百連だから、排出率1パーセントだから一枚は出るだろうな……などという日和った期待で壇上にあがった俺よりも、リリムの方が精神的には上回っていた。そういうことだったのか。
「あれって杖の代わりになるんですか?」
「魔導器なら問題はないはずだよ。ただ補助はないし、今の君では魔力不足で使えないだろうけど」
たかだか十連。されど十連。俺は侮っていた。引く数ではない。引く心構えからして俺はリリムに敗北していた。その差が今の状況を生み出した。
「うう、となると鍛えるか、魔力を肩代わりできるアイテムを手に入れる必要がありますねぇ。あ、スーパーレアの……武神の法衣も手に入れましたよタカシ様!」
「さすがだ、リリムゥ!」
「ヒッ」
ははは、流石だよ。流石すぎる。お前はいつの間にそんなに成長していたんだいリリム?
認めよう。今この場に至っては、お前は完全に俺を超えていた。完敗だ。脱帽だよ。
だがな。俺とて負けてはいられない。覚悟だ。そうだ。俺に足りなかったのは覚悟だった。
それをリリム、お前に教えてもらったよ。地べたに這いつくばろうと、諦めない強い意志こそが神の如き引きを呼び起こすのだと。
「おい神官長! 神官長!!」
「は、はい。なんでしょうか?」
フッ、俺の気迫に神官長が怯えている。だが、それでいい。心の隙、それこそが俺の勝機なんだ。俺は今、戦いに挑んでいる。そして既に相手は及び腰。であれば、もはや勝ったも同然だと。
「前借りを、前借りを頼みたい!」
「なんですと!?」
愕然とした顔をしているな。しかし、そんな弱腰で俺の猛攻をしのげるとでも思っているのか神官長。どうやらかつての切れ味は失われているようだ。お前はすでに俺の術中にいる。もはやこの場から逃げることはできないと宣言させていただこう。
「俺は町を救った英雄なのに、そっちの都合で今はなかったことにされている。本来であれば国からも報酬が出るそうだな! そして、それが今は後回しにされているという理不尽を俺は受けている」
「ええ、それは申し訳なく思っています。ですから報酬も色も付けてお渡しを」
「それはそれ。これはこれだ!」
「なんですと!?」
そう。お金を多くもらえるのはありがたい。だが、そんなこと今は問題ではない。もはやもらった金はここにはない。ないものに感謝はできない!
「だから、前借りを! 名誉はいずれというけれどもならばせめてお金だけは。お金だけはいただけないだろうか?」
「し、しかしここまでにも随分と出費でして。私の権限ではもう払えません」
分かっている。己の立場を過小評価させて道を閉ざそうという行為。社会人にはありがちな防御手段だ。けれども、そんなものは俺には通用しない。あっちの世界で俺がどれほど上司や取引先を泣かせてきたのかをお前は知らない。両方とも泣かせて俺も泣き、誰も得をしなかったことなど一度や二度ではない。営業畑から飛ばされた俺をなめないで欲しい。しかし、いいだろう。押しが足りないならばこうするまでだ。
「頼む!」
「タカシ様!?」
フォームチェンジ、モード土下座。心から、俺は心から願おう。お金が欲しいと。純粋に願おう。魂の慟哭を届けよう。
「止めようタカシ。君は一体何をしてるんだい?」
はははははは、何をしているのかだとマキシム? そんなことは俺が一番よく分かっている。滑稽だろう。無様だろう。しかし、泥水を啜ってでもやらなければならないことが男にはある。それが今なんだ!
「神官長が望むのであれば靴だって舐めよう! 神を倒した男の舌で洗った靴はきっと輝きが違うはずだ!! だから神官長! 男が、こうして男が必死に頼み込んでいるんだ。頼む! 男のプライドに応えてくれ!」
「いやぁ……そのプライド、もう腐ってませんか?」
後ろでボソッと言ったなリリム。勝ち組は黙ってろ。
俺は神官長と男と男の会話をしているんだ。さあ、神官長! 金をくれ! マネープリーズ!
そして俺の絶叫が心に響いたのは神官長ではなくマキシムだった。
あいつは涙を流しながら快く俺に金を貸してくれた。さすが勇者だ。金額は俺がリリムに渡した聖貨200枚分の金貨400枚。それで回したらピックアップのウルトラレアである神罰の牙が引けた。俺は勝った。




