101 夢幻の声
あらすじ:
もう借金なんてしない。
「よぉタカシ、このスクラッチくじ見てくんねえか」
「はぁ、いいですけど」
久しぶりに先輩がウチにやってきた。
高校から俺のことを面倒見てくれる先輩。家出した後に俺も生きていけるのは全部この人のおかげだし、ガチャ狂いの俺がリボ払いに手を出していないのもこの人のおかげだ。
で、その先輩がスクラッチくじをまた持ってきた。三箇所の銀の部分のどれかを削ると当たりが出るタイプのヤツだ。実際に削ろうとする前で当たりかハズレかを口にする……と、先輩は手を止めて、印をつける。何かの実験らしいが俺にはよく分からない。
「はい、こんなんでいいっすかね?」
「ん、サンキュ」
「結果は見ないんですか先輩?」
「まあな。サンプルだからな。結果が出たらお前にも教えてやるよ」
なんだかよく分からないが、先輩の言うことには間違いないだろう。これまでもそうだったし、これからもそのはずだ。
「しかしさ。お前って、こういうのやらないのか?」
「スクラッチくじですか? むかーし馬鹿当たりしてインチキ呼ばわりされてからは手をつけてないっすね」
「勿体ねえなあ」
「ハァ。勿体無い……っすか?」
何が勿体無いんだろうな。試しに普通のスクラッチくじとか買ったけどせいぜい1000円当たったぐらいだしなぁ。まあ先輩の出したジャンクフード店のおまけなんかじゃなく普通の宝くじだし、あれって結局全部削るからどれを削りゃ当たりとかそういう運要素はないんだよな。
「なんでもねえよ。それよりもタカシ。あたし、ちょっと噂を聞いちまったんだけどよ」
む、流れが変わった?
「お前……テメェに惚れてる女に土下座して金を借りたそうだな。1600万円だったか」
「ええと先輩。どこでそれを?」
なんで先輩がそれを知ってるんだ? 先輩が知っているはずがないことなんだが……いや、なんで俺は先輩が知らないことを知っているんだ?
「先輩、どこでそんな話を聞いたのか分かりませんけど、これには理由がありましてね」
「言い訳はいい」
あ、はい。
「情けねぇ。あたしは言ったよな。借金はするな……と。その上に女をダシに使うヤツは男としては下の下だってな。あたしはお前をそんなヤツに育てた覚えはないんだが」
先輩に育てられた覚えは……いや、あるな。家出た後はこの人なしじゃあどうにもならんかったし。不味いぞ。先輩が怒ってるというのはシャレにならん。不味い。先輩に捨てられたら俺もう生きていけない。どうする? ああ、そうだ。謝らないと。心の底から反省を示して……
「ごめんなさい先輩。もうしません!! ……って、あれ?」
あ……ここ、俺の部屋……じゃない?
ああ、ここ砦か。目が覚めた。恐ろしい夢だ。先輩が怒っていた。めっちゃ寝汗かいてる。怖い。不味い。ありえないとは思うが、あの人ならこっちの世界でも俺を叱りにくる可能性が否定できない。
ハァ……なんだってこんな夢を。いや、別におかしかねえか。思い返すと俺も結構酷いことをしてるしな。確かにここ最近の俺はちょっとハメを外し過ぎていたのかもしれない。まあ、今回の件が落ち着いたら返済計画を考えるか。そもそも今回の件が上手くいかないと俺死んじゃうしな。
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「紹介しようタカスさん。彼女たちが私のパーティ『エクスカリヴァーン』のメンバーだ」
「神官戦士のソニアです。ドーラ様を助けていただいたそうですね。ありがとうございます」
「モンクのカトラだよ。ドーラくんを救ってくれたのには感謝しているけど、あんまり誘惑しちゃ駄目だぞ」
「カトラ、失礼だぞ。まったく。タカスさんだっけか。あたしは大剣使いのレナ。あたしからも礼を言うよ。ふふ、アンタすごい美人じゃないか」
「あ、はい。どうもタカシです」
ガチャをした翌日、目を覚まして朝食をとった俺はこのハイテンションな連中と出会っていた。この場に他にいるのはマキシムにダルシェンさんとナウラさんだ。ナウラさんを除いて、ここにいるのが明日の聖王都奪還作戦と合わせて行われる霊峰サンティア突入のメンバーなのだという話だった。
「よぉ、タカシ。出かける準備は整っているよな?」
「ええ。問題ないっすけど、あの三人がドーラの仲間なんですか?」
「ああ、聖剣の勇者ドーラのパーティメンバーで、奥方たちだな」
「は?」
どういうことだ? 寅井くんの『奥方』たち?
どういうことだ? 寅井くんの奥方『たち』?
待ってくれ。寅井くんはアホのオモシロ勇者枠で、あのキザったらしい仕草と童貞を拗らせた中二病じみた格好で周囲の人を引かせつつも生暖かい目で見守られるという芸風でこの異世界を生きてきたんじゃないのか?
「ええと、ジョークっすか?」
「何がだ?」
ダルシェンさんが首を傾げてる。冗談ではないらしい。となるとマジか。ナウラさんに懸想してるみたいだから、てっきり童貞枠だと思っていたのに、ヤリチン勇者だったとは……
「ふ、タカスさん。あちらとは違ってこちらは一夫多妻だからね。そして私には彼女たちを受け入れる度量があった。ただそれだけのことなんだよ」
「あ、はい」
金髪に染め直した髪をフサァーとかきあげて寅井くんが笑ってくる。ハァ、あの硬派の寅井くんがチャラ男になっちまったのか。あの頃の切れたナイフを体現したようなエクスカリバー寅井はもう死んじまったんだ。ただのハーレム野郎に成り下がっちまったんだ。
とはいえ、俺とてもはや童貞を超越した男。いわば寅井くんと俺の立場は同じだ。そう考えれば、なるほど……先ほど湧き上がった妙な焦燥感も消えていく。これが非童貞の余裕というヤツか。まったく大人の階段を登った後と前ではこうも心持ちが違うとはな。
「あの四人に加え、デミディーヴァ討伐の際はナウラ様も共に戦ったんだ」
「あの戦いでは大賢者アーカム様のお力が大きかったのです。私の力など……」
「アーカム?」
ナウラさんが遠慮深そうな顔でそう口にしたが、アーカムって人は初めて聞くな。
「賢王国ロームが誇る偉大なる賢者様だ。今回の戦いにはお呼びできなかったようだがな」
「なるほど……それでダルシェンさんの方は仲間はいないのか?」
「昔はいたんだが、今はサライとのコンビで戦ってる」
そういえば夫婦勇者コンビだったか。ボッチってわけじゃあなかったんだな。
「大丈夫さタカシ。サライもお父さんたちもあちらできっと生きてる。合流できれば、戻るときには戦力は二倍になっているはずさ」
「そうだなマキシム。リリムが生きてるんだからサライさんたちだって大丈夫だろうさ」
ナウラさんは神の薬草の力で現状では聖王国の最大戦力になっている。だから聖王都奪還戦の中心になるから別だが、このメンバーで霊峰サンティアに入る予定だ。
人数こそ少ないが、勇者三人とその仲間の少数精鋭。転送できる人数が限られている転移門では軍隊を送り込むわけにはいかないからな。
後はあっちでリリムやアルゴたちを助けて、聖王都奪還のために悪竜を倒すか、サンティアと神殿を繋げている転移門を護るか……ま、最悪アルゴを連れて帰れれば良いって話だが、さてどうなるかな。