003 神が宿る右腕は雷の如く
「まずは小手調べだ」
「え、いきなり大きな……十連の壺に入れるんですか? 1枚ずつ入れて様子を見たりはしないんですか?」
少女が施しの聖貨10枚を握りしめた俺を心配そうな顔で見てくる。
まあ、確かにいきなり十連……素人ならそう思うかもしれない。十連だとスーパーレア1枚確定という表示もない。前提条件が同じならば理論上ガチャの確率というものは1回ずつの単発でも10連続の十連でも変わらないはずだ。けれども、確率の偏りというものが確かに存在していることを俺は長年の経験で知っている。
連続でウルトラレアが出たという報告も時折あるが、あれこそがまさに偏りが生み出した奇跡だ。その偏りの波を俺は乗りこなす男だと自負している。
そして十蓮というのは偏りが起きたときに連続で高レアを引けることが多い。単発など所詮は弱者の論理。比べるに値しないと俺はここに断じよう。
「大丈夫さ。任せな。ほらよっ」
俺は受け取った施しの聖貨を10枚、大きな壺へと放った。
そして壺の中へと放物線を描いて聖貨が吸い込まれると、光が放たれて中から10枚のカードが浮かび上がってきた。
「薬草、薬草、ポーション、薬草、銀貨1枚、旅立ちのマント、ポーション、ポーション、炎の短剣、加速のスキルジュエル……これは結構良い引きですね」
驚く少女の言葉に俺は「ふっ」と余裕の笑みを浮かべた。
どうやら絶好調らしい。それから俺は宙に浮かぶカードへと視線を向ける。
「あのカードがアイテムなのか?」
「はい。念じることで最大3枚のカードから同時にアイテムを出すことができます。レアリティはノーマル、ハイノーマル、レア、スーパーレア、ウルトラレア。それと特別枠にゴッドレアというものがありまして、旅立ちのマントはハイノーマル、炎の短剣と加速のスキルジェムはレア。あとはノーマルのカードですね」
なるほどな。薬草とポーションが多いが、レアリティは普通のガチャとだいたい同じなのか。使えるカードが同時に3枚というのはちょっとメンドイ制限だが、まあなんでも出せたら戦闘バランスも崩れるというものだしな。
「それで他は分かるんだけど、あの炎の短剣と加速のスキルジェムっていうのはなんだ?」
「炎の短剣は魔力を込めると炎が出ます。まあ、あまり強くはありませんので戦闘よりも主に日常で使うことが多いんじゃないでしょうか。加速のスキルジェムは魔力を込めることで足が速くなりますよ。これは単独でも使えますが、スキルセットをすることで3枚制限を超えて使用が可能となりますし、同じカードをセットすれば上位のスキルとして扱えます」
「スキルセット?」
俺の問いに、少女は自分の懐からカードを出した。
「ええ、これです。出なさい流水の槍」
お、すげえ。カードから水が飛び出て槍に変わっていく。面白い演出だな。
「はい。この槍の柄にふたつ穴がありますよね。レア以上の武器や防具の多くを魔導器と言うのですが、それにはこのようにジェムをはめ込む穴、ジェムスロットがあるんです。炎の短剣のような一体型と同じように武器に魔力を注ぐことで使用できますし、スロットにセットすることで3枚制限を超えてスキルやスペルが使えるようになるわけですね。戻りなさい流水の槍」
なるほど。武器にはめ込むのか。お、槍が水になってそれからカードに戻っていった。
「おお。一応使い道は分かったけど、それでスキルってなんなんだ?」
「スキルとは我らが神ガチャ様へと奉納した力のことです。ガチャ様は奉納された力を宝石に封じ込めて人々に施してくれるのです」
「奉納? 差し出すってことだよな? そんなことをしてなんの得があるんだ?」
自分の力を渡すとか。メリットあるのか、それ?
訝しがる俺に少女はできの悪い生徒を見るような眼をして笑った。
「己が力をガチャ様へと奉納できることは非常に栄誉なことなのですよタカシ様。それに、そうすることで死後のサービスも充実されます。転生後の自分に己のスキルジェムを渡すことを約束してもらったり、裕福な家に生まれることを確約してもらったり、記憶継承をしてもらえることもあるそうです。まあ、そこら辺は本人の希望やガチャ様の意志によって変わるのですが」
「そんなことが……」
死んだらニューゲームみたいなものか。いいな、それ。といってもスキルになるほどの力をつけなきゃいけないってのは何気にハードル高いけどな。俺なら……るみにゃんアナザーを連続で七人引けるスキルか? いや、ありゃあ二度と引けないだろうけど。
まあいいや。じゃあ続けてガチャりますか。
そして俺は再び壺へと聖貨を投げる。
二十連め。
「なんだよ。加速のスキルジェムがまた……」
「結構偏りがありますし。これはこれで悪いものではありませんよ」
三十連め。
「ポーションと薬草が計十個」
「わ、割とよくあるんですよ」
五十連め。
「やりましたよ。鉄の剣と木の盾。ノーマルですけど」
「あの……その剣にジェム入ります?」
「無理ですね。穴空いてません」
「ちくしょう」
六十連め。
七十連め。
「ここまでに銀貨が五に、金貨が一、薬草ポーションいっぱい。もしかすると日が悪いのかも? また出直した方がいいかもしれませんよ?」
うるせえ。今は負けているということは、理論上は俺の勝ちの確率もドンドン上がっていってるんだよ。確率は収束していく。だったら次に良いものが……出るはずなんだ。
八十連め。
九十連め。
百連め。
「百連達成ですね。炎の短剣二本目出ました。あ、百連続いたのでおまけの聖貨を1枚追加します。はい、落ち着いてくださいね」
ギロリと睨んだ俺に怯えたのか、少女は少したじろぎながら空中から出現させた聖貨を渡してきた。ああ、いけない。熱くなってる。駄目だぞ俺。物欲が強すぎてはレアが遠のく。物欲センサーをレア以上が嫌うのは業界では常識だろう。馬鹿野郎が。
クソッ。タカシ、お前はできる男だ。クレバーになれ。炎の如き情熱と氷のような冷徹さを同居させろ。お前はそれができる男なんだ。
「よしっ」
俺は両手で自分の頰を力強く叩き、気合の声をあげた。
同時に少女の足がまた一歩遠のいた。どうやら俺の気迫が少女にまで届いてしまったようだ。フッ、ならば見よ。これが神引き師の答えだ!
百十連め。
「銀貨が3枚に薬草二、ポーション二、それに金貨との見通しの水晶!? これスーパーレアですよ」
少女の驚きの声があがる。来たか。ついに来てしまったか。ツキがやって来た。分かるぞ。俺には見えている。今、俺の頭上で勝利の女神が微笑んでいると!
「残りは3枚。だがそれで十分!」
俺は咆哮しながら小さい壺へとアンダースローで聖貨を投げた。そして次の瞬間、壺の中より虹色の光が天へと伸びて部屋中を満たした。これは恐らくビッグウェーブ。
「う、ウルトラレア。雷霆の十字神弓。嘘でしょ。単発のこの土壇場で!?」
少女が叫ぶ。あり得ないことが起きたとその顔は言っている。だが、これが現実だ。
「凄いのか?」
「凄いなんてもんじゃありませんよ。けど、さすがにこれ以上は!?」
「どうかな。確率は偏るんだろう」
終わらない。奇跡は今も続いている。俺はさらに聖貨をアンダースローで壺へと投げ入れた。そして……
「出た!?」
「ふぅ」
「え?」
なぜか少女が顔を紅潮させて失禁した。虹色の光を前に少女がなぜか失禁していた。いったい何が起きた?
だが驚く俺に対し少女は親指をグッと立てて不敵に笑う。
「お、お構いなく」
「なっ!?」
意味が分からない。狂わせる。ガチャは少女をも狂わせている。だが続けて出てきたのは同じ雷霆の十字神弓だ。それが先ほどのカードと重なって、放電する。
「雷霆の十字神弓が重なってパワーアップしただって?」
「ウルトラレアの武器は重なれば強化されるんです。けど、まさか目の前で……す、すごい!?」
少女も止まらない。なんということだ。だがコインはまだ1枚ある。
「やってください。私のことは構わず早く!」
「ああ、分かってる。確率の偏り。ビッグウェーブが来ている。俺には分かる。だったら、俺はこの一瞬にすべてを賭ける!」
雷光一閃。俺の腕は雷の如き速度で動き、小さな壺へとダンクシュートのような勢いで最後の1枚を投げ入れた。乗っている。今の俺は生放送のあのときのような全能感に包まれている。行ける。俺なら……
だが、壺より伸びた光は小さく、出現したカードの絵柄は
『薬草』
ははは、やっぱりダメか。
さすがに3枚連続というのは……
『否……ダメではないぞタカシよ』
え?
空より声が聞こえた。そして俺は自分の体が宙に舞うのを感じた。
「これは!?」
ふわりと俺の魂は肉体を抜け、神殿をすり抜けて天へと……
『よくぞ我が元へと参った。異世界より来た者タカシよ』
そして、俺の目の前には小さな少女の姿をした神がいた。