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125 自由の翼

あらすじ:

 名誉を生贄に自由を手に入れたタカシではあったが益は譲れぬと教皇様にアタックをかけた結果、限定ガチャを選ばせてやるぜと来たもんだ。タカシは真顔になった。

「なん……だと?」


 教皇様の言葉に俺の頬を冷たい汗が伝った。

 グンニャリと周囲が歪んでいくような錯覚を覚えた。

 教皇様は理解しているのだろうか。目の前に置かれた美味しい餌には毒が入っているということに。

 教皇様は分かっているのだろうか。これは『炎上』案件だということに。

 この餌に手を伸ばせば俺は地獄の炎に灼かれる可能性がある。

 そもそもこの世界においてガチャの運営は神だ。比喩ではなく正しく運営が神なのだ。そしてこの聖王国は神運営のスタッフのようなもので俺はこの世界においては廃課金者に近い立場にあるのだろう。それに確かに俺はこうした優遇措置を受けるに足るだけのことをしてきたという自負はある。誇張ではなくな。

 しかし、しかしだ。表立ってこの栄誉を授かるのであればいざ知らず、隠れてこっそりというのは良くないことなのだ。過度に一部ユーザーに運営が擦り寄り、忖度をしてしまえばその先に待っているのは魔女狩りだ。それも俺ひとりの火炙りでは済まず、全体を巻き込んだ大炎上にまで発展するかもしれない。おお、恐ろしい。

 テーブルだ、コンプだ、不正だ、BANだ。あの電子の世界の地獄がリアルに降臨する可能性すらあるのだ。


 もちろん俺は死ぬ。


 廃課金者だろうが一ユーザーが時代の波に抗える道理など存在しない。SNSはないとしても、だからこそ人と人のリアルネットワークによって結ばれたこの世界においての俺の安住の地は無くなるに違いない。

 思い出せ俺。なんのために俺はこの世界に来たんだ? 思い出せ。原点を! 俺がこの世界に来た理由は……あ!?


「どうしたのかなタカシ殿? なんだか切なそうな顔をしているが」

「いや、ちょっと昔を思い出しまして」


 テンションだだ下がったわ。ああ、そうだったわ。冤罪とか、炎上とか、自宅バレとか……そういうのから逃げたいって気持ちを旅立ちの神のあざーっす様が組んでくれて、こっちの世界に飛ばされたんだった。うん。酷い理由でこっちに来てました。タカシ辛いです。


「その表情からしてずいぶんと辛い思い出のようだが」

「お気になさらず」


 気遣われる方が辛いこともある。


「そ、そうか。それで、どうする? 望む限定ガチャか、或いはこちらでリストを用意することもできるが」

「なるほど。選り取り見取りというわけですな」

「ああ、これぐらいでなければ今回の功績には見合わな」

「だが、断る!」

「なん……だと?」


 ふふふ、驚いた顔をしているな教皇様。しかしこのタカシ、己が信念を曲げるつもりは毛頭ない。


「ガチャをこっそり、ひっそりとやるなど俺の道理に反する! 誰に見られても、誰に聞かれても恥ずかしくない俺でいたい! だからこの話を受けるわけにはいかないんだ!」

「それが君の意志であると?」

「応!」


 ふっ、言ってやったぜ。さすがだな俺。


「だが報酬は欲しい」

「だろうな」


 それはそれ、これはこれだ。


「では、欲しいものはあるのか?」

「んー」


 教皇様が妙に疲れた顔になったな。

 しかし、欲しいものね。基本的にこの世界で強いのってガチャ産のアイテムだからなぁ。普通に考えればガチャ資金の上乗せ一択なんだが、それじゃあ勿体無いよな。神様からは剣もらえるって言うし、アルゴからの報酬あとで徴収する予定だし、ここで貰えるものならではっていうのが欲しい。地方産のポッキー的なアレだな。

 だから貰えるならここでしかもらえないものがいいわけだけど……うーん、アレかな? いや、無理だろうけど。怒られそうだけど。でも、駄目元で聞いてみるのはありじゃないのか? よし。


「それじゃあ教皇様。報酬はメルカヴァってどうですかね?」


 俺の言葉に案の定教皇様の目が丸くなる。

 ま、そりゃあそうだろうよ。左右に四枚の翼を生やした飛空船『メルカヴァ』。ファンタジーゲームでお馴染みな中盤以降に手に入る空飛ぶ船。すべての可能性ガチャでしか手に入らないとかいう、実質的にガチャで手に入れることが不可能なシロモノだ。


「メルカヴァか」

「いや、駄目ならいいんすけどね」

「駄目ではない。駄目ではないが……アレは現物しかないので人員を必要とするのだ。となれば……」


 教皇様が何かを考えてるな。もしかして、この流れはいけるのか?


「分かった。操縦者の用意が必要なために受け渡しは後日となるが、此度の戦いの報酬にタカシ殿へはメルカヴァを譲渡すると約束しよう」


 おお、やった。飛行船ゲットだぜ!




  **********




「ふむ。双方にとって良い取引となったか」


 教皇はタカシがスキップして出ていった方へと視線を向けながら、そう口にした。

 最初に教皇が提示した教皇特権による任意の限定ガチャ発生は、教皇となった者が生涯一度しか使えぬアーツであった。

 歴代の教皇も何かしらの危機が発生したときに必要なガチャ産アイテムを出すために使用したことはあったが、教皇は今回のタカシへの報酬に対してはそのような事態にも匹敵するものであると考えていた。それほどまでにタカシの功績は大きく、タカシ自身の価値も高い。


「しかし、アレを辞退するとは……身を切る思いではあったのだがな」


 当てが外れたと教皇が苦笑する。

 断ったタカシの意図は分からぬが譲れぬ何かがあるらしいことは読み取れた。そして、代わりに提示されたメルカヴァを報酬に……というのも教皇にとって悪い話ではなかった。

 メルカヴァはガチャ産ではなく、操縦にもメンテナンスにも特別な訓練を受けた者が必要だ。それはつまり、己の手勢をタカシの元に送り込めることを意味している。

 何しろ施しの神はタカシに自由をとは言ったが、ソレを失うのは人類にとっての大きな損失であろうと教皇は理解していた。

 幸いなことにタカシには勇者マキシムが付いている。だがマキシムは戦闘には特化し軍勢レギオンというふたつ名もあるが、戦いに集中すると周りが見えなくなる悪癖がある。実際、ここまでの道中の報告を見てもとても護衛者として褒められた実績ではない。また施しの神に選ばれた従者だというリリムはそもそも戦闘が不得手だ。

 ちゃんとタカシを守れる人材を入れておきたかったのだ。


「まあ、いい。であれば彼女を使うとするか。それを本人も望んでいるようだしな。下地はできているのだから即席で勉強させればひと月程度でどうにかなるだろう」


 そうひとり呟いて、教皇は背もたれに寄りかかる。

 懸念していた問題はひとつ解決を迎えたが、状況はタカシの神託の通りに進む予兆を見せている。今やこの国の守護竜となったアヴァロンの前身であるアヴァドンの告げた言葉によれば、すでに複数のデミディーヴァが顕現している可能性があるのだ。討伐されているサンダリア、聖王国を除いてどれほどの国でデミディーヴァが出現し、またロガリア魔帝国などの闇の軍勢の動向にも気を配らねばならない。


 今や世界に広がる闇は大きく、それはいずれすべての人類に試練を課すかもしれない。そして、そのときに果たしてタカシがどういう選択を取るのか。それはまだ教皇にも、誰にも、本人すらも分からないことであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >あの電子の世界の地獄がリアルに降臨する可能性すらあるのだ。 匿名カザネさんが殴り込んできそうな可能性すら
[気になる点] そもそもこの世界においてガチャの運営は神だ。比喩ではなく正しく運営が神なのだ。 →正しく神が運営なのだ。  前文と受け取られ方が変わらない可能性があるのでこちらで。 そういうのから逃げ…
[一言] 護衛ができる女性ってサライさんくらいしか思いつかない いやナウラさんかな? 薬草あるし
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