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029 神威激突

「ォォオオオオオオオオ!」


 それは多分、己を奮い立たせるために発したものだったんだろう。

 絶叫のような咆哮をあげながらマキシムがひとり駆け出していた。

 カードを二枚取り出して即時発動させ、その身を白銀の鎧で固め、手には巨大な石の剣を出現させた。

 それはもう武器と呼べるのかも定かではない巨大な石でできた刃、全長5メートルの白い石剣だ。あれがマキシムの本当の武器で、あの状態こそがマキシムの本気なんだろう。

 ジェムによるものか鎧の効果か、全身を銀色の光で包んだマキシムは凄まじい速さであの黒い神様に近付いて剣を振り下ろした。それはまさしく電光石火の一撃だ。


「おいおい、嘘だろう」


 だが直後に起きた光景に俺は絶句するしかない。

 なにせマキシムの超重量級の攻撃を黒い少女は片手で受け止めていたんだからな。


「なんで、効いてねえんだよ?」


 受け止めた瞬間に少女の足元の床が崩れて小規模のクレーターができるほどの攻撃だぞ。間違いなく強力だったってのはよく分かる。分かるんだけどさ。なんなんだよ。あいつの、ただ軽く受け止めましたって感じの涼しい顔。


『勇者か。良い腕だが』

「うっ、ぁあああああああ」


 なんだ? 黒い少女の身体から紫色の瘴気が噴き出てきて、それを浴びたマキシムが悲鳴をあげた? それにあいつは石剣をビキリとヒビ入れながらマキシムの身体ごと持ち上げて……


『神の加護が腕輪に宿っているのではな。その刃に我を傷付ける力はないぞ勇者よ』

「うぁっ」


 マキシムと石剣を投げた? 不味い。マキシムの身体が弾丸のように吹き飛んでいく。あんな勢いで壁にでも激突したら……って、リリムか!?


「きゃぁああああ」


 次の瞬間にドーム内をリリムの悲鳴が響き渡った。

 マキシムを受け止めるクッション代わりにリリムが飛び出して天翼結界を発動させたのか。けど受け止めきれずにリリムが弾かれて転がっていく。それにマキシムは、ああ……宙を舞って、跳ねて、俺の前に転がってきて……


「マキシム!?」


 うわ、ひでえ。腕や足がおかしな方向にひん曲がって、身体の内側からは黒い剣のようなものがいくつも突き出ているぜ。なんだよ、これ。意味分かんねえ。何されたらこうなる? こんなんじゃあ、こいつはもう……


「う、く……ごめん……タカシ」

「おいマキシム。大丈夫か? しっかりしろ」


 大丈夫なわけはないよな。だけど、俺はそう聞くことしかできない。

 そんな俺にマキシムは血を吐きながら弱々しく笑った。

 

「ごめん、タカシ。駄目……かな。もう身体が動かない」


 ああ、そうだろうよ。どう見ても人間としてやばい状態だ。こりゃマジで。


「護るって言ったのに、僕は」

「しゃべんな馬鹿。お前、その……なんだ。動くと死ぬぞ」


 完全に致命傷だ。だけど俺の言葉が届いていないのか、マキシムは俺に視線を向けながら自分の言葉を告げていく。


「聞いてタカシ。あいつはデミディーヴァ、神の分身だ。だから、こんな平和な地に上級竜が出現したのも当然なんだ。下手をすれば国がいくつも滅ぶレベルの」


 おいおい、そんなにやばいヤツなのかよ。どうする?

 俺が神の薬草を喰って対抗できるものなのか?

 中級竜は撃退できたけどさ。相手は神様だぞ。いや、けど……


「そんな相手の前に君たちを、君を連れてきてしまった。ごめんタカシ」


 おい、勇者様。なんで泣いてんだよ。


「僕が君を巻き込んだ。でも」


 血がどんどん溢れてる。ああ、分かるよ。このままだと間違いなくこいつは死ぬ。


「それでも最後に君と一緒にいられて良かったと思う。たった一夜の関係でも、それでも僕は」


 で、最後は俺との思い出を抱えてこの世とグッバイか。いやさ。こいつ、アホだな。こんなどうでもいい男に土下座されて、やられて、そいつがいい思い出だって言って死ぬってのか? いやいや、ねえよ。ありえねえ。


「ざっけんなよ馬鹿。お前は勇者様だろ。こんな終わりで良いわけねえだろうが」

「タカシ?」


 はは、勇者様が驚いた顔をしてやがるな。そんで俺が取り出したのは当然ゴッドレアの薬草だ。出し惜しみの意味はねえ。今が切り札を切るときだ。


「いいからこいつを食え。こりゃ薬草っていう回復アイテムだ。知ってたか?」


 考えるまでもない。俺では届かなくとも、リリムでは無理でも、お前はすごいヤツなんだろ? だったら、やれるはずさ。


「そりゃあ薬草ぐらいは……けどゴッドレアって……」

「なーに。こいつを食えばさ。すぐに回復してパワーアップするからよ。大丈夫だ。俺を信じろよ」

「う、うん。けど今の僕じゃあ……意識が。タカシ、君の顔ももう……見え」


 ああ、マズい。こいつの目の光が消えかけてる。こりゃあ、あれだ。もう限界だ。だったら仕方ねえ。食えねえってんなら、俺が噛んで砕いて流し込んでやればいいだけの話だろ。


「うぐっ」


 おい、変な顔すんなよ。仕方ねえだろ。舌入れねえと、喉の奥に入れられねんだよ。血の味か。鉄臭え。ほれ、受け入れろって。昨夜はもっとスゲえこといっぱいしたんだろ。俺は覚えてねえけどな。ひな鳥じゃあるまいし手間かけさせんじゃねえっての……って、うわっ!?

 こいつ、突き飛ばしやがった。


「き、キスだけは守ってたのに。これじゃあもう……僕は本当に」


 うるせえ、ちょっと涙目になってんじゃねえ。散々パッピーなことしておいてキスがどうとかどういう基準だ。エロ漫画の乙女脳かお前は。

 で、さっそく利いてきたか。相変わらずヤバい効き目だな、そいつは。


「なんだよ。元気そうじゃんか。リリムの時と違って意識もまともだ」

「どういうことさ? それに身体が回復? いや、これはもう再生に近い?」

「そいつはな。食ったヤツ自身に神の力が宿るんだ。腕が千切れても一瞬で再生するし、食べたヤツ自体がゴッドレアになるらしいんだよ。ま、ちょっとテンション上がって頭がアレになるはずなんだが」

「ゴッドレアって……何だよ、その反則なのは。僕、聞いてないんだけど」


 勇者様が驚いてるぞ。けど、笑ってやがる。なら分かるだろマキシム? さっきとは違う。今のお前なら神にも通用するはずだ。ほら、今もこっちを睨みつけてるあの黒ロリ、なんか驚いた顔してるぜ。


「そんじゃあ第二戦だ。イケるなマキシム?」


 俺の言葉にマキシムが頷く。目の光が先ほどとは違う。こいつはもう大丈夫だ。


「だけど気を付けろよ。その薬草、効き過ぎてあんま保たないはずだから」

「了解。分かるよ、僕の体の中に凄い力が渦巻いてる。剛力の腕輪の中にあるのと同じものが僕自身の中にある。これなら……ハァアアア!」


 おお。マキシムの持ってる神巨人の石剣の破れてる箇所から水晶が生えてきた。これはあれか。変異ミューテーション。リリムの槍と同じことが今マキシムの剣にも起こってるってことか。


「うん、行ける。神力が宿ったこの剣なら」


 そう口にしてマキシムが立ち上がって、再び駆け出していく。

 石剣の内側から出てきた水晶は石の部分を砕き切って元の石剣と同じ大きさにまで成長していっている。そんで先ほどと同様にあの黒ロリに飛びかかって剣を振り下ろしたが……おっと、今度はあいつ『避けた』な。おお、地面が揺れる。それに床がゴッソリ抉れてる。まったく恐ろしい威力してやがる。


『貴様、それは一体?』


 ほら黒ロリも驚いてるぜ。当たらなかったのは残念だったが、あいつは『受け止めず』に避けたぞ。それは今のマキシムの攻撃がヤツに通るってことだろ。まあ俺に分かることなら、マキシムにも当然分かるわな。


「おや、君さ。余裕が無くなってないかい?」

『……戯言を』


 そら、どっちの目の色も変わった。確信と驚愕。当然、前者がマキシムで後者が黒ロリだ。そして次の瞬間にどっちも一気に攻撃を開始した。黒ロリの影から触手みたいのが次々と飛び出て、マキシムが水晶剣でそれを斬り裂いていく。


「凄い……あれが勇者様」


 戦いを見ている俺の横で、そんな声が聞こえてきた。

 リリムが身体を引きずりながら近付いてきたんだ。


「よぉ、起きたかリリム。神の薬草使ったらアレだ。やっぱり勇者ってのは凄いな」

「ええ。当然です。あの方はガチャ様に選ばれた方……人々の希望となる最高の戦士ですから」


 そういうことをスラリと言うな、お前は。けど、俺にも分かるよ。あいつはスゲえヤツさ。

 あの5メートルの水晶剣。中が輝いてるけど、多分あれは神の力だ。あの神の薬草を食べてマキシムがまともなのも上手く力をコントロールして分散できているからかもな。それにマキシム自身の身体能力の強化も凄まじい。元から強いあいつが今じゃあのトンデモナイ化け物と対等に戦えてる。まあ、俺でさえドラゴンに勝てたんだから勇者様なら当然強いか。


『なぜだ。いきなりこのような力を!?』

「ああ、まったく信じられない。そこだけは同感だよ」


 黒ロリも応戦してるが、まだ戦い慣れてないような感じだ。もしかするとあいつ、このダンジョンでまだ生まれたばかりなのかもな。影から出てくる黒い触手は一度もマキシムには届いていないし……あ、マキシムの身体からまた黒い剣が出てきた。けど、自分で剣を抜いて傷口もすぐに回復した。どうも黒ロリから出てる瘴気に触れると体内から剣が出るみたいだな。どう言う理屈かは分からないけど。

 まあ恐ろしい攻撃だが、それでも薬草の力があればどうってことはない。

 むしろ、瘴気を出した黒ロリに隙が生まれて、そこをマキシムが水晶剣でメッタメタに斬り裂いている。こりゃあマキシム、完全に黒ロリを上回ったか。

 相手もアホみたいに身体を再生させてはいるが、それでもマキシムの攻撃速度の方が上回っている。はは、だんだん動きが鈍ってるぜ。このままなら勝て……


「グッ!?」


 勝てる。そう思った瞬間にマキシムの口からうめき声が漏れた。マズいな。あれは限界か。


「タカシ様。勇者様が」


 クソッ、分かってるよ。分かってるがどうしようもない。限界が来たんだ。俺やリリムの効果時間を考えれば、マキシムがここまで戦えたことは奇跡に近いことだぜ。ああ、動きの止まったマキシムが触手に弾き飛ばされて壁に激突した。そんで、全身からいろんなものが噴き出してる。うわ、ひでえ。餡かけチャーハンみたいになってるわ。ヤバっ。


「あ、ああ……終わ……りましたね。あと一歩なのに」


 リリムが絶望的な顔をしてそう口にした。

 マキシムは……駄目か。まあ、そうだな。お前の気持ちは分かるよリリム。黒ロリも結構ギリギリっぽいのにな。よろけてるし、今もマキシムを警戒した顔で見ている。

 かなり弱体化はしてるはずだが、それでも俺たちでは手も足も出ないはずだ。何しろ相手は神様だ。これでお終いだ。助かったと思ってしまった分、絶望が深くなる。だから仕方がない。仕方ないんだが……


「は、ははは」


 いや、リリムがちょっと真剣な顔過ぎて逆に面白い。


「た、タカシ様、どうしました? いきなりこっちを見て笑って……おかしくなっちゃいましたか?」


 失敬だなお前。別におかしくはなってないぞ。お前の顔に笑っただけだ。ほれ、じゃあ種明かしをしてやろう。


「なあ、リリム。今ってさ。何時だと思う?」

「何時ですか? そりゃあ確か夜中……ですよね。正確なところは分かりませんが」


 うん、このダンジョン内じゃあ正しい時間は分かり辛い。実際、数分前までは夜だったはずだ。けどな、今は違う。

 ほら、見ろよ。これがその証拠だ。


「実はさ。ついさっき朝になったらしいぜ」

「え? あ、それってまさか!?」


 おっと、すぐに分かったか。はは。驚いた顔してるな。ああ、そうさ。そういうことだよ。お前が教えてくれたんだぜ。ここに太陽の印があるカードは陽が昇ればまた使えるようになるんだってな。


「神の薬草が復活してます!」

「そういうことだ。まだ終わってねえんだよ、戦いはな」


 そう言って俺は再びゴッドレアの薬草をカードから取り出すと、そのまま一気に口に含んだ。出し惜しみも迷う必要もねえ。

 そして俺の内側から湧き上がる力を感じたのか、黒ロリが目を見開いてこちらを睨みつけてきた。


『まさか、貴様もだと!?』


 驚いてるな。ビビるだろ。 理不尽だよな。俺もさっきお前を見たときはそうだったさ。

 だけどな。まあ、これぐらいはいいだろ。何しろ人間と神様だぜ。選手交代のハンデくらいはくれよ。で、これが本当のラストだ。


「そんじゃ最終戦、もうちっと付き合ってもらおうか神様よぉ!」

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