120 炎の繭
あらすじ:
タカシくん、死んでしまうん?
殺った……そうアヴァドンは確信していた。
アヴァドンもタカシがここに来るまでに成してきたことを考えれば、油断できる相手ではないことは分かっていた。神竜化した右腕からして人か竜かも分からぬ存在だ。殺すのであれば、必殺でなければ仕留めきれない可能性は高いと考えていた。
だから、アヴァドンは己の切り札のひとつを切った。
黒霧とアヴァドンが呼ぶその黒い霧の正体は数百万に及ぶ邪竜の力を帯びた小蝿の群れだ。一匹一匹に大した力はないが、この小蝿の魔物が集団となった場合の戦闘能力は上位の魔物にも匹敵する。
魔力の防壁を侵食して破壊することも可能で、人間などが襲われればひとたまりもなく、ドラゴンでも一斉に囲まれれば骨すらも残らないほどである。
相手がどれだけ護りに長けていようともその数的有利を用いて圧倒する。そんな魔物の群れが黒霧であった。
『くく、囲まれた時点で終わりなのだ。我が子らに喰われ、無残な死を……む?』
タカシが黒霧に覆われたことで勝利を確信していたアヴァドンは不意に悪寒を感じた。
『なんだ? 何かがおかしい? いや、これはまさか』
次の瞬間に黒い霧の内側から炎が一気に溢れ出た。
『火だと!?』
驚くアヴァドンの前で、噴き出した炎が荒々しく渦巻いて、そのまま竜巻となって天井へと伸びていく。
それは先ほどのタカシが放った神炎の嵐をはるかにしのぐ圧倒的な火力であった。その熱量は離れた距離にいるアヴァドンの骨身をも炙り、そこに神の力が込められていることがすぐに分かるほどだった。
『タカシ、あの女め。これほどの上位の魔術をも使えたとは』
照らされる炎の圧から己を護るために両腕で顔を隠しながらアヴァドンが忌々しげな声をあげる。けれども炎の勢いは止まらず、それはついには洞窟の天井をも砕いていった。瓦礫が降り注ぎ、破壊された天井の隙間からは神域の空が顔を見せたのに気づいてアヴァドンが唸り声をあげた。
『己を中心に炎ですべてを焼き尽くすか。確かに黒霧は範囲魔術には弱く、まして神炎は天敵とも言えるが……それにしてもここまでやるとは』
あまりにも炎の勢いが強過ぎるのだ。
これでは内側にいる術者もすでに燃え尽きているはずだろうと。
『もはや骨も残ってはいないだろうが……しかし、炎は外にまで漏れている……ということは恐らく勇者どもにも居場所が割れたな。本当に最後までやってくれる』
頭上を見上げたアヴァドンがそう呟く。
炎の柱は洞窟を越え、今や外にまで伸びていた。遠目からでも山頂の一角からソレが出ているのは見えているはずだろう。そして現在の神域内には勇者たちもいる。つまりタカシは自らの命を燃やすことで黒霧を燃やし尽くし、さらには彼らにこの場所を知らせたのだとアヴァドンは理解した。
『勝ち筋がなくなったと同時に己の命をも厭わず、味方にこの場を知らせるための策を講じたか。その潔さ、敵ながら見事と言うほかあるまい』
その正体はついに分からなかったが、タカシが闇の神の眷属に対して特化した者であることはアヴァドンにも分かっていた。すでにデミディーヴァをふたり仕留めたことを考えれば、もはや闇の陣営にとっては天敵とも言える存在だろう。
『それをここで仕留められたことは僥倖ではあったが』
そんなことを呟きながらアヴァドンは……ふと、燃え盛る炎を見た。その次の瞬間である。
ゾクリ
……と背筋が凍るような感覚がアヴァドンに走った。
(なんだ、この悪寒は?)
目の前の炎の柱の火力を見れば、耐火能力があろうと生きているとは思えない。それは最後の自爆攻撃であるはずだった。けれどもアヴァドンの中にある竜の本能が警鐘を鳴らしている。炎の柱が消え始めていくに従って彼女の死竜核が激しく脈打ち始めた。油断をするなと彼女の全身が訴えている。
『なんなのだ、この感覚は!?』
アヴァドンが強張らせた声でそう叫んだ。
内の声が一刻も早く殺せと口にしていた。炎の繭が解かれればその先にあるのは絶望だと伝えていた。
『グゥッゥウウ、やむを得ん』
押し殺した声を出しながらアヴァドンが前屈みになり、両手両足を地面について、骨翼も床に突き刺して顎を広げた。
そして口内に凄まじい力が収束していく。それはアヴァドン最大の一撃。恐らくはそう遅くないうちに来るであろう勇者たちと戦うために力を残しておきたかったのだが、今の彼女はもう『それどころ』ではなかった。アヴァドンは一種の恐慌状態に陥っていたのだ。逃れられぬ死が目前に迫っていると感じ、それに抗うために動いていた。
だからこその全力。目の前の炎は神の力を帯びている。完全に炎が途切れた後でなければアヴァドンの攻撃の『通りも悪い』はずだが、今はそれを気にしている時ではなかった。
『グッ、ゥォオオオオオオオオオオオ!!』
次の瞬間に咆哮とともに黒き光がアヴァドンより放たれる。それは漆黒の炎のブレスを凝縮し、臨界点を超えて生まれた、光を滅する闇の光『ダークネス・レイ』だ。例え勇者であろうとまともに食らえば消し飛ぶ一撃が洞窟内を走り、それは終息しつつあった炎の竜巻を吹き飛ばし、その中にいるものに直撃した。
『ブァアアブゥゥウウ』
『なっ!?』
再度アヴァドンが驚愕する。彼女が放った全力の黒き光が霧散したのが見えた。そこにあったのは翼だった。炎の竜巻の中には自らの翼で身を守っている巨大な赤子がいて、アヴァドンの一撃を退けたのだ。
そして、その赤子は満足げな笑みを浮かべたまま光の粒子となって消滅していく。
『あ、ああ……なんだ貴様は……』
光が霧散して消えていく中、巨大な赤児に抱かれるようにしてその場にいた『何か』の姿がアヴァドンの視界に入ってきた。
『いったい、貴様はなんなのだ!?』
そこにいたのは女であった。
放つ気配はまるで世紀末覇王のようであり、ウェイブのかかった髪を振り払う様は漆黒のヴィーナスのようであり、その存在を言い表すならば漢女とでもいうべきものだった。
そんな目を離せぬ漢女の左右にはふたりの絶世の美女が並び立ち、その片割れ、髑髏の鎧を身につけた銀髪の女が持っていた錫杖を天に掲げて『軍勢よ。来たれ』と告げるとその場に無数の雷が落ち、驚くアヴァドンの周囲に百を超える雷纏う骸骨の騎士の軍勢が顕現した。
神の薬草→神炎の嵐→守護天使→ボルトスカルポーン召喚→クィーン昇格→軍勢召喚