027 魔犬の咆哮
「薬草……」
「まあ、そんなもんですよタカシ様」
うん。部屋に入ったら宝箱があったんだ。まあ宝箱というかただの木箱だったけどさ。こんなもんが自然に生まれるのがダンジョンというものらしい。
けど入っていた中身は薬草のカードだった。そう、ただの薬草だ。レア以上が入っていた場合には神殿で浄化が必要だが、ノーマルやハイノーマルの神の力が適用されてないアイテムは普通に使えるんだよな。いや、それはいいんだが……
ただ薬草かぁ。これさぁ。もしかして神の薬草に引き寄せられてるってことなんかね、ハァ。
ともあれ二階層にまで降りてきたけど、今のところ出会った魔物はゴブリンやホーンドッグとかいう犬ぐらいで、ダンジョンとしては普通の状態らしい。俺は初ダンジョンだし、何が普通なのかはよく分からないけどな。
けど低級の魔物だからって油断はできない。というか普通に強いんだよ、あいつら。俺は遠距離から矢を射ってるからいいけどリリムは危なっかしいので結局戦闘するのは禁止になった。
いくら雑魚って言ってもゴブリンってのは人間に近い力はあるわけだし、犬の魔物もえらくすばしっこい。槍の扱いもロクにできていないリリムじゃ安定した対処は無理。俺だって接近されたら普通に戦うのなんてできっこない。この神弓があって本当に良かったし、近接戦をしてくれるボルトスカルポーンのサモンジェムが手に入ったのは結構ラッキーだったな。
ただ、そりゃあ素人の俺たちだからの話で、マキシムの方は豪快に魔物をバッタバッタと斬り飛ばしていっていた。ホーンドッグの首がビュンビュン宙を舞って、ゴブリンの胴体が回転しながら壁に叩きつけられるのを何度か見た。一応、撃退スコアだけなら俺も負けてはいないんだが、俺が対抗できてるのはどう贔屓目に見ても武器の力が大きい。雑魚専ってヤツ? マキシムが豪快に倒していってる姿を見てると間違っても俺のは自分の力とは思えん。
『タカシ、何か強いの……いる』
しばらく進んでいくとライテーがそんな忠告を口にして、それにマキシムの方が最初に反応した。
「へぇ、いい反応だね。優秀な精霊を顕現できるってのは羨ましいな」
「あれ、マキシムもウルトラレアなんて幾つも持ってるんじゃないのか?」
確か神巨人の石剣はスーパーレアだけど、あの重神装備はウルトラレアだよな。他にもウルトラレアを持ってるだろうし。もちろん成長させてないわけないと思うんだけど。
「基本的に精霊はメインのウルトラレアの武器から顕現するものだからね。僕の神巨人の石剣はスーパーレアだから、ちょっと諦めてる」
へぇ、そういう制限とかあったのか。じゃあ俺が別のウルトラレアアイテムを手に入れても出てこないのかね。
「それにしてもアレは……予想よりもひどいな。一旦隠れよう」
マキシムがそう言って俺たちを通路の角に誘導した。
ひどいって……奥から確かに嫌な気配は感じる気はするけど。あ、何か姿を現した。なんだ、ありゃ? ずいぶんとデケエぞ。
「タカシ、あれはブルドケルベロスという下級竜に匹敵する魔物だ。参ったね。間違ってもこのクラスのダンジョンに出ていい魔物じゃないんだけど」
確かに気配からしてさっきまでのゴブリンとかとは比べ物にならないくらいヤバいぞ。何しろブルドックの顔を三つ付けてるケルベロスだ。コワッ。けど、降りる階段はこの先にあったよな。
「マキシム、ありゃどうする。ここを通る必要があんだろ?」
ダンジョン内の地図は学院長からあらかじめ貰っていて、ここまで最短ルートで移動してきたわけだが、三階層に降りるにはこの先に行かないといけないんだよな。あいつ、どっか行ってくれるかな?
「そうだね。アレは配置からして門番の可能性が高い。多分倒さないと下には降りられないだろうね」
「門番?」
「ダンジョンを守る魔物です。ダンジョンには階層ごとにそういう魔物がいる場合があるんです」
ふーん、中ボスみたいなもんか。面倒だけど、そうなるとやるしかないってことだよな。
「あいつは氷結のブレスを吐く。あまり近付きたくない。リリムさん、君は前に出ないで。その槍の腕前では確実に死ぬよ」
「はい、分かりました。しっかり待機しています」
マキシムの言葉にリリムがガッツリ頷いた。
「お前、マジで役立たずじゃねえ?」
「少し前までただの神官だった人間に無茶言わないでください」
それ言ったら、俺も普通のサラリーマンだったんだけどな。今じゃあ数百万をポンポンガチャにつぎ込むクレイジーな人間になってるよ。人間、何が起こるか分かったもんじゃないな。
「なあ、マキシム。接近戦が厳しいってんならまず俺が射っていいか。気付かれてない今なら先手を打てると思う」
俺の言葉にマキシムが頷いた。
よし、それじゃあ射るのは一番強力なやつでいこう。
俺は竜腕に魔力を込めて雷の矢を三本出現させた。今なら最大五本まで矢を産み出せるが、ひとつに纏められるのは三本のみだ。だから俺はこれをトライアローって名付けた。理屈は分からないが二本でも四本でも纏めるのは無理だったから、バランスの問題があるんだろうな。
「捻じれろぉトライアロー!」
三本の矢を捻るようにひとつに纏め上げるイメージだ。
よし、太い一本の矢に変わった。上手くいったぜ。
「へぇ。やるねえ」
マキシムが感心した顔をして見ているな。ふふん。そうだろう。一応俺も努力ってやつはしてますからねえ。
で、俺は矢をブルドケルベロスへと向けた。幸いにもあっちはまだこちらに気付いていない。首は三つ。だが矢は一本。なら狙いは核石狙いの胸か。
「タカシ、狙いは頭部で。アレは三つの頭部それぞれに核石を持っていて全部潰さないと倒せない」
「マジかよ」
つまり頭を全部潰す必要があるってことか。なら狙いは真ん中で……
「射る」
よし、イメージ通りに突き刺さった。真ん中の頭がグッタリ崩れ落ちたし上手く仕留めたな。けど、他のふたつの頭部がこっちを睨みつけてきた。さすがにきづかれるか。そりゃあそうだな。
「やったねタカシ。頭ひとつ倒せたなら随分と楽にはなる。それじゃあ援護を頼むよ」
そう言ってマキシムが突撃していく。
おお、速い。なんか白いブレスを吐いてきたがあれが氷結のブレスってやつか。周囲の壁が白くなってるのが見えるがマキシムは無事だな。盾の力か、ジェムの力か分かんねえけど。
「さすが勇者様。けれど、相手も結構避けますね」
「そうだな。しかしマキシムもよくあんなに動けるもんだなっと」
そう言いながらも俺はちゃんと仕事をするぜ。おし、当たったな。集中して当たったイメージが見えてから射ればちゃんと当たる。すげえな、この弓。けど、相手も動きが速い。イメージでも完全に捉えきれないから、取りあえず当たったイメージが出たら射るようにしているんだが……
「よく当たりますねえ」
「ん、そうだな。イメージを思い浮かべて当たったと思って射つ。そうすると当たるんだよ。この神弓の力なんだろうけど」
「へぇ。そういう能力もあるんですか」
「みたいだな」
さすがにリリムも神弓の能力を全部知っているわけじゃないのか。けど、俺の矢とマキシムの攻撃でブルドケルベロスのダメージも溜まってきた。なら、頃合いかな。
「リリム、アーツを。合体技で仕留める。マキシム、退いてくれ」
「分かったよ」
「はい、アーツ・ドラゴニックコメット!」
マキシムが離れたと同時にリリムが竜水の槍を構えてアーツのドラゴニックコメットを放った。よし、上手くブルドケルベロスの頭のひとつに刺さったか。あのアーツ、誘導性があるらしいからリリムの腕でも当たるっぽいんだよな。だったら次は俺の番だ。
「行くぞライテー。アーツ・サンダーレインだ!」
『ラーイ!』
俺が矢を放つ。そして飛んで行った矢が天井に刺さるとその場で黄金の雲が発生し、そこから落ちた雷が刺さった槍に集中する。
『ウォンッ』『ギャウンッ』
二体分のブルドケルベロスの咆哮が響いてきたが、ふたつ目の頭も破壊できたな。ただみっつめの頭までは仕留めきれていない。よろけてはいるが、恐ろしく生命力が高いヤツだ。それに入ったダメージが中途半端だった理由も分かってる。
「おい、リリムの。槍が折れてるみたいだぞ」
「うう。カードに戻してしばらくすれば直りますけど、氷属性の相手ですからね。水属性の私の槍だと凍って脆くなっちゃうんですよ」
はっはぁ、そういう法則があるのか。そういうことは先に言え。今お前の微妙な役立たなさっぷりが露呈し始めていて、その、ヤバいぞ。正直。
「大丈夫だよ。ここまでやってくれたなら十分」
「マキシム!?」
おっと、離れていたマキシムが再度ブルドケルベロスに向かっていった。そんで、剣に魔力を込めて飛び上がったが……あれはアーツか?
「アーツ・グラビティハンマー!」
やっぱりそうか。おお、スゲえ。剣を振り下ろしたらブルドケルベロスがグシャって潰れたぞ!? あれが重神剣グランのアーツか。さすがウルトラレア、さすが勇者様だな。トドメが派手だわ。
「やりましたかね」
「だな」
うん、勝った。思ったよりも危なげなく勝てたが、やっぱりマキシムは凄いな。俺らだけじゃあ接近されて倒されてたんじゃないか。
ともかくこれでブルドケルベロスは倒したし、確かにゴブリンなんか目じゃない相手だったわけで、勇者様がお呼ばれするわけだってのも理解できたぜ。
そんじゃ道も開いたし地下三階に降りようか。これ以上、強い敵がいないといいんだが……二階でこれじゃあ望み薄だろうな。




