145 願望成就
あらすじ:
前回の更新から気がつけば半月以上経っていた。
滅びしエギンスト王国の地下王都ドルチェ。その中央の王塔内にある王の間の玉座、そこには一体のミイラが座っていた。すでに腐り落ちた眼球の代わりに眼底に赤き光宿すそのミイラの名はパラオ。彼はエギンスト王国最後の王にして、ゴーレムマスター、そして国を闇の神クライマーミリアムに売った人類の裏切り者であった。
『やはり反応はないか。盗掘者どもはすでに死んだようだな』
古き時代に封印された彼が目覚めたのは、盗掘者たちの破壊行為の副産物であった。
その盗掘者たちはなかなかの強者だった。パラオの封印を守る大型ミスリルドールとスティールゴーレムたちを倒しただけではなく、その際にパラオの封印をも破壊したのだから。パラオとて正面からやり合えば無傷ではすまなかったであろう相手のはずだが、彼らは城内の護衛ミスリルドール5体をも倒した後、同時に発生した水責めの罠を抜け出すこと叶わず死んだようだった。
この場を離れることができないパラオが直接見たわけではないが以降に罠を解除、或いは破壊された様子もないのだから盗掘者たちが全滅したと考えるのが自然であった。
『寝起きの運動には良いと思っていたが、死んだのであれば仕方あるまい。まあ、こちらも無駄に戦力を減らすわけにもいかんか』
そう口にしたパラオの前には無数のスケルトンたちが立ち並んでいた。豪奢な衣装を纏う骸が、鎧を身につけ剣を携える骸が、ローブを着て杖を振るう骸が並んでいる。それらスケルトンたちは死霊術師の技のように魂を束縛して操っているものではなく、骨そのものに干渉したゴーレムマスターとしての技によるものであった。
さらにスケルトンたちの後方には無数のゴーレムたちが控えている。王塔内で封印を守っていたゴーレムたちはもはや完全にパラオに掌握されていた。ゴーレムマスターである彼にとって、主人なきゴーレムを操ることなど難しいことではなかったのだ。
『何しろ今なお北よりクライマーミリアム様の声が聞こえるのだ。彼の方が再び闇の力を集わせ、世界を破壊し、新生するために動き出している。わが力は全てあの方のもの。そこに余分などないのだ』
闇の神の声。すでに闇の眷属となっている彼にはそれがはっきりと聞こえていた。
北の地より世界中へと造魔の霧が流れ出している今、同時にソレは闇の眷属に告げる声ともなっていたのだ。そう、神話大戦の続きを始めるのだと。
この世界はあまりにも歪なのだと闇の神は告げていた。
創造者の望む枠組みから外れ、世界は生き汚くあり続けようとしている。そしてそれは白の神たちの裏切りによって引き起こされており、闇の神はただ元の流れに戻すことを切に望んでいるのだ。
偽りを愛する者たちによって正しき存在が疎まれる世界を破壊し、本来の律を取り戻す。創世のための破壊。清浄のための破壊。それこそが闇の神クライマーミリアムの願いであり、真理であり、この世界に生きし者の宿業であるとパラオは理解していた。
『ならば、私も向かわねばなるまいよ! さあ、行くぞお前たち』
パラオの座る玉座を周囲のスケルトンたちが抱えて持ち上げ、王塔内全体が揺れ動き出す。それは塔内のゴーレムが一斉に動き出したために起きているものであった。
『いざ地上へ!』
王にして、エギンスト王国最強のゴーレムマスターとして名を馳せたパラオ。闇の眷属となり、不死に近い力を得たが封印された彼が長き沈黙の時を破り、ついに動き出した。そして……
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「失礼しまーす」
ガチャリ……と音がして扉が開く。うん、ようやく戻れた。水もちゃんと引いてるな。
「水、なくなってますね」
「だな。ようやく戻ってこれたぜ」
今は五体のミスリルドールを倒して罠にはまった翌日だ。
昨日はミスリルドールを回収後にトネリの泉にさっさと逃げ込んだんだが、扉を閉めたら開かなくなっちゃったんだよな。そんで今、ようやく転移門が開いたってわけだ。
「けど、一日無駄にしたわけか」
「門番よりは小さいけどミスリルドール五体も回収できたんだから無駄ではなかったと思うよタカシ」
「まあ、そりゃあそうなんだがなぁ」
マキシムの言葉は正しくはあるが今日で5日目。今日と明日、それに明後日の朝までがリミットだ。だというのに探索は思ったより進んでいない。
「ハァ……こりゃあペース上げて回収進めないとな。しかし昨日の罠、すっげえ水出てたよなぁ。上は砂漠なのによくあんな量の水があったよな?」
「多分だけど、昨日のは魔術で生み出した水だったんじゃないかな。それで魔術の効果が消えて消滅したんだと思う」
なるほど、水を生み出す魔術か。
聖王国を中心とした聖欧の国々は魔導器を出すことができるガチャが使えるけど、別の神様を信仰している地域はまた別の恩恵があったり、普通に剣と魔法のファンタジー世界してるんだよな。水を出す魔術なんかもガチャに頼らずに覚えることも可能だ。
まあ、そもそも討伐者でもなければ戦闘メインのガチャ魔導器を手に入れるよりも普通の魔術を覚えるのが一般的だったりするんだけどな。数十万、数百万使って運任せのガチャに頼る余裕は庶民にはないし、普通は記念ボーナスで集まった聖貨を使って偶然魔導器が当たったら討伐者や騎士などを目指すんだとか。
「けど、そういう水とかってもしかして飲むと不味いのか?」
体内に吸収した飲んだ分の水がいきなり消えたら人体的にアウトなのでは?
「体内に吸収すると自身の魔力と紐付いて維持されるから大丈夫らしいよ」
「ほぉ、そういうもんなのか」
「とはいえ溺れたらやっぱり死にます。だから昨日は焦りましたよ。タカシ様、ギリギリまで転移しないんですもの」
「仕方ないだろ。ミスリルドールが熔けて壁にくっついちゃってたんだからさ」
そう、セイクリッドブレスで熔けたミスリルドールたちだけど壁と溶接しちゃって剥がすのにえらい苦労したんだよ。外のスティールゴーレムみたいに放置してたら回収されそうだったしさぁ。最後にはマキシムの怪力で剥がして持ち帰れたから良かったよ。
「なんにせよ一日放置しちゃったのがなぁ。勿体ねえ」
「しょうがないよ。トネリの泉に戻ってから今まで扉が開かなかったんだからさ」
『魔術で生み出した水が干渉して転移門が機能しなかったんだろうな』
「マジかよ。あれ? じゃあもしかしてあのまま水が残ってたら俺らトネリの泉に閉じ込められてたってことか?」
『その可能性はあるな。まあお前のは魔導器だ。扉が開かない転移門を一度ぶっ壊して復帰させればリセットはされるだろうが……』
「リセットじゃあ、戻れねえじゃん?」
『そういうこった。神の薬草があればトネリの泉の結界ぐらいはぶっ飛ばせるだろうが、あの神域自体がどこに存在しているかも分からねえから出たところですぐに戻ってこれるかってぇと』
「無理だろうな。まあ、転移門を使う際にはそこらへん注意しとくか」
最悪、悪意あるやつが門の場所を塞いじまうかもしれねえからな。まあ、気をつけるのは次回からにするとしてだ。今は切り替えていこう。
「それでマキシム、罠は大丈夫そうか?」
「今は問題ないみたいだね。あの水責めの罠はミスリルドールの起動と同時に反応する仕掛けだったんじゃないかな」
「なるほど、じゃあ先に進むか。あんだけの大仕掛けの罠があったってこたぁ先に何かありそうだしな」
『何かってなんだよ?』
「そうだなぁ。ロスタイム分を取り戻せるくらい大量のゴーレムがいるとか?」
いわゆるモンスターハウス的な?
『おいおい、こんな建物の中で大量のゴーレムと遭遇したら普通に潰されて死ぬだろ』
「わーってるっての。冗談だよ、冗談……ん?」
俺が通路の先に目を向ける。なにやらズドドドド……と地響きが響いてきた。これは……地震?