109 闇の中に咲く一輪の肉の花
あらすじ:
釣果一匹。
怪物魚を倒し、水面に浮かび上がったソレから核石と素材を手に入れて再び移動を開始した俺が運河を渡りきると、そこには全身からキラキラ輝く変な液体を垂らしている肉塊の姿があった。
信じられないだろうが、そいつは元人間なんだぜ。いかなる所業を行えば人がこのような凄惨な姿へと変えられてしまうのだろうか。手足があるのを見れば辛うじてそれが人の形をしていることは分かるが、恐ろしいことに肉塊から生えるように出ている頭部は美しい女の形を保っていた。まるで悪夢の中から現実へと飛び出してきたかのようなその姿。いったい誰がそんな酷いことをしたのか……当然そんなことができる者はここにはひとりしかいない。もちろん俺である。
「うわぁああああああ、ソニアァアアアアア」
「大丈夫。あとで戻るから……多分、戻るから」
慟哭する寅井くんの後ろでマキシムが必死で説得をしている。
もちろん生首の生えた肉塊さんはソニアさんだ。アクションホラーゲームでもよく見る、なんだか分からないグロテスクな肉塊と化しているが、どうやら神の薬草の効力は切れたみたいだな。まあ、もう一時間は経ってるからな。それにしてもグロい。リリムの時よりもキツいぞ、これは。とはいえ……
「一応、みんな渡ることができたんだな。良かった」
「いや、良くねえだろ。ドーラのパーティが戦意喪失してるし」
近づいてきたダルシェンさんが口元を押さえながらそう言ってきた。
「ダルシェンさん」
「よぉ、無事来れたみたいだな。お前が置いていかれたときはどうしようかと思ったが、マキシムの言う通りに待っていて正解だったな」
なるほど、マキシムの進言で待っててくれたのか。まあ、マキシムは神竜の盾で川を渡れることを知ってたからな。そのマキシムも俺には気づいているようだが、寅井くんを落ち着かせるのに尽力しているようだった。
「それでカトラさんとレナさんはどこに?」
「あっちで吐いてる」
ダルシェンさんが少し離れた場所にいるふたつの人影を指差した。
まあ、あれ見たらそうなるか。いっそ俺とマキシムとダルシェンさんだけで神竜の盾に乗って渡りゃ良かったのかもなぁ。けど、ただでさえ少数精鋭のところでこれ以上数を減らすっていうのも……
「なーに、ボーッとしてやがるよ。それでお前さんはマキシムの言う通りに神竜の盾で運河を渡ってきたってわけか」
「その通り。お土産もあるぜ」
俺は怪物魚から取ってきた核石と背負っていたかなり大きいヒレを見せた。
「随分とでかい核石に……ヒレ? まさかリバージョーと戦ったのか!?」
「リバージョーっていうのか? 途中ででっかい魚を倒して手に入れたんだよ。ライテーがこれもって言ったんでエラも持ってきたんだけど」
「そいつはリバージョーっていう怪魚の一種だな。このセルカ運河で最も危険とされる魔物で船の真下から喰いついてくるから回避が難しいんだが……よく生きてたな。さすがデミディーヴァを二体仕留めただけはある」
ちょっと好戦的な顔でダルシェンさんが俺を見てる。この人最初に会ったときにも挑んできたし、常識人なんだけど基本戦うの好きなんだよな。まだ俺と戦いたいとか思ってんのかね。俺は嫌だぜ?
「た、タカスさん。辿り着いたのか!?」
「お、おう。ドーラも……元気ではないよな」
鬼気迫った顔をしている。まあ奥さんがあんな姿になって取り乱すのは分かる。けど、一応説明はしておいたんだから落ち着いてほしい。想定よりも、リリムの時よりも酷いけど……こればかりは俺にも予想外だったし。
「元気なわけが……いや、それはいい。それよりもだ。ソニアは戻るんだよな? こんな、こんな姿のままってことはないんだよな?」
「あ、ああ。大丈夫だから。ちょっと時間かかかるけど……俺も、うちのリリムも戻ったから」
リリムの時よりも酷いが、まあ大丈夫だろう。何日か経てば次第にしぼんで元に戻るはずだ。多分。
それから寅井くんたちはオープンカーの後ろに肉塊を乗せて、俺は魔力不足だったので神撃の戦車を喚び出すのは止めてマキシムのユニコーンに乗せてもらうことにして、移動を再開した。
しかしマキシムのユニコーン。こいつ、男の時とは違って抵抗なく普通に乗せてきやがったぞ。男の時は敵視してたくせに。さすが処女厨だな。
しかし、後ろから見るオープンカーの後部に乗った肉塊は圧巻だ。まあ全身から噴き出ていたキラキラしたヌメリはもう収まったが、寅井くんたちも終始無言だ。正直、どう声をかけていいか分からない。リスク自体はあらかじめ説明していたから寅井くんも必要以上に突っかかってはこないにせよアレはないな。俺もリリムのアレ見てから、あいつを女としてみるのはちょっと……ってなっちゃったし。寅井くんたちの今後が心配です。
「そういえばマキシム。以前にリリムが薬草食ったときに噴き出したヌルヌルを聖王国に回収されてたよな? あれってどうなったんだ?」
「確か聖王国の研究所に持っていかれて、聖水の代用に試してるみたいだったんだけどね。あの騒ぎだから、ちょっとどうなったかは分からないな」
そりゃあ、そうか。デミディーヴァを倒した後、教皇様たちがともかく急いで住民を誘導して聖王都を出たんだ。余計なもんを持って逃げてる余裕はなかったか。
「ところでタカシ、ダルシェンから聞いたよ。リバージョーを倒してヒレを手に入れたんだって?」
「おう。ヒレは素材になるらしいって言ってたけど食べるのか?」
「食べれるかは分からないけど、リバージョーっていう魔物はドラゴンの肉を食べて、巨大で凶暴な姿に変異したって言われてるんだ」
へぇ、ドラゴンか。やっぱりドラゴンってのはファンタジー世界の王道だよな。色んなところで出てくるし、今もそのドラゴン様を助けに向かってるわけだし。
「君が背負っているヒレはあの巨体を水の中で動かすための魔力がこもっていて、魔導器の素材ともなるんだよ。神撃の戦車か……いや、同じ竜属性の神竜の盾に付けた方がいいかもしれないね」
「それって、ドラゴンの角を十字神弓に加えたようにか?」
その問いにマキシムが頷いた。
ヒレを神竜の盾に……それって、盾よりも船としての性能が上がりそうだな。まあ、霊峰の件が片付いたら確認してみるか。それと流石に疲れた。神竜の盾での移動にリバージョー討伐で魔力を使い過ぎたせいだ。マキシムの背中はあったかいし、ポヨンポヨン……してるのは俺の胸だったな。巨乳も嫌いではないんだけどな。自分のって思うとどうでも良くなる。けど、ポヨンポヨンは……
「タカシ、眠いのかい?」
「んー、まあな。ちょっと……けど馬の上で」
「しっかり僕の腰に手を回して。こうしとけば落とすことはないよ。それにタカシは頑張ったし、少し休んでいなよ。このまま朝までには到着するからさ」
「……了解。そんじゃあ……眠ったら頼むわ」
それから俺の意識は薄れていき、目が覚めた頃には目的地であるルドウィックの町に到着していた。一時はどうなるかと思ったが、どうにか間に合ったな。あ、肉塊は若干ソニアさんっぽい感じに戻ってきていたので、寅井くんも少し安堵してたよ。