012 囚われし者、その名は希望
黒煙上がる町に戻ってきた俺たちは、その惨状を目の当たりにしながらひとまずは神殿へと向かうことにした。リリム曰く、何かしらあれば大抵は神殿に情報が集まるし、状況は判明するらしい。
そして施神教の神殿に辿り着いたのだけれども、そこは案の定人がごった返していて中も外もけが人が大量に寝ている状態だった。
「酷いなこりゃ」
「おぉ、お前。タカシか。戻ってきたのかよ」
呆気に取られている俺に討伐者のひとりが話しかけてきた。こいつは確か酒場で一緒に飲んだヤツで……ええと、確か名前はザキルだったか。顔を煤で黒くして火事場の始末をしていたような感じだが、実際そうなんだろう。
「よぉザキル。こりゃあ、何の騒ぎだよ? 大火事でもあったのか?」
まあ、ここまでに来る途中で見た感じだと、かなりの数の建物が燃えていたけど、それ以外にも何かしらの攻撃を受けて破壊されたっぽい跡とかもあったけどな。どうにも見た感じ、あれは……
「ドラゴンが出たんだ」
そうドラゴンだ。あいつがやったとしたら納得できる。けど、やっぱりそうか。何と無くそんな感じはしていたんだけどな。マジか。
「俺は確かに倒したぞ」
「それは分かってる。核石だけじゃなく竜の角だって持ってきてるんだからそれを疑うヤツはいないさ。けどな。実際にアレはここまで飛んできてこうして暴れて去っていったんだ。町の惨状は見ただろ?」
「ここに来るまでに嫌ってほどな。つまり、あんなのが他にもいたってことか?」
俺の言葉にザキルが頷く。
しかし、こんな地方であのクラスの魔物が出るのは非常に珍しいって俺は聞いていたんだけどな。
「なあリリム。どういうことだと思う?」
「そうですね。造魔の霧は元々同系統の魔物を生み出す傾向が高いんです。流石にあれほどの大物だとそうあるわけではないはずなのですが、それが今回はあったということでしょうね」
「それってヤバくないか?」
「ええ。造魔の霧で生み出された魔物は基本的に人間と敵対しています。タカシ様が一匹仕留めておいたから、被害はこの程度だったのかもしれません」
「二匹出てきてたら町は壊滅してたかもなぁ」
リリムとザキルがそう言う。俺があのドラゴンを殺したから仲間が復讐に来た……とかそう言う感じではないっぽいな。それは良かった。
「しかし見る限りはずいぶんと町が壊されたっぽいけど、被害はどうなんだ? 怪我人は多いよな?」
神殿の状況を見ればそう感じる。
「確かに怪我人は多いが、死んだヤツは聞いた限りじゃあいないみたいだな。俺もその場にはいなかったから伝聞になるが、町中の肉を集めて誘導してどうにか腹をおさめさせて帰らせたらしい」
「そうなのか?」
それにしてもずいぶんとやられてる感じはあるんだけど。あれが町中で暴れるとこんなに被害が出るのか……っていう見本のような状態だ。いくつも建物が崩れて、今も炎と黒煙が上がっている。
俺、よくあんなのに勝ったよな。いや、本当にさ。
そんなことを思いながら突っ立てた俺に別の討伐者が声をかけてきた。
「なあ、お前。あれに勝ったんだろ。そうなんだよな?」
「あ、ああ。たまたまな」
俺は思わずそう返したが……あ、マズイかも。今の話で他のヤツらの視線が俺に集中してきてる。うわ、妙な期待を持った顔してやがるぞ。いや、そんな目をされてもさ。どうにもできない現実があるんですよ。よしリリム行くぞ……って、あれあれ? 囲まれていますよ。ちょっと、なんかやばくないか。この流れ。
「バッカヤロウ。あんなバケモンにたまたま勝てるやつなんているわけねえよ」
「そうだ。謙遜なんてなしだぜ」
「ウルトラレアの魔導器持ちでもあんたは特別なんだ」
「おい、マジかよ。ドラゴンスレイヤーがいるのか?」
「スゲエ。だったら次来たときにはどうにかなるな」
待て待て。盛り上がり始めるな。ちょっと、おい。え、え、え?
ワッショイワッショイ
「あ、タカシ様」
リリム、助けてくれ。こいつら、俺を持ち上げて!?
ワッショイワッショイワッショイワッショイ
「う、うわぁああああああああああああ!?」
そして俺は人の波に乗せられてリリムからどんどん離されていき……気がつけばこの町の町長の家にいた。
**********
「町長のガンターと申します」
「タカシです」
いや、まったく意味が分からねえ。
一体何が起こったんだ? 町に着いたらドラゴンに襲われた後で、話を聞いていたらワッショイされて、町長の家の中に連れ込まれた。ここに来るまでに色々と言われた気がしたが、要約するとドラゴンをなんとかしてくれということだった。
いや、俺に言うなよ。
「ご高名なドラゴンスレイヤーたかすぃさま?……にはこのような町に来ていただき、まことに感謝いたしまする」
町長がゆっくりと頭を下げてきた。しかし、そのご高名なタカスィ様とやらは誰だ。俺ではないな。よし帰ろう。俺は逃げ出そうとした。しかし町のみんなが取り囲んでいる。逃げられない。畜生。
「そのですね」
「あ、はい」
「ドラゴンが来まして、かなーり参っていまして」
ええ、そうでしょうとも。外は今も燃えてるところありますものね。この家もなんか角っこ凍ってましたし、多分あれ消火の後っすよね。魔法で火を消したんすね。便利っすね。
「そこでドラゴン退治はお手の物だともっぱら評判のタカスィ様のお力をお借りしたく、ここにね。呼ばせていただいたわけです」
「あのー、すみません。確かに俺はドラゴンを一匹退治しましたけどそりゃ偶然ですよ。そもそも俺、ドラゴンが初めて倒した魔物だったんで。ビギナーズラックなんてもうないでしょうし」
「おい、初の狩りがドラゴンだってよ。『やべえぞ』あいつ」
「見た目ヒョロイがこりゃあ『期待できる』な」
「俺には分かるよ。ありゃあ『やる男』だってな」
おい後ろ、適当なこと言うな。だから無理だっつってんだろ。
「フォッフォ、分かりますぞ。報酬ですな」
町長、妙にしたり顔で言ってきますが違いますよ。無理だって話です。だから周りも「オオォォオオ」とか言ってんじゃねえ。期待しすぎだろ。馬鹿なのお前ら!?
「まあ、それなりのものはご用意いたしますが……」
「いや、だからさ」
「いえいえ。何もワシらもタカスィ様にね。ドラゴンを退治してくださいとまでは言いません」
む、話の向きが変わった? まあ、確かにここまでにこの町長さんからはドラゴンを退治しろとまでは言われていないな。どういうことだ?
「タカスィ様はウルトラレアの雷霆の十字神弓をお持ちですね。その上、その右腕にはドラゴンの力も得ているとか」
「あーまあ。というか、なんで知ってるんです?」
雷霆の十字神弓はともかく、こっちのドラゴンっぽい腕はリリムぐらいしか知らないはずだぞ。
「神殿経由である程度は……お付きの者が自慢なさっておったそうです」
って、リリム。あいつ!? あの野郎、後でデコピンしてやる!
「ともあれ、我々が欲しているのは雷霆の十字神弓の力なのですよ」
「というと?」
どうもこの爺さん、食えないな。なんだかこっちのことを見透かして話して来ている感じがする。
「タカスィ様も知っての通り、ドラゴンは巨大で、力が強く、火も吐きますが……我々にとっての一番の脅威は手の届かぬ空を飛ぶことにあるのです」
ああ、それは分かる。空を飛ばれると地上に比べて移動速度が段違いだし、そこから炎のブレスなんて吐かれた日にゃあ普通死ぬわな。けどなぁ、それはそれでチャンスでもあると思うんだよ。
「なあ町長さん。空を飛ぶのが怖いのは分かるけどさ。ただ、飛んでるってことは落とすチャンスでもあるわけじゃんか。実際、俺も翼を狙って落として倒したぜ?」
その言葉に町長さんは「ええ、うかがっております」と返してきた。
「けれども、ドラゴンというのは基本的に矢除けの護りがかかっておりましてな。魔術などを含む遠距離の攻撃は大体弾かれるのですよ。だからこそ厄介な相手なんですわ」
「えっと……いや当たったぜ?」
実際に倒したのは神の薬草の力だったけどさ。それでも、あのときに俺は翼に穴を開けてドラゴンを落下させている。まあそれでドラゴンがブチギレて酷い目にあったけどな。
「ん、もしかして神弓ってその矢除けの護りを無効化するのか?」
「ええ、そうです。ですから貴方なのです」
やっぱりそうか。つまり町長が俺を呼んだのってドラゴンスレイヤーとかそういうことじゃなくこの神弓が目的だったわけだ。
「残念ながら王都に助けを求めるにしても時間がない。確かにドラゴンを倒すのは至難の技でしょう。残念ながらこの街の周辺は比較的平和で討伐者の実力もそれ相応ですし、常駐している兵も多くはありません」
そして、そこまで口にした町長が鋭い視線で俺を見た。
「ですからタカスィ様にはその神弓を用いて、街の被害を抑える囮役をお願いしたいのです」
うん。だからさ。そのタカスィってのは誰だよ?