110 ざわめく神域
あらすじ:
ソニアさんの惨状を見てタカシは普通に反省した。
町に着いた後、ソニアさんは病院に緊急搬送された。
新種の魔物と勘違いされて危うく攻撃されかかったが、寅井くんの必死な説得によってことなきを得たんだ。勇者の名声って凄いな。
それで、ちょっとね。今回は俺も反省した。大反省だ。
今までイケたから今回もイケるなんて思っちゃいけなかったんだな。あれは神様の力が籠もったヤバい草なんだ。素人に食べさせちゃ駄目。絶対。
けど、こっちだって考えなしだったわけじゃないんだぜ。ソニアさんは神官戦士なので神力の耐性が全くないわけじゃないはずなんだ。リリムが天使族だからってのは気づかなかったにせよ、勇者のパーティの一員なんだからイケると思ったのにアレなんだからな。一般人とかに食わせたらショック死しかねないんじゃないか。
なのでデミディーヴァをずっと宿していたナウラさんみたいな例外はともかく基本食わせる優先順位の一番は勇者組やゴッドレア持ち、後はリリムと俺ぐらいにしとこう。
それから俺たちは全員一時間の仮眠をとって午前七時に目が覚めた。そんで今は転移門の遺跡の中にいる。転移門の制御球の操作も特に問題はないようだな。
「タカスさん、行けそうか?」
「ああ、この場所からでも霊峰サンティアへの転移は可能だぜ。予定通りに行けると思う」
寅井くんの言葉に俺は素直にそう返す。
ソニアさんの件で俺に言いたいこともあるだろうに寅井くんは特に何も口にはせず、今回の作戦に集中している。さすがに長年勇者をやっていただけあって、そういう自制は利いているようだ。寅井くんも成長したんだな。キレた聖剣と呼ばれていたあの頃が懐かしいよ。
まあ、それにしてもここからじゃいけませんでした……とかなったら最悪だったけど、問題なくて良かったぜ。
「タカシ、もう少しで八時だ。始めてもらえるかい?」
「ああ、じゃあ起動しようか」
聖王都奪還戦は八時より開始される。すでに教皇様も動きを見せているはずだから、敵も動いている頃だろう。で、俺たちはその裏でチンドラことアルゴとリリムたちを救出して、可能なら聖門を奪還か悪竜も討伐してしまおう……ってわけだ。
俺としてはひとまずリリムに給料さえ払えれば、後は成り行きでいいんだけど勇者連中は全員やる気なんだよな。まあ、神の薬草を使えばなんとかなるだろう。ならなかったら逃げよう。
「ソニアが目覚めた時に、あいつのおかげで解決したと言ってやれるように……絶対に悪竜を倒すぞ!」
「そうだな。しかし、落ち着けよドーラ。先走って場を乱すのはお前の悪い癖だからな。まずは俺とお前。それからソニア、カトラ。最後にマキシムとタカシの順で転移するぞ」
「ああ、分かってるさ。タカスさん頼んだ!」
寅井くんの言葉に頷いて俺は転移門を起動する。勇者二人組にまずは出向いてもらって安全を確保。そしてアルゴたちの探索だ。それじゃあ始めようか。霊峰サンティアの奪還を!
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タカシたちが転移門を使用して霊峰サンティアに向かい始めた頃、その霊峰サンティアの中の隔離された空間にリリムやアルゴニアス、教皇の父ローエン、勇者サライ、マキシムの仲間であるザイカン、アルト、ヒナコ、それに聖騎士たちがまだ立て籠もっていた。
彼らは知らぬことだがデミディーヴァ『クライマー』と共に次元を斬る能力者である陣内死慈郎が倒されたことで、隔離空間を突破できる戦力が今の悪竜側にはなかった。そのため彼女らは未だ無事でいられたのだ。
そして今、リリムが抱えているアルゴニアスの卵がプルプルと震えていた。
「アルゴニアス様、どうしました?」
『ふん。外が何やら騒がしいようだ』
アルゴニアスがリリムの問いにそう答える。
「アルゴニアス様。それはもしや、彼奴等がこちらに気付いたということでしょうか?」
ローエンが緊張した顔でそう尋ねた。
すでに閉じ込められて三日。未だ外から侵入される気配はないが、内部から何かができるわけでもない上にいつ敵に侵入されるかも分からぬ状態で彼らの精神は磨耗し続けていた。だから、ついにデミディーヴァの手勢がここまでやって来たのかともローエンは考えたのだが……
『いいや、そうじゃねえよローエン。外で悪竜共がざわめいて、聖門の方へと向かっている。となれば聖王都の方に何かあったんだろうよ。恐らくはようやく聖王国軍が動いたんじゃねえのかね』
アルゴニアスの言葉にローエンたちの表情が明るくなる。
助かるかもしれないという希望が彼らの中に生まれたのだ。
『だからってそんな締まりのねえツラぶら下げてんじゃねえよ』
「こ、これは失礼を……」
ローエンが頭を下げ、聖騎士たちも慌ててこうべを垂れる。
『ハッ、軍が動いたところで聖門を閉じられたら外からは手の出しようがないからな。俺たち神竜しか使えない門ならば使え……む!?』
「アルゴニアス様?」
『ああ、なるほど。そういうことかい』
「どうかなされましたか?」
リリムがアルゴニアスの反応に首を傾げる。
『リリム、お前が最初にここにやってきたときに使った裏転移門の反応が今あった。多分だが神竜モドキのあの野郎が来やがったんだと思うぜ』
「神竜モドキ、まさか……タカシ様ですかアルゴニアス様?」
リリムの弾んだ声にアルゴニアスが『そいつだよ』と答える。
『俺の同族しか起動できないはずのこの霊峰への隠し転移門が起動した。状況からすれば間違いなくヤツだろう』
因縁があるアルトが若干複雑な顔をしたが、他の者たちからは「ぉぉおお」と声があがった。
「ということはまさか……」
『ケッ、何が起きてるのかは分からねえが状況が動き出したのは確かだ。お前たち、いつでも動ける準備をしておけよ。これがおそらく最後のチャンスになるはずだ』
その言葉に全員が頷く。そして教皇率いる聖王国軍が聖王都へと進軍し、悪母竜アヴァドンは眷属たちを迎撃に向かわせ、タカシたちは霊峰サンティアへと進入を果たし、アルゴニアスたちも動きを察して準備を進めていく。こうして聖王都と霊峰サンティアを巡って全ての勢力が動き出し、ここより大きな戦いが始まろうとしていた。