108 ナイスボート
あらすじ:
美人な神官戦士さんがマッパで飛んでいった。エロい。エロくない?
「行っちまったぞ、マジで」
俺は思わずそう呟くと、愕然とした顔で空を見上げた。
ああ、星が綺麗だ。けれど俺から出てくるのは感嘆の声ではなく溜息だけだ。
どうしようか。本当にどうしよう。こうなったら、もう一度港で頼んでみるか? けど勇者組もいない状態の俺がひとりで行っても協力してくれないだろうし、今の女の姿の俺がひとりで漁師の溜まり場なんて行ったら「ぐへへ」的なイベントが起こるに決まってる。エロ同人みたいなことをされちまうんだ。コワッ。
まあカウンターと未来視があれば喧嘩で負ける気はしねえけど、そんなことしてる時間もないし。けど……よく考えてみれば俺ひとりなら渡る手段はあったな。
「出ろ神竜の盾」
俺はカードから取り出した神竜の盾を出して運河に浮かべた。
これは最初に運河を渡る際に考えた案のひとつだ。以前に聖王都の崖の下の川をこれで移動したことがあったからな。乗れて三人だし、セイクリットブレスをジェット代わりにするにしても俺の魔力量からして一往復できるかも分からなかったから外したんだ。
だから俺ひとりが渡る分には問題ないはず。後は夜の川に出る魔物だが……
「来たら戦うしかないか。行かないとどのみち俺は死ぬわけだしな。それじゃあ十字神弓も出して……と。ライテー、見張りを頼めるか?」
『らーい……任せて』
喚び出したライテーも頷いてくれた。神竜の盾を操作している間、俺の注意が届かない可能性があるからな。目は多い方がいい。
後はこの真っ暗闇の運河をどう進むかだけど、俺にはSRの見通しの水晶がある。ひとまずは神罰の牙を解除してカードから出した見通しの水晶を聖王都で入手した片目用の眼鏡にセットする。前に鍛治師にでも作ってもらおうかと思ってたもんだけど既存のやつを加工した方が早かった。まるでどこぞのスカウターみたいになったが使い勝手は悪くないな。
それでこいつをかければ……よし、ソニアさんから漏れた神力の軌跡が空中に残ってるのが見えるぞ。これを辿れば向こう岸まで辿り着けるだろう。ソニアさんがちゃんとあっちに着いてればの話だけど。
それから俺は神龍の盾に乗り、セイクリットブレスをジェット代わりに使って川を進み始めた。うん、問題なく移動できるな。ソニアさんの跡も辿れる。後は魔物だけど……
『タカシ、来た。けど、逃げていった』
「みたいだな」
ライテーの言う通りに魔物の紫の光が一度近づいて、それから去っていくのが見通しの水晶を通して見えた。それから何度か同じように魔物が近づいては逃げていく。これって偶然じゃあないよな。
「なんだろうな? 夜の運河は魔物が活性化してすぐに襲われるって話だったんだけどな」
『多分……魔物にとってセイクリッドブレスは毒。だから近づかない』
「あー、なるほど。今は推力に使ってるけど、川に垂れ流してるしな。そりゃあ魔物なら逃げるか」
となればこの神竜の盾を船代わりにする分には安全なんじゃねえの。
「神竜の盾様々だな。このまま一気に追いつくぞライテー」
『あ、近づいてくる』
「分かった分かった。けど、どうせまた逃げてくんじゃ……ん?」
なんかおかしいな。見通しの水晶を通して見える紫の光がだんだん大きくなってきて……こりゃあマズイかも。
『タカシ、来る』
「分かってるよチクショウ。やっぱり楽はできねえか」
「キシャァアアアアアアアア!」
「うぉぉぉおおおお、でかいぞコイツ」
あっぶねえ。真下からデッケエ怪魚が飛び出してきやがった。セイクリッドブレスの勢いを上げて避けたが、あのサイズだと神竜の盾ごと食われかねないぞ。うお、怪魚が運河に潜った勢いで起きた波でひっくり返りそうだ。こりゃ距離を取って……
『魚、追ってくる』
「だよなぁ。逃がしてはくれないか」
とはいえ水中にいるんじゃあ手が出せない。いや、待てよ。確かアレなら水属性だしイケるはずだ。俺はすぐさま十字神弓にスキルセットした矢筒から竜水の聖矢を取り出した。こいつは水と竜と聖なる属性持ち。射った後も俺の意思に従うし、属性的に水の中でも動けるはずだ。
この暗闇でも見通しの水晶を通せば魔物特有の紫のオーラで全身像は大体分かるし、未来視も合わせて使えば問題なく当てられる。
「喰いつかれる前にこっちからぶっ倒す。貫け水の竜!」
次の瞬間に俺は気合を込めて竜水の聖矢を放った。対してあのデカブツはこっちの攻撃にも動じず突っ込んできやがる。水中を移動する速度はかなりのもんだが、こっちゃあ未来が見えてんだ。1秒程度先の大体の可能性を把握する未来視。この雷霆の十字神弓に付与された能力があれば百発百中だ。
「当たった。けど弾かれた? 鱗が硬いのか」
聖矢は確かに怪物魚に命中したが鱗によって弾かれた。だったら柔らかい箇所を狙って……目? いや、口から入れるか。どうせ開きっぱなしだ。
「ジュッギュギャァアアアアアアアア!?」
狙い通り。口の中へと竜水の聖矢を飛び込ませて内臓を貫いてやったぞ。雷魚をでかくしたような魚が水中から飛び出して暴れてやがる。波で神竜の盾が揺れて落ちそうになったが、これはチャンスだ。
「ライテー、サンダーレインを射つぞ」
『らーい!』
ライテーが金の雷雲を矢に纏わせ、それを俺は放った。
雷雲の矢は怪物魚の鱗に弾かれたが問題ない。すぐさま金の雲が広がってそこから放たれた雷は全てあの怪物魚に直撃していく。
「ジュギャァアアアアアアアア!?」
「効いてる。サンダーレインはデカブツ相手なら結構なダメージになるな」
俺の言葉にライテーがピースをする。かわいい。
けど、まだトドメには至らない。痺れて身動き取れていないようだが、あいつの目がこっちを捉え続けている。ま、このまま逃げ切れるかもしれないけどさ。俺としてもここまでやり合ってボウズでお帰りしたくはねえんだよな。魔族の核石も回収したけど、こいつのも手に入れば相当金になるだろうしさ。
とはいえ使用して復活するのに1日かかる爆裂の神矢は温存しておきたい。トライアローで仕留め切れるかは分からねえ。となれば今試しておくか?
「やってみるか。ライテー、雷の矢を九本だ」
『タカシ、六本だって使いこせていない』
「そりゃ分かってるよ」
俺の通常の攻撃で一番強力なトライアローは三本の雷の矢を集束させたものだ。矢を集束させる条件は三の倍数で、神の薬草を使って最大で九十九本の矢を纏めて射ったこともある。しかし普段の状態だと三本を纏めたトライアローが精々で六本のヘキサアローはまだ実戦段階で使えない。だから今の俺に九本を集束することなんてできるはずもないんだ。そう、このままじゃあな。
「今ならサンダーレインであいつの姿も確認できるから見通しの水晶は解除。そんで神罰の牙を出してっと」
右の竜腕に再び銀のガントレットを装着させる。次に使用するのは神罰の牙のアーツ『シルバーエンチャント』だ。こいつを神罰の牙に付与する。
必要なのは弦を引く際のパワーだ。不思議なことだけど弓を持つ手の方にはそこまでの負荷はかからず、引く際に何かしらのパワーを弦を通じて矢に力を込めているみたいなんだ。それでアーツを付与した神罰の牙ならば九本の矢を束ねることも可能。これが今の俺の最大火力だ。
「こいつで終われよ怪物魚!」
そして俺の九本を束ねた雷の矢が重なり捻り曲がってまるで歪なドリルのようになりながら飛んでいき、暴れる怪物魚を貫いた。