133 アンダーグラウンドシティ
あらすじ:
借金ではなく仕事を選ぶ。
それはかつて雛鳥であった一羽の大鷲が朝焼けの黄金の空へと雄々しく飛び立つ姿を目の当たりにしたかのような、そんなひとりの男の成長がうかがえた一幕だった。
「というわけで時間がない。急ぐぞ皆の衆」
俺が教皇様の元から自室に戻ると、すでに部屋に集まっていた仲間たちにそう告げた。
ここだけ切り取ってしまえばそれはひどく唐突な言葉にも聞こえるかもしれないが、実はマキシムたちとは事前に話を済ませていたのだ。
昨日は神域トネリの泉を手に入れた喜びもあって、もうひとつのピックアップである雷霆の十字神弓を手に入れることにそこまで俺は重きを置いてなかった。何しろすでに入手していて二枚重なっている状態だ。このままでも十分……なんて俺は考えていた。思えば、それが間違いだったんだろうな。
仲間たちのガチャを見学して、トネリの泉に実際に行ってみて、その後いくつかの用事を済ませて寝ようって頃にはもう俺の心は揺らいでいた。
このままでいいのか。こんなところで満足してしまうような小さな男なのか。俺の中にいる一匹の狼が語りかけてきやがった。そして一晩中悩んで悩み抜いていつのまにか眠っていて良い具合に目覚めた時にもう俺の心は決まっていた。
「十字神弓……重ねてぇ」
朝食のとき、気がつけば仲間の前で俺は己の思いを口にした。
そんな俺を見てアルゴはともかくマキシムとリリムはどこか苦虫を噛み潰したような顔をしていた。まあそれも仕方のないことではある。ふたりとも俺が自分を偽っていたことに気づいていたんだろうな。その上で白々しく重ねたいなんて言葉を口にすれば、そりゃあ今更何を言ってるんだと思われるのは当然のことだ。女々しいったらありゃしない。
俺は馬鹿だった。一度の成功に舞い上がって満足してた。愚かだ。あまりにも愚かだった。マキシムもリリムも、そんな俺の弱さを見抜いていたのだろう。
そう思って立ち上がった俺にふたりは借金は駄目、教皇様に仕事を催促してみたらどうだろうかとまるで先輩のように進言してくれた。そうして俺は見事に仕事を手に入れたってわけだ。まったくこれだから仲間ってのはいいもんだな。なあマキシム!
「それでタカシ。教皇様から無事仕事はもらえたみたいだけど……僕らはいったいどこへ行くんだい?」
さすがマキシム、話が早い。要点を突くその問いを出せるからこそ、最適を選択できる資質を持つという勇者に選ばれたってわけだな。
「ああ、黄金都市だ。教皇様からはそこの調査をするように依頼された」
「黄金都市? あの?」
リリムは首を傾げたがマキシムは黄金都市に覚えがあるようだ。
「知ってるんですかマキシム?」
「うん。黄金都市ドルチェ。このガチャリウム聖王国どころかサンドリア王国を南下して、地中海を越えた先にあるエギンスト王国の地下にある都市だね」
「エギンストですか。あれ……それは確か、かつての神話大戦の際に滅びた国のひとつですよね?」
『うん、そうだね。かつては栄華を誇っていた地下王国だ。けれど地下にあったために闇の属性を主とする闇の神の軍勢に滅ぼされた。黄金都市はその深層、王侯貴族がいたエリアだよ」
うん。教皇様もそんなことを言っていた。
「地下にすごい量の財宝が埋まっているなんて話もあるし、探索に向かう者も少なくはないけど……ここからでも相当に遠いし、あの一帯は今魔物が多く生息している危険地帯のはずなんだけど」
そう言ってマキシムが俺を見た。もちろんその先はちゃんと聞いてるし説明もできるぞ。
「エギンスト王国には聖王国も結構な規模の探索隊を出していたらしいぞ」
「そうなのかい? そんな話、聞いたことなかったけれど」
「黄金都市には転移門があるんだよ。そのことを昔の文献から発見した聖王国が調べに行ったらしい」
俺の言葉にマキシムとリリムがなるほどという顔で頷いた。
転移門の確保と研究と管理は現在聖王国のみが行なっている。他国への侵略をせず、闇の神の軍勢と戦うことのみを是とした国家間での中立的な立場にいる聖王国だからこそ許された特権だが、当然転移門があると知れれば聖王国は率先して調べて確保する。それも素早く、非常に強硬的に。
「だとすれば納得もいくね。けれども公開されていないということは……転移門は動いていなかったのかな?」
「ご明察だマキシム。黄金都市の転移門は非活性状態で人も立ち寄れない。飛び先が人里に近い場所にあれば管理もできたんだろうが、現状では手がつけられないから放置していたらしい」
そんで、他の誰かに調べられても困るから情報も隠蔽したと。
聖王国は転移門の優位性で他国に対して強く出れてるところもあるからな。実際隠蔽のためには裏で結構なことをしてるっぽいし。そう考えると転移門を自由に操作できる俺が自由に動ける状況って奇跡みたいなもんだよな。
「あれ、もしかしてタカシ様ならその転移門を活性化できる……んですか?」
「まあな。これから試してみるしかないんだけどさ」
「けど、ここから今転移門が使える街までは結構距離があるはずだよね?」
マキシムの問いに俺は頷く。確かにな。そもそも俺らが最初にやってきた街の転移門は魔族のテロルで現在修理中だ。けど……
「サンティアの転移門を使う……で、問題ないんだろアルゴ?」
『まあな。アヴァロンの野郎にゃ断りを入れなきゃいけないが教皇からは許可を得た。まあ問題ねえさ』
ということだ。俺がサンティアに飛ばされた非常口代わりの転移門なら聖門の神殿経由ですぐに向かえる。サンティアへの入山許可もばっちり得てるしな。
「依頼は黄金都市の転移門周辺の調査と安全の確保。それと別の非活性の転移門と黄金都市の転移門を繋ぐことだ。依頼達成で金貨1000枚貰える」
「金貨せん……」
リリムが目を丸くしている。ククク、すごかろう。まあマキシムと俺で分配するし、リリムにも十分の一払う必要があるから俺の取り分は450枚になるわけだが……けれども、こいつは最低保証だ。
「それにだ。教皇様の話によれば黄金都市内にはプレシャスメタル系のゴーレムの群れがいるらしい」
「それは本当かい!?」
マキシムが驚きの顔をする。リリムの目が今度はドルマークになった。異世界でドル? 気にするな。ともかくプレシャスメタル……つまりは貴金属だ。異世界においての貴金属ってのは金銀だけじゃなく、前回ガチャで手に入れた神銀もそうだが、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコンなんかの不思議金属も含まれる。
「エギンスト王国は錬金術でメタル系ゴーレムを生み出していたらしいんだけどな。黄金都市にはそいつらが野良化して繁殖してるんだと」
「なるほど。長年稼働しているメタル系ゴーレムは魔力が蓄積されて変異するとも聞くからね。それならばその話にも信憑性がある」
マキシムがうんうんと頷く。
「確かにそれは魅力的ですけど……持ち運びってどうします? 運び屋を雇います?」
いろんなものが収納できるマジックバッグなんていう魔導器もあるんだがそれには一枠を使うし、物を入れると常時使用状態になるので外せなくなる。だから魔物の大物なんかを倒す時には専門の運び屋を雇うのが一般的らしいんだが、今回はそれは使えない。
「いや……サンティアの転移門を使うこともあるし、教皇様から行けるのはこのメンバーだけと指定されてる。人を雇うには表に出せない話が多すぎるからな」
ザイカンさんや寅井くんなら連れていっても問題ないだろうけど取り分が減るしなぁ。いや、そもそもこの聖王都にはいなかったか。
「確かにそうですね。では、転移門でチョビチョビ運びます?」
「それもメンドイからな。そこでこいつだ」
「あ!?」
「なるほど。それなら問題ないね」
俺が神域トネリの泉のカードを取り出すと、リリムもマキシムも納得した。
そう、倒したゴーレムは全部トネリの泉に運んじまえばいい。これならトン単位でも十分に輸送が可能だし、人のいない地下都市内の探索での夜営も問題ない。
というわけで俺たちはさっそく黄金都市には向かうことにしたわけだ。
狙うは一攫千金。ここで稼いで稼いで十字神弓をコンプしてやるんだ。