015 勝利の代償は記憶に沈む
怖かった。人間ってあんな怖い感じにも変われるんだな。引き上げられた深海魚の膨らんだ残骸みたいな……ああ、もう思い出したくない。キモかった。人体の神秘だわ。
まあエロいかエロくないかというとエロくなかったし、なんかホラーだったし、そういう意味ではリリム的に女の子としてはセーフだったんじゃないか。ザキルにも口止めをしたし。うん、大丈夫だ……と俺は優しく説明したんだが
「な、リリム?」
「ウワァアアアアアアアン」
駄目だ。リリムさんのショックは計り知れないようだ。
あのドラゴンを追い払ってからすでに三日が経っている。そしてリリムが目覚めたのは実は今朝だ。
ドラゴンは倒したよ。お前も活躍したよ。特におかしなことはなかったよ。と優しく俺は言ったんだが、リリムは一部覚えていたようで、最初はマッパを見られたことをひどく気にしていたんだよ。
だから俺が詳細に状況を語ってエロいエロくないとかそういう問題じゃなくて正視に耐えられなかったから全然セーフだよって、優しく親切に説明したらこのザマだ。
でもさ。ザキルだって遠目から見ていただけだし、なんか「あんなの……あんないい子があんなエグい姿になるなんて酷過ぎる」ってゲロってたからエロ的な問題はないんだぜ。そう説得もしたんだけど効果はなかったな。おかしいよね?
「まあ、あれだぞ。槍も竜水の槍とかいうのに変わったんだろ。成長してアーツも覚えたし、収支は確実にプラスだったんじゃないのか?」
「そういう問題じゃありません!」
駄目だわ。リリムの憤りが収まらない。
けど、ドラゴンの目を突き刺した流水の槍が成長してアーツを使えるようになったのは大きいと思うんだ。それどころか竜属性をプラスした別の武器に変わったんだぞ。変異というらしいな、あれ。
「ともかくだリリム。今回の件はな。もう忘れた方がいい。あの姿を思い出すだけで俺もご飯を食べたくなくなるからな」
「うがぁあああ」
吠えるなよ。本当にクトゥルフ的なヤバさがあったんだからさ。
それに俺だってホントにトラウマになりそうな思いでお前を担いで、だーれも近寄ろうとしないから一応責任を持って看病までしたんだぞ。
もーあの状態からよく元の姿に戻ったものだと思うけど、これも神の薬草の力なのかね。いや、そもそもアレのせいであんなことになったんだけど……たださ。あの薬草の力がなければ勝てなかったし、リリムも死んでいたってのも事実だろ。そう考えると、あの事態はどうしようもなかったんだ。コラテラルダメージというやつだ。仕方ない。
「ハァ、タカシ様がご主人様じゃなければ……して証拠を抹消するのに」
え、今なんつった? 聞き捨てならないこと言わなかったか君?
「ともかく、身体全体が今も動かないですし……どうも薬草の反動はずいぶんと私の方がキツいみたいですね」
「む、それはそうだな」
確かにその通りだ。超強化の持続時間も使用後の状態も、その後だって俺は数時間で意識を取り戻したけどリリムは三日経ってもまだこのザマだ。明らかに俺とリリムには効果と後遺症に差があった。
「タカシ様は所持者だから耐性があるんでしょうか?」
「かもな。別の条件があるのかもしれないが……ともかくどういうものか分かるまでは迂闊に使うのは止めた方がいいか」
「迂闊にというか……私はもう絶対に、一生使いません。二度とゴメンです」
「あ、はい」
なんか、揺るがぬ覚悟をした劇画調の顔をされた。怖い。
それからしばらくしてリリムもようやく落ち着いたようで、俺へと視線を戻した。
「それでタカシ様。三日後と言いましたよね。報酬とか限定ガチャはどうしたんです?」
「ああ、もらったし、やったよ」
リリムの問いに俺はそう返す。ああ、そうだ。報酬はもらった。ガチャもやった。
「私のいない間に……むぅう。私のお給金は残ってます?」
「え、うん。いや、睨むなって。大丈夫だよ、ほら」
俺はリリムの手に金貨10枚が入った袋と、それとは別に金貨20枚が入った袋を置いた。片方は一ヶ月分の基本給。片方は今回の報酬分だ。
どうも詳しく話を聞いたところ、以前に倒したドラゴンは中級竜で今回の件で退けたドラゴンは上級竜だったらしい。詳しい分類は俺には分からないけど、上級竜は町ひとつを簡単に破壊できるようなヤツだったらしく今回の被害は奇跡的に小さいという話だった。
で、あのドラゴンは結局あれからは来なかったし、王国軍が到着したのでひとまず俺はお役御免となった。つか、この町にいると人間不信になりそうなので早々に俺は出て行きたいけどな。
それでもらった報酬だけど、ドラゴンの討伐はできなかったものの依頼は達成したということで金貨200枚をもらった。
それで、そこからリリム用に報酬の十分の一の金貨20枚と基本給の金貨10枚を外し俺の取り分は170枚。それを聖貨に84枚換えて限定ガチャを42回引いた。それから出たゴミアイテムを売り払って最終的に金貨4枚小銭ジャラジャラが今回の俺の最終的な取り分ってわけだ。
八万円ほどあれば、まあしばらくは食いつなげる。というか宿代と生活費だけなら一ヶ月は問題ないはずだ。うん。大丈夫だ。
「…………」
「どうした?」
「いえ。基本給には手をつけられるだろうと思っていましたので。タカシ様の自制心について少々プラス評価を……と」
「なんだよ、そりゃ。俺だってそんなひどいヤツじゃあないぜ?」
「ふふ。分かっていますよ」
ふふふ。俺はリリムと一緒に笑う。当然さ。俺だってあちらでは社会人だったんだ。給料はちゃんと払うさ。爆死してどうでも良くなったわけじゃないぞ。本当だぞ。
そして、それからリリムの体調が戻るまでさらに一週間ほどかかった。その間に探索を続けていた王国軍があいつの巣も発見したようだったが、すでにもぬけの殻だったそうだ。
まあ、とりあえずはドラゴンはこの地域からすでに離れたと判断されたようで、ひとまず一件落着。どこにいったんだかは知らないがもう二度と会わないことを祈ってるよ。
あ、そういや死んでたはずの旦那さんと仲良く歩いてる奥さんを見たよ。あの奥さんさ。町長の娘さんだったんだって。うん。あいつら、グルだったよ。
※飛び蹴りを食らわせています。