106 ゴールデンドライブ
あらすじ:
タカシ:タカシの名前。近しい人間は普通に呼べる。
タカスィ:現地人のイントネーションの問題でスィと付いて呼ばれることがある。
タカス:タカスィと聞いた寅井くんが高須だと勘違いしている。タカシと呼んでいるマキシムを寅井くんは「ふっ、間違っているぞマキシム。それは男の名前だ。まあそこらへんは同郷の者でなければ分からないものかもしれんな」と思って優しい目で見ている。
……そんな呼ばれ方をしているタカシと勇者たちはとりあえず近場の転移門の遺跡を目指すことにした。
「おほっ、ようやく慣れてきたがこいつはいいな」
滞在している町の転移門が壊されたため、俺たちはすぐさま別の転移門のある町へと移動することを決めた。そして移動手段は各々が所持している乗り物を使って移動することになったわけで、俺は当然前回のガチャで出したURの神撃の戦車に乗っていた。
この進撃の戦車は車輪が左右に付いた二輪戦車だ。それを金属馬二体が引いていて、俺の指示に応じてブリキの御者が操作をしてくれている。立ち乗りなんでのんびり移動するのには向いていないが、速度はかなり速い。最高速ならマキシムの乗っているユニコーンだって多分ブッちぎれる。何しろこいつは魔導器だ。スキルジェムでパワーアップができるんだよ。
「うーん、なかなか良い戦車だねタカシ。まだ慣れていないのに僕のユニコフと同じ速度で動けるんだから」
「だろう。さすがにウルトラレアだ。持っている加速のスキルジェムをスロットに全部ぶち込んだらさらに速くなったしな」
「その手の自律型の魔導器はそういうカスタマイズができるのが強みだよね。僕のユニコフもなかなかのものなのだけれど」
まあ速度は速いけど戦車という重荷を抱えている分、立ち回りという点ではユニコーンの方に分があるだろうな。
「しかし……アレだな」
俺が前を進んでいるダルシェンさんと寅井くんを見る。
ダルシェンさんの乗ってるダチョウっぽいのはいいんだけどさ。寅井くんはなんでアメ車みたいな黄金のオープンカーに乗ってるんだよ。ここファンタジー世界だぞ。そんなもんもガチャであるのかよ。
「なあマキシム。あの寅井く……ドーラの乗っている車って、どこで手に入るんだ?」
「アレは機甲帝国ルクセンドラのガチャで手に入る魔導車だよ。ガチャで手に入れるよりも普通に買った方が早いけど、ドーラのはガチャ様に奉納されるために財を凝らして作られた特別製だ。まあガチャ産以外ではルクセンドラ以外であまり見ない乗り物なんだけどね」
「そうなのか。便利そうなんだけどな」
「修復されるガチャ産でないと整備に時間も知識もお金もかかるし壊れやすい。こうしてユニコフや君の戦車なんかと速度も変わらないし、設備の整ったルクセンドラ以外での使用は趣味の範囲を出ないのさ」
なるほどな。代用品が多くあれば、そうもなるのか。けどガチャで出す分にはカードに戻して直せるから問題ないだろうし、バイクとかあったら欲しいな。
「マキシム、もうそろそろセルカ運河だよな?」
「うん、そうだね。0時まであと20分。思ったよりも早く着いたよ」
マキシムが懐から取り出した懐中時計を見ながらそう言った。
俺がここまで足を引っ張らなかったからな。基本的な操作は御者がやってくれるにせよ、ここまでよく事故らなかったと思うよ。勇者組の超人どもとは違って俺は一般人だし、未来視による回避がなきゃどっかで跳ねあげられて落ちていたかもしれねえ。
「それでタカシ、やっぱりやるのかい?」
「まあな。やるしかないだろ。時間通りにサンティアに入るためにはな」
マキシムがなんとも言えない顔をしてるが、こればかりはどうしようもない。俺はやるべきことをやるだけだ。たとえ誰を犠牲にしようとも……
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「やっぱり船を出すのは無理みたいだよ」
駆け足で港を回って戻ってきたカトラさんがそう口にした。
セルカ運河の前まで辿り着いた俺たちはひとまず船で移動できないのかを調べたんだが、結局夜に船を出すことは難しいとの結論が出てしまった。無論、時間をかけて説得すればできるかもしれないが、そうしている間に日をまたいでしまうし、そうなるともうひとつの運河を渡る手段が使えなくなる。
「残り5分だ。やるしかないか。ソニアさん」
寅井くんのオープンカーのライトでも対岸が見通せないほど広い運河の前で俺はソニアさんにそう声をかけた。なるべくなら戦力を温存しておきたかったが仕方がない。ソニアさんも緊張した顔で頷き、その横にいた寅井くんが俺を見た。
「タカスさん。君が持っているゴッドレアの薬草を使うんだな?」
「ああ、そうだよ。こいつだ」
俺はカードから神の薬草を取り出した。虹色に輝く草。こいつが俺たちの命を何度も救ってくれた。
「これが……中級ドラゴンを倒し、上級ドラゴンと邪竜を退け、デミディーヴァをもふたり討っているという……凄まじい力を与える薬草。見た目は普通の薬草なのに、神々しい輝きがあるな」
「ドーラ。強力ではあるけど反面、反動もでかいんだよ。耐性次第だけど数日は寝込むことになるんだ。ナウラ様みたいにデミディーヴァに憑かれ続けて神力に耐性がない限りはね」
マキシムの説明にソニアさんの顔が強張る。神の薬草を食った時点でソニアさんがサンティア侵入から外されるのは確実だ。
「加えてデミディーヴァの神核石をも破壊できるとなると……その価値は計り知れないか」
「一応僕ら勇者と教皇様、あの時教皇の間にいた本当にごく一部の人間以外は知らされていないことだからね」
「分かってる。本来、ゴッドレアひとつを犠牲にして神核石は破壊できるところをこれは条件こそあれど一日にひとつ破壊することができるんだ。破格だよ。魔族どもが知ったら何をおいても殺しに来るだろうな」
寅井くんが真剣な顔でそう言った。魔族か。確かに当然狙われるよなぁ。マジ鬱になる。ま、そういうのはこの件が終わってから考えるとして……
「それはともかくだ。この薬草を使ってソニアさんにレビテーションを俺たち全体にかけてもらって、この運河を越える。それが今一番確実な方法だとは思うよ」
「……ソニアが戦線離脱となると痛いんだがな」
寅井くんのところはソニアさん以外はモンクのカトラさん、大剣使いのレナとアタッカー重視のパーティで、バッファーはソニアさんがメインだ。ソニアさんのポジションが欠けるのは確かに痛いが、そういう補助系メインだからこそ今必要とされてもいるわけなんだよな。
「ともかく後3分、もう時間がないよドーラ。船を探すという選択肢もあるけど……」
「いえ、それではやはり聖王都奪還作戦に間に合いません。やります。ドーラ、私を信じて?」
「ソニア……そうか、分かった。なら、おまえにすべてを任せよう」
寅井くんが染め直した金髪をフワッとかき上げながらポーズを取ってそんなことを口にした。あの寅井くんが……ぷぷ。笑うな。笑っちゃ駄目だ。堪えろ俺。
「タカスさん、それをいただけますか?」
「ああ、頼んだぜソニアさん。もう時間ギリギリだ」
マキシムの懐中時計が残り1分を切っている。それを見たソニアさんが慌てながら俺の薬草を一気に口に含んで飲み込んだ。そして
「ドォォオオオラァアアアア。テメェ、イツマデモなうら様ニ色目使ッテンジャネェエエエエエエ!!?」
その場で獣の咆哮が響き渡った。それはソニアさんの中で溜まりに溜まっていた寅井くんへの不満が爆発したかのような叫びであった。
……あれ、失敗した?
・耐性なし
・使用前に何をするのかを強く念じていない
・不満が溜まっていた
役満です。