127 チェンジエラー
あらすじ:
チンドラうきうき。タカシいらいら。
「え、チェンジで」
『え?』
俺は力を込めてそう言うとアルゴが間抜けなツラで俺を見た。
けど、俺の心は揺らがない。何しろガチャの課金を抑制するために俺は鉄の意志を持って判断を下すことが可能なんだ。そう……そういう風に訓練されちまっているんだよな。こいつは神さまに与えられたチートだとかスキルだとかとは違うリアルチートってヤツだ。
己の意志で心を制御し、決断する。決して流されることがない。そんな自分で在りたいと常日頃から考え、実行してきた。つまり俺はノーと言える男だった。
『な、なんでだぁあああ!?』
そしてチンドラの悲痛な叫びが部屋の中に響く。
それを見て俺も憐れだとは思う。きっとコイツは今まで挫折というものを味わったことがなかったんだろう。人生初の失態でドン底に落ち、その後すぐに救いの手が差し伸べられたと思ったらまた突き放された。
俺なら泣いてしまうだろう。けれども俺にはコイツをパーティに入れることができない理由があった。
『ドラゴンだぞ。神竜だぞ。まだ小さいけど。何が不満なんだよ!?』
「えっと……性格?」
『チクショウ』
そう、性格である。
仕事をする上で最も大切なのは己のモチベーションを維持することであり、それは給料や勤務時間、それに職場の同僚との相性などによって変動する。
例えばだ。うちの職場にいた石崎元リーダーは上司である嫌みな遠山課長の鼻っ面をグーで三回殴っただけで会社をクビになった。それどころか警察のお世話になった。いや、普通に考えれば上司とかそういう以前に人を殴っちゃいけない。社会人として当たり前のことだろう。けれども心情的には止むなしという空気が職場では存在していた。
もっともその日以来職場に顔を出すことはなかった強面の石崎さんが小さい背中で歩いている姿を街で見た俺はひどく悲しい気持ちになったものだ。
また殴られた遠山課長も以降は社内でもあまり部下に強いことを言わなくなったし、常にビクビクするようになってしまった。その二人を見ていた俺からすれば、どちらが悪いというよりはどちらもが悪いと思えるが、一番の問題はやはりふたりは決定的に相性が悪かったということだろう。両者の人間性以前に、そうした状況になってしまわざるを得ない空気が職場にはあったのだ。あれはそう……誰も幸せにはなれない悲しい事件だった。
まあ俺が言いたいことは仕事仲間を選べるなら慎重にってことだ。
「ちょっとタカシ様、流石に不味いですって。アルゴニアス様はああ見えて教皇様を上回る尊きお方なんですよ。今は解雇されて微妙な立場ですけど」
『ああ見えて!? 微妙!?』
横からフォローを入れたつもりのリリムの何気ない一言がアルゴを傷つけた。
「タカシ、アルゴニアス様は今でこそ潰れた幼竜のようだが、きっと力になってくれる。見た目で判断しちゃいけない」
『潰れた幼竜!? 見た目!?』
アルゴの目が死んでいる。コイツのストレス耐性は紙装甲だな。数百年自宅警備員をやっていただけあって対人能力が低いのかもしれねえ。けど、ワガママ俺様ニートとかいう社会不適合者を連れ回して俺の精神が保つ自信はないんだが?
そして、どう断りの言葉を入れようか悩む俺にアルゴが土下座をしてきた。
『頼む。一緒に行かせてくれ。仕事を解雇された上に次に姉御から回された仕事も受けられねえとあっちゃぁ、俺様は……』
「俺様は?」
『……じ、実家に帰される』
実家……だと?
「いや、けどさ。一度失職したんだろ。だったら実家に戻って少しは休んでてもいいんじゃないのか? もう何百年かはしてたんだろ自宅警備員を?」
『悪意があるニュアンスを感じたが?』
「気のせいだ」
何しろコイツは真の自宅警備員だからな。そこいらのまがいモンとは違う。敬意を持って自宅警備員と呼んでいるぞ。まあ、それも失敗して解雇されたんだけどな。
『そ、そうか。分かった。だが俺様たち神竜族は姉御……白の神ガルディチャリオーネに仕えし一族だ。そして俺様の親父は姉御に近いところにまで昇りつめた龍神なのだ。俺様が前職を解雇されて、さらに再就職にも失敗したと知ったら……』
アルゴの表情が苦みばしったものに変わる。
『あの親父なら俺様を解体して勇者に与えるドラゴン装備の材料にするぐらいは平気でやる』
「……マジかよ」
ドラゴンファミリー、バイオレンス過ぎるだろう。
て、ちょっと待て。リリムもマキシムもそんな目で俺を見るなよ。これで断ると俺がすごくひどい人みたいじゃねえか。だが、そういうことなら……しかし、俺はノーと言える男。ここで意思を曲げるのは……ぐぬぬ。
『まあ、そうなったらその装備はお前に届くように言っておくよ。この体じゃあ剣の材料にゃぁならないが、おまえさんの胸当てぐらいにはなるだろうからな。はは、ガチャ産にも負けねえ性能になると思うぜ』
「た、タカシ様」
「タカシ、これを見捨てるのは……」
クッ、こいつらの心をここで折るのは無理だ。つーか、さすがに俺の判断で知り合いの生き死にを決めるとか辛すぎる。クソッタレ。普通なら脅し文句みたいなもんだろうが、この生き死にが軽い世界だと多分マジもんだしな。
「ああ、もう。分かったよ」
「タカシ様!?」「タカシ!」『モドキ?』
俺だって鬼じゃねえ。ここで意地になっても意味なんてない。チンドラと組むのにちょっと思うところはあるが、神竜ってのはこの世界じゃあ随分とレアもんなんだろう。ガチャじゃなく限定の配布キャラを手に入れたとすれば、まあ悪くはないかもしれん。そう思おう。思ったよ。俺は。
「というわけでアルゴ、お前は今日からウチのペットだ」
『ペットだと? ふむ……なるほど。良いな』
「良いのかよ!?」
『ああ、ペットというのはアレだろう。人間に飯を運ばせて日がな好きに過ごせるという、あの上級職だろうが。つまり今までと変わらん。むしろ守るものがない分俺様が楽チンではないか!』
いや、うん。そんな嬉しそうに言われるとはね。まあいいや。
ともあれこうしてチビ竜になったアルゴが仲間になった。仕方ねえのでせいぜいこき使ってやるよ。
タカシは白神の剣(幼)を手に入れた。